なんてことない朝
「いってきます!」
彼は元気よく家を飛び出した。今日も今日とてなんてことない朝……
……なんてことはない。
今日は月曜日。それもただの月曜日ではなかった。2月15日。そう、バレンタインの翌日である。
世の男子高校生はウキウキソワソワ、しかしその面持ちは平然を装っていた。彼、この話の主人公ももれなくそうであった。
いつもの通学電車。いつもと同じ時間、いつもと同じ扉から彼が乗り込んだ駅の2駅後に乗り込んで来た女子高生が少し狭い車内を押し分けて彼の元へ。
『あの、これ。もし良かったら貰ってください』
可愛らしくラッピングされたチョコレートを手渡され……
……なんてことはない朝。いつものように(かわいいな)と思いながら見つめるだけ。
駅から学校までの道。いつもより気持ちゆっくりと歩いてしまうようだ。すると後ろから同級生の女の子が声をかけてきた。
「おはよう!ねぇ、今日の課題できた?」
「うん。ばっちりだよ」
「さっすが!教室ついたら見せてよ」
「えぇ。また?」
『だって……これ、作ってたから。課題を後回しにしちゃった』
そう言って彼女は鞄から可愛らしくラッピングされたチョコレートを出してきて……
……なんてことはない朝。「だって、難しいんだもん!」と言い残して、呼んでいる友達の元へ走っていった。
学校の昇降口。先週の金曜日はわざわざ靴箱の荷物を持って帰っていた。おかげで今日は朝から肩が痛そうだ。
少し建付けの悪くなったロッカーを開けると上履きの上にいくつかのチョコレートの山が……
……なんてことはない朝。よくよく考えればこんな汚ったない上履きの上に置くくらいなら直接渡してくれることくらいわかるだろう。
教室の机の中、後ろのロッカーの中と思いつく限りのところは漁った。鞄を開けて机の上に置きっぱなしにして少し教室を離れてみたりもした。
ただ、当然のごとく欠片ひとつ手に入らなかった。もう間もなく予鈴も鳴るだろう。彼が肩を落としたのを見て私は小さく咳払いをした。
今日も今日とてなんてことない……
「よっ!」
……失礼。まだ続くようだ。
「なんだよ」
「チョコ、貰えた?」
彼女は彼の幼なじみだ。本人はただの腐れ縁程度にしか思ってないようだが、周りの評価はそうでは無い。
彼女はクラスの、いや学年のマドンナだと言っても過言ではない。彼は幼なじみだという関係なだけで嫉妬羨望の嵐だが当の本人は気づいちゃいない。
「仕方ないなぁ、ほれ。憐れな君にチョコを授けよう」
「うるさい。いらないよ」
「またまたぁ。毎年、なんだかんだ受け取るくせに」
「いらないったらいらないの」
「いらないの?こういう時はありがたく貰っとくもんだってあんたのおばちゃんも言ってたよ」
「……わかったよ、ありがとう」
「素直でよろしい」
そう言い残して彼女は自分の机に戻っていく。年頃の男子高校生だ。親と幼なじみからのチョコはそんな渋い顔にもなるだろうな。
まぁ。兎にも角にも、昨年も一昨年も貰ったもんだからなんてことはない。ひとつでも貰えたことを喜べばいいんじゃないだろうか。
さぁ。今日も今日とてなんてことない朝……
「聞いたか?」
「何が?」
「村田の話。あいつ、今年は誰にもチョコあげないんだとよ」
「まじか。毎年、俺らみたいなのにもくれる女神だったのにな。何かあったのかな」
「男だろ?好きなやつでもできたんだろうよ」
「やっぱりか。羨ましいな、そいつ」
……なんてことはないようだ。
〈完〉
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