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結局、じゃあねしか言えない

1枚の枯葉が風に押されて冷たいアスファルトの上を滑っていく。笑う君の顔がぼんやりと霞み始めた。

「わ、もう真っ暗だ」

「ほんとだ。寒くなって来たし、帰ろうか」

「そうだね。じゃあまた明日ね」

「うん、じゃあね」

僕と彼女はそれぞれ反対方向に歩き出した。

僕はすぐに足を止めて振り返った。金木犀の木がある曲がり角。そこに自転車の君が消えていくまで見送った。

暗くなった夕暮れの空を見上げて僕は小さく息を吐いた。そして、自転車に跨ってペダルを踏んだ。

ーーー

「なぁ、お前いつも残って何してんの?」

「別に。勉強だよ」

翌日の昼休み。いつものように一緒に昼食を取る友人から突然聞かれた。僕は平然と嘘をついた。

「嘘つけよ。あの子のこと、待ってんだろ?」

「誰のことだよ。ごちそうさま」

「あ、ずる!逃げんのかよ!好きなんだろう!」

僕は騒がしい友人を置いて食堂をあとにした。

友人の言うように僕は最近、放課後になると教室に意味もなく居座って時間を潰している。

そのわけは僕の左前、壁際の席で一生懸命に単語帳をめくっている彼女を待つためだった。

コロンッ……

彼女の机から小さくなった消しゴムが落ちた。僕は立ち上がって、それを拾いあげた。

「これ、落ちたよ」

「え?あ、ありがとう」

彼女は少し申し訳なさそうに微笑んだ。僕はこの笑顔以上に何も求めようとは思わなかった。

放課後。今日も手持ち無沙汰に教室で時間を潰していた。

廊下に鳴り響いていた吹奏楽の音が止まったのを聞いて、僕は荷物をまとめて教室を出た。

「あれ?今日も残ってたの」

「うん、まぁね」

「真面目だね」

「そんなことないよ」

ふたりで並んで自転車を押しながら歩いた。

僕らはいつもの十字路に差し掛かった。

「じゃあ、私は……」

「あ、そういえばさ……」

別れを告げようとした彼女の声を遮るように僕はどうでもいい話を続けた。

日が沈みはじめて、風が冷たくなってきた。

「そろそろ帰ろうか」

「そうだね」

「じゃあね」

「うん、じゃあね」

彼女は自転車に跨り、振り返って僕に手を振った。僕が振り返すのを見て彼女は自転車を漕ぎ始めた。

彼女が金木犀の木の向こうへ消えていくのを見て、僕も自転車に跨った。

僕はゆっくりと漕ぎ出して空を見上げた。薄暗い空には星が出始めていた。

これ以上の時間はいらない。いや、きっと僕が臆病なだけなんだろう。

結局、じゃあねしか言えない。

〈完〉

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