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『リウーを待ちながら』作品との出会いは常に不可逆な時間の中。

昔読んでいた作品を読み返す前に、ちょっと怖くなる時があります。
初めて読んだあの頃の感覚が、今は鈍ってしまっているんじゃないかと。

当たり前ですが、心理的な成長(もしくは退化)は作品を理解するのにとても影響があると思います。
しかしこの作品に関しては、自分が置かれた社会的状況によって、短期間で大きく理解の質が変わってしまった作品でした。

『リウーを待ちながら』2019年まで多くの方はこの作品を、とても良質な医療人間ドラマだと理解していたのではないでしょうか。
私もです!!
でも2020年以降に読む方はそんな理解はしない。とてもリアルでつらい、医療社会シュミレーションと見るかも知れません。
たった数か月の違いで。
新型のアイツを知ったことで。
私たちはもう知る前に読んだ時とは同じ感じ方を取り戻せないんですね。

『リウーを待ちながら』朱戸アオ

2017年~2018年にかけて講談社「イブニング」に連載されていた作品です。全3巻。

富士山のふもと、自衛隊駐屯地がある横走市。
主人公の玉木は、この市の横走中央病院の呼吸器内科医師。
通院の患者さんには、美人なのに愛想が悪いなんて言われているけれど、患者さんや病院関係者からは愛される人柄です。

いつものように忙しい診察を行っていたある日、病院の裏手に自衛隊員が一人倒れているのが発見されます。
呼吸状態が大変悪く一時心停止にまで陥りましたが、玉木の懸命の処置で一命を取り留めます。しかし同日、立て続けに同じような症状で救急搬送される一般市民の患者が。

玉木が不審に思っている矢先、自衛隊は一命を取り留めた隊員を強制的に自衛隊病院へ転院。また、玉木の周囲の病院関係者にも体調不良の者が現れ、やがて原因不明の症状は市内に蔓延していく・・・。

(2021年1月現在「イブニング」公式サイトにて第一話が読めます)

読み返すのが怖かった

これは、日本のある架空の市で深刻な感染症が発生したという物語です。
2019年にこれを読んだ時、私はこう思っていました。
「すごい!面白い。なんか、超リアルに感じるー。本当に病気が広まったらこうなのかな。医療用語連発かっこいい!」

2020年、生活スタイルが否応なく変わっていく中で、この作品の事がチラチラ頭をよぎって仕方がありませんでした。
でも正直、なかなか読み返す気にはなれませんでした。
単に「面白い」「興味深い」といった感覚だけで、この作品を消費できなくなっている事を自覚したくなかったんです。

実際に読み返してみると、以前に読んだ時とは本当にまっっったく違う作品でした(いや、作品は変わってないんですが)。
自分自身が、自分を取り巻く環境が、大きく変わったんだと心底実感しました。

以前は難しくてしっかり読み込んでいなかった医療用語や説明、なんてことない登場人物のセリフが真に迫ってくる。
「N95マスク」「ゲートコントロール」「基本再生産数」「新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言」
「お前達はマスクをしろ!!」
「どうも事業所内で流行っちゃって・・・今日も同僚が3人も休んで・・・」
「お母さんの触ったものに触るなって言われてたのに私・・・」
朱戸先生が至る所に散りばめていた、作品を構成する重要な言葉。
なんであの時こんな大事なことを汲み取れなかったんだろう・・・。
でも2019年にどんな気持ちでこれらのシーンを読んでいたのか、もう思い出せません。

今だから理解できる「怖い?」の意味

特に感じ方に大きな差を感じたのが、横走中央病院の入り口に詰めかける多くの患者を前にした、主人公玉木医師と国立疫病研究所の原神(はらがみ)医師の会話です。

病院玄関を開ける直前に原神医師は、玉木に
「怖い?」と聞きます。

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『リウーを待ちながら』1巻(朱戸アオ/講談社)より引用

素直に怖いと認める玉木と、この状況を楽しむ原神。
この対照的なシーン、以前はぼんやりかっこいいと感じていました。
「怖い?」はこのかっこいい二人を描くための、きっかけのセリフにしか過ぎないと思っていました。

ですが!
いや、怖いでしょコレ!
かっこいいシーンじゃないですよ。怖いシーンですよ。
読み返した時「怖い?」の深刻さがズドンと入ってきました。
今なら感じられる、このシーンの緊張感。
感染症を抱えた多くの患者達に臨む直前の震え。
そうか。
朱戸先生はこんな事も描いていたのか・・・。

数年後、数十年後に初めて読む人には良い娯楽になっていて欲しい

この他に作中では、一部の地域で起こった深刻な感染症に対する社会の様子も描かれていきます。
SNSによる情報の拡散。リモートで参加する授業。物資の不足。人々のすれ違いや差別。誰が悪いのか確定したい心理。
感染症が発生する前の穏やかな生活も描写されていただけに、2019年には「ありそうー。怖いー。」なんて感じながら読んでいたくだりは、今はとても辛いシーンの連続になってしまいました。

作品自体は希望も絶望も全部混ぜ込んで、容赦ない現実を積み重ねて完結します。
めちゃくちゃ素晴らしい作品だと思います。
でも私たちの現在の状況はまだ終わっていません。
どのように終わるのかもわかりません。

私はもうこの作品を以前のような感じ方で読むことはできないのですが
数年後、数十年後にこの作品に初めて触れた人は
「親に聞いたんだけど、昔これに似たような事が起きたらしいよ」
「え?マジでww?」
なんて能天気な会話ができている事を望みます。



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