【がん治療記x受験奮闘記】英検

 手術後、脳神経外科の病棟に戻ってすぐに僕は英検準1級2次試験の勉強を始めた。「脳腫瘍の発見(2)」で述べたように、手術後に退院できればその試験を受けることができ、もし合格すれば第一志望校の2次試験の英語に10点の加点があるからである。手術後の回復は順調で抜糸も予定通りの日に行われた。2次試験はスピーキングの試験なので本来は口に出して練習するものだが、大部屋の病室ではそれができないため頭の中で練習した。もどかしくはあったが、できる限りのことはやっていたつもりだ。PCの音源を聞き、制限時間内に頭の中で回答するというのを繰り返した。正直英語の勉強はあまり好きではないが、次の試験までの辛抱と思って頑張っていた。
 しかし、その勉強は意味を成さなくなる。医師から退院できないことを伝えられたのだ。原因は新型コロナウイルスの蔓延である。2020年8月中旬はコロナの第2波が到来している時期だった。ここでウイルスに感染すれば今後の治療にも関わるため退院は許可できないそうだ。ましてや、大勢が集まり、試験では対面で会話をする英検なんて以ての外だった。英検の勉強という呪縛から解放されたいという願望は全く嬉しくない形で達成されてしまった。同時に、僕の取れるはずだった10点はあっけなく失われた。たった1点で合否が分かれる厳しい世界で僕は10点を失った。模試ではA判定を取れていても油断はできない。1点でも多く取っておきたい。そんな僕の思いをへし折る出来事だった。
 結局、僕は英検へのやる気を完全になくした。準1級1次試験の合格は無意味になった。合格して1年間は1次試験免除になるのだが、現在もうその1年は過ぎている。もう受けたくないのだ。受ける意味が分からない。英検の勉強という苦痛をもう味わいたくない。それが無駄になるのが怖い。入院中のあの1件は英検に対するトラウマという形で今も記憶に焼き付いている。ただ、これが英語もしくはその他試験に対するトラウマにならなかっただけまだよかったのかなと思うこともある。

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