自分を変える覚悟(『嫌われる勇気──自己啓発の源流「アドラー」の教え』レビュー)
本書では、心理学者アドラー(Alfred Adler)の思想を、「青年」と「哲人」との対話による物語形式で紹介しています。アドラーが提唱したアドラー心理学は、日本ではあまり馴染みが深くありませんが、欧米ではフロイトやユングの心理学と並んで広く知られているようです。
私がこの「アドラー」の名前を初めて耳にしたのは6~7年近く前でしょうか。私の友人がこの「アドラー心理学」の思想に感銘を受けて、(私だけでなく)広く周囲の人に紹介していました。
ただ、この本を読んでいただければわかるのですが、アドラー心理学の思想は誤解を恐れず言うと、これまでの常識が180度覆されるような「突飛」な考え方です。そのため、紹介してくれた友人も、立ち話的にその思想の内容について伝えることが困難だったようです。事実、私も「面白そうだね、今度勉強してみようかな」なんてその場では言ったものの、繁忙な日常の中でいつのまにか記憶の片隅に追いやっていました。
例えば「忙しいから、学べなかった」という事象について。
フロイトの思想では「仕事も家庭もある多忙な生活の中で、ゆっくり腰を据えて学ぶような時間や環境がなかった。」ということになります。要は、多忙(過去)が原因で、その結果として学ぶという目的が達成できなかった。これをアドラーは「原因論」と呼び、その思想には限界があると説いています。仮に過去に原因があることを突き詰めたとしても、過去に戻ることはできないし、その過去の原因を解消することはできない。つまり因果関係があっても今の問題は解決できない、となるわけです。
同じ事象をアドラーの思想で考えると「学びたくないという目的があり、その理由づけとして多忙を持ち出している。」となります。
大胆ですよね。そんな訳はないと思うのですが、でも正直明確に否定はできません。本当に興味があれば、多忙な中でも時間を捻出できたかもしれません。この思想をアドラーは「目的論」と呼び推奨しました。目的を考えることで問題解決の糸口を見出すこの「目的論」が、アドラー心理学の肝とも言えます。
この他にもアドラーの思想には「人は変えられない」、「あなたの不幸は、あなたが選んだもの」や「すべての悩みは対人関係の悩み」など、大胆で刺激的な響きのキーワードがでてきます。しかしどれも精読してみると理屈の通った(矛盾のない)主張だと感じます。実践できるかは別として、自分のこれまでの思考の範囲では出てこなかった新しい考え方で、新鮮かつ斬新であり感銘も受けました。
そもそもこの書のタイトル「嫌われる勇気」も刺激的です。第一印象として「他人がどう思おうと、自分が正しいと思ったことは突き通せ。」みたいに受け止められるタイトルですが、実際はそうではありません。「あなたを嫌うかどうかは、あなたの問題ではなく他人の問題だ。他人の評価を変えることが目的になるのはナンセンスだ。」というのがアドラーの主張です。
このようにアドラーの思想は大胆で理想偏重な箇所が多分にありますし、実際これを実践するには思考や生活を180度変えることになるので「勇気」というよりは「覚悟」が必要でしょう。
ただ、知っておくと、思考の幅や見える世界がぐっと広がる感覚があります。対話形式の読みやすい書となっているので、じっくりアドラーの世界に浸ってみてはいかがでしょうか。
中沢 勝義(なかざわ かつよし・数学科)
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