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学芸員、ムサビへ行くの巻(中編)

武蔵野美術大学美術館へ「令和3年度 卒業・修了制作 優秀作品展 SELECTED WORKS」を観に行ってきました。展覧会レポートの前編はこちら

私がうなった作品はまだまだありますよ。てことで画像とともにご紹介。

諏訪萌々子《刻々》

インスタレーション(の記録映像)です。

この世界に存在しなかったものを「ほらよ!」と生み出すアーティストについては前編で触れましたが、日常にあっても気づかないもの、見えないものに気づかせてくれるのも優れたアートの力です。これはそんな作品。

映像を観ないと絶対に伝わらないのですが、言葉で説明すると、校内の風が吹き抜ける空間に糸を張って、そこに小さくカットしたOHPフィルムという薄い透明フィルムをびっしり貼り付けます。それを何段も縦に重ねていって、細かなフィルムが壁のようにその空間を覆う形にします。

1枚1枚のフィルムは糸から吊された状態なので、わずかな風でも揺れて動きます。無風の時、その壁は沈黙しています。そよ風が吹けば、しゃらしゃらとフィルムが音を奏でながら舞います。突風が吹けば、「ビーン」と虫の羽音を大きくしたような音とともにフィルムがなびきます。
音だけではなく、透明のフィルムは光を反射するので、吹き渡る風の姿がきらめきとして視覚化されます。「あ、いま右から左に風が渡っていった」というのがわかるのです。じーっと眺めていると、タイトルの通り「刻々」と自然が姿を変えていることが、目と耳の両方で認識できる仕掛けになっています。

余談ですが、この展覧会を観て家に帰った後、ベランダでぼけーっと夕涼みしたんですよ。そよそよと顔にあたる風が心地よかったのですが、ふと自分がいつもよりその風の心地よさをはっきり感じ取ってることに気がつきました。

鵜殿千世《shy cake》

このビジュアルがすでに良いですよね。

タイトルは《shy cake》、シャイなお菓子。中華料理の桃まんじゅうを思わせる、可愛らしいフォルムのまんじゅうです。雪のように白いもの、上端部だけが部分的に淡く紅がかったもの、側面の一部だけが紅色に染まったもの。この3種類があります。

ただそれだけのはずなのに、組み合わせ方によってそのお菓子たちは様々な物語を暗示しています。二つがくっつき、その接点部分がほんのり赤くなっていると、初々しい恋人のように見え、一方で同じように二つが並んでいても、赤みのない二つがわずかに隙間を開けていたら、互いに興味のない他人同士のようにも見えます。また、多数の白まんじゅうの中に一点だけ赤みがかったまんじゅうがあれば、マイノリティとして心細く感じているようにも受け取れます。

作者は「記号的なお菓子」と語っています。なるほどデザインはこんなに雄弁に物語を語ることができるのか、と感心させられました。コンセプトもいいですけど、展示の見せ方がすごく上手いと思いました。

水藤琴乃《あやとり進化大系》

地球上で、あやとり(それと似たような遊び)が、どのように広がり、どのような特徴があり、どのように進化したのか。

いやよく調べたな、とその労力と熱意を想像して笑っちゃいました。文化人類学、とかそういう領域に入る研究と言うべきなんでしょうね。作者の所属は「造形学部デザイン情報学科」。そうか、これもデザインか。

あやとりって世界中にあるということを、ここで始めて知りました。作者(というか発表者)は、世界各国のあやとりを「形状」「機能」「目的」という3つの観点で分析しています。「進化大系」と聞くとおおげさに聞こえますが、その名に恥じぬ研究成果だと言えます。

これは、なんというか「おつかれさま!」とただただ讃えたいです。あやとりについて調べようと思いついても、ここまで徹底してやれる人はいないと思います。
「卒業研究で世界中のあやとりについて調べました」て一生使える話題ですよね。たいていの人は「え、どゆこと?」となって、ひとしきり盛り上がるでしょう。

いやぁ、面白いなぁ。

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あ、いかん!今回で全部紹介するつもりだったのですが、時間切れです。出勤前の早朝にnoteを書いているので、時間制限があるんですよ。いや、明日にまとめて投稿すればいいんですけど、残るは私の専門の絵画作品なので、やっぱり紹介にも気合いをいれなければなー、と。てことで一回区切らせてください。

絵画作品については後編で!

もう一度、前編を読みたい方はこちら


バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。