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学芸員、ムサビへ行くの巻(後編)

武蔵野美術大学美術館で開催中の「令和3年度 卒業・修了制作 優秀作品展 SELECTED WORKS」を観てきたので、その中からいくつか気になった作品をピックアップしています。

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最後は絵画作品をご紹介します。私、絵画が専門なのであれもこれも取り上げたくなりますが、あえて一点に絞りたいと思います。それぐらい目を奪われました。

高橋冴《シスター》

これは、何だ?
4枚の連作です。

時に絵は、一方的に観られるだけではなく、逆に観る者にある種の覚悟を求めてくることがあります。これはそういった絵です。

最初に言えるのは、ひたすらに上手いです。画材は油絵具。堅実かつ緻密な描写で、モチーフの細部や材質・質感まで完璧に表現しています。「上手い人ならいくらでもいるよ」と言われるかもしれませんが、それでもこの描写力は群を抜いています。

たとえばこの部分(下図)。布の表面にほどこされた花柄の刺繍の凹凸、上部の布の透けるような薄さ、その下に隠れる針金のような骨組み、すべてが一目で理解できるほど写実的に描写されています。

この圧倒的な描写力により、描かれているのがどんな素材で構成された「もの」なのかは容易に分かります。分かるはずなのですが、ではその「もの」が何なのかと考えると、言い表す言葉が見つからず、観ているこちらは落ち着かない気持ちになります。

4枚とも、明らかに主題となるモチーフが中央に描かれています。
モチーフは、織物、ひも、木材、器などが組み合わされて構成された何かです。まったく無関係な物と物の突飛な組み合わせにより日常を異化しようとした、シュルレアリスムのデペイズマンの技法に通じるかと言えば、それとは根本的に違うようです。

作品からはゆるぎない確信のようなものが、こちらに伝わってきます。デペイズマンやコラージュの手法が持つ、偶然の組み合わせや、無意識の領域に身を委ねるといったある種の投げやり感はこの絵には一切なく、手放されることの無い理性と信念が明らかに存在しています。そして、居ずまいを正してこの絵と向き合いなさい、という無言のメッセージを訴えてくるのです。

あらためてタイトルを見ると《シスター》。キャプションの作者の言葉を読みました。

私は四人姉妹で、4人ともクリスチャンであり、この4人が本作品のテーマとなる。
4つのモチーフは4人それぞれのイメージと、私が出した質問(「大切にしている聖句」と「選んだ理由」)をもとに制作した。

高橋冴・キャプション解説文

4枚のパネルに描かれた「もの」は、作者自身を含む4人のクリスチャンだったのです。
私は聖句をひとつも知りません。だから、ここで描かれているものがどんなアレゴリーなのかは即座に理解することはできません。それでもこの絵が持つ信念は上記の通りすでに感じ取っていたのです。それは作者がクリスチャンだからではなく、卓越した表現者だからに他なりません。

キャプションの担当教員(丸山直文)の解説によれば、四人姉妹をそれぞれテーマとした4つのモチーフは、作者が実際に立体物として制作したものを描写したのだそうです。
絵は作者の想像力次第でどんなものでも表現することが可能です。ただし想像力の飛翔と絵空事の軽薄さは紙一重です。作者ほどの描写力があれば、どんなものでもリアルに描き出すことは可能でしょう。それでも作者はあえて、自分の手で様々な素材を持ち寄って現実に立体物を作り上げるところから始めているのです。なんという手間のかけ方でしょう。そしてそれを細部まで克明に写し取る。それゆえに鑑賞者が眼を離すことができないほどひきこまれる存在感が、この絵に備わったというべきでしょう。

寡黙でありながら強烈に訴える、そんな相反する印象を併せ持つインパクトのある作品でした。

***

最初にも書いた通り、この優秀作品展は絵画作品もいいものがたくさんありましたが、個人的にはこの《シスター》が別格に感じたので、あえて一点に絞って紹介しました。作者の高橋さんはこれからどんな作品を生み出すのでしょうか、楽しみです。

いやぁ、しかしさすがはムサビの優秀作品展。良い作品をたくさん見ることができたし、良い刺激をもらいました。
ムサビに限らず、もしこれぞという若手作家がいれば、教えてください(えーと、TwitterのDMにでも)。

ちなみに、いま展示されているのは学部の卒業制作ですが(〜5月3日)、5月23日からは大学院の修了制作から選ばれた優秀作品が展示されます。こちらも何とか時間を作って観に行きたいと思っています。

[というわけで、後日いってきました(↓)]

もう一度、展覧会レポート前編・中編を読みたい方はこちら。


バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。