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学芸員、ムサビへ行くの巻(前編)

武蔵野美術大学(ムサビ)の美術館(正式名称は「美術館・図書館」)に行ってきました。5月3日に終わってしまう「令和3年度 卒業・修了制作 優秀作品展 SELECTED WORKS」を観るために。

はためくバナー。天気が良い!
キャンパスに全然学生がいないぞ…。と思っていたら、授業時間だった模様。美術館を出る頃にはゾロゾロいたので。

立派な美術館だなぁ。入場無料ですからね。

さて、今やっているのは、学部生の卒業制作の中から優秀賞を受賞した作品の展示。大学院生の修了制作の優秀作品展は、5月23日〜6月12日だそうです。

数えると77点。さて、どれほどのものなのか、楽しみ楽しみ。

企画展のように、展覧会全体を通してのテーマがあるわけではないので、ここでも私が特に目を奪われた個々の作品を紹介したいと思います。基本的に、撮影可能だったので画像多めです。

本岡景太《はりつけの大きなカーテン》

入ってすぐ、まず目に飛び込んでくる作品。縦3.5m。スケールが大きい作品はもうそれだけでアーティストとしての器が大きいというのが、私の経験則。

観ていると不思議な感覚におちいります。やわらかく膨らんだカーテンのようなのに、重力に逆らってその膨らみが垂直の壁に固定されています。もう一点《舟》という作品も壁にかかっていましたが、断然こっち。

マチエールがその不思議な感覚を助長します。これが陶器のようにつるっとしたものだったり、逆に本当のカーテンのようにシルクやコットンのような素材感だったりしたら、もう少し目が混乱しなかったはずです。

日常の中で出会うことの無い、名状しがたい素材感。一番似たもので例えろと言われたら「湯葉」。薄いベールが無数のしわを作りながら重なっています。キャプション(文・担当教員 富井大裕)を読むと「酢酸ビニール系の溶剤による張り子—『歪曲張り子』と本岡が命名した独自の技法」だそうです。

日常の中で出会うはずのないもの、この世界に存在しなかったものを生み出すこと、それができるアーティストは限られています。のっけから良いものを観ました。
ちなみに会期最終日(5月3日)の15時半から、アーティスト・トークがあるようですよ。

大川原更咲《記憶を染める》

この世に存在しなかったものを生み出す、という意味では、これもすごい。

一見すると「鉱物?」と思うのですが、濁りの無い白と深い藍色が水墨画のようににじみながら混ざり合う様子は、人為的なもののように思えます。

ドーナツ型を見ると、自然の鉱物というより人工物という雰囲気が強くなりますね。それにしてもどうやって作るんだ、これ?

近づいてみても、畑違いなのでまったくわかりません。

キャプション(文/担当教員 大村俊二)を読むと「作者の実家は染物屋で、自分が生まれ育った環境と、ガラス素材を融合することを考え(中略)ガラスを『染める』という発想に至った」とあります。これ、ガラスだったのか。

染める、つまり液体を染み込ませることができるように、発泡ガラスを作り出したということ。すごくないですか。発泡ガラスを新たに造り、ガラスを染める技術を新たに開発したって。

そして発想だけが先行するのではなく、作品として、いや物体としてとても魅力的です。藍という染料の深い色味がガラスを染め上げる様は美しく、物質性と色、この二つだけで人は目を奪われ、心を揺さぶられるのだと再認識しました。できれば、撫でて触り心地も確かめたくなります。

宮田光《Biophilic Blues》

勝手に「藍」つながりで、もう一点ご紹介。

整然とならんだ8枚のパネル、というより縦長の板。上の一部分を残して、どれも階調の異なる青・青・青。そのたたずまい、ミニマムな構成からは気品すら感じます。ハンドアウトに記された素材・技法は「プリント合板、糸、藍染め」。なるほど、藍染めか。

キャプションの作者の言葉には「その青に魅了されたのは、藍染めを体験した時のことである」とあり、深く納得。私も伝統ある藍染め工房を見学させていただいたことがあり、植物の蓼藍(たであい)からすくもを作り、藍を建て、布を染める工程の複雑さや、そこから目の覚めるような美しい藍色が生まれる神秘に感動した経験があります。

藍は染めを繰り返すことで、その色の深みが変わっていきます。いや、そもそも工房それぞれに秘伝の製法があり、その年その年の天候や製法の中に含まれる発酵の具合によっても、同じ藍色というものは無いのかもしれません。

作者は染めの異なる藍の糸を板に巻き付けていくという手法をとっています。筆で塗ったのかと錯覚させるほどに、隙間無く均一に。

この気の遠くなるような作業の果てに完成した作品は、藍という色が備える豊かな表情を雄弁に語ります。

「藍を魅せる」というシンプルなコンセプトを突き詰めることで生まれた表現だと思います。いや、藍色ってなんでこんなにひきこまれるんだろう、と私が心底感心した時点で作者のもくろみは果たされたということでしょう。

あ、インタビュー映像あるみたいです(すいません、観てない)。

3点語ったところで結構な分量になったので、残りの作品紹介は次回以降で。

もちろん観る人によって、私とは違う作品に魅了されることもあるでしょう。興味があれば、ぜひ会場に足を運んでみてください(繰り返しますが無料ですし)。


バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。


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