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学芸員と真贋鑑定 [いい仕事してますね、とか言いたいけれど]

美術館で働いている学芸員なら誰もが感じているのが

「なんでも鑑定団」の影響力!

テレビ東京の「開運!なんでも鑑定団」のことですよ。あれ、ほんと好きな人多いですよね。
私自身、ほとんど観たことがなくて、石坂浩二がやってたなぁぐらいしか知らないのですが、調べたら今もちゃんと続いているんですね!長寿番組だなぁ。

美術館で、作品(特に古美術系)を観た人の一定数が言う言葉があります。

「これ、鑑定団に出したらいくらになるのかねぇ?」

耳たこと言ってもいいぐらい、聞きました。
「はは、どうですかねぇ」とこちらが答えるところまでがセットです。

中高年にとってはテレビ番組の影響力は大きく、そのテレビで美術を扱う番組となると、「なんでも鑑定団」「日曜美術館」「びじゅチューン」ぐらいですものね。

「良さがわからない」「価値がわからない」「鑑賞の仕方がわからない」そんな得体の知れない美術品でも、「評価額」という目に見える数字がつくと安心するのかな、と思います。

で、もう一歩踏み込んで学芸員に対して、番組の鑑定士さんのような真贋鑑定や作品の値付けを求めてくる人がいます。「家に○○(作家)の絵があるんだけど本物か見てほしい」みたいな感じで。こういう話も、わりかし美術館に来るんですよ。

しかし、基本的に学芸員が美術品の真贋鑑定を正式にすることはありません。

理由は主に3つあって、1つは「簡単には分からないから」
おぃおぃそれでも専門家かよ、と思われそうなので少し説明をしますね。たしかに自分の専門に近い作家、作品であれば、ある程度真贋の判断はつきます。
でも現実には「明らかにアウト!」なもの以外は、結構グレーな作品が多いのです。例えば江戸時代の絵師の絵であれば、弟子が描いたものに落款印章(ようするにサインとハンコ)だけ師がいれるなんてことはざらにあります。
こういうものの真贋をもし正確に判断しようとするなら、本腰入れた調査が必要になります。一定期間作品をお預かりして、詳細に調査して、場合によっては光学的な調査(赤外線写真、蛍光X線分析など)も必要になります。
これ片手間でできる作業じゃないですよね。

2つめは「金銭トラブルを避けるため」
真作と贋作では、美術品の価値はまったく変わってしまいます。ずばっと贋作だと言って恨まれても困りますし、真作だとうっかり言ってしまうと「○○美術館の学芸員のお墨付き」という情報が一人歩きしてしまう恐れがあります。
鑑定を求めてくる人に、おいそれと自分の名刺を渡したらいけない、というのは昔先輩がそのまた先輩学芸員から言われた言葉だそうです。「ほら、この名刺の人にも評価してもらってる作品なんです」みたいに、売買の場で利用されるのを避けるためです。

3つめは「公平な展覧会がやりにくくなるから」。
これはちょっと意味が伝わりにくいですね。学芸員は、時には作品の市場評価額を変える力があるのです。
例えば、知られざる作家として埋もれていた人に注目して、回顧展をやったとします。その展覧会が評判になると、当然その作家が再評価されます。特にカタログ・レゾネ(作品総目録)となるような展覧会図録を作ると、なおさら効果があります。
それまで美術市場で、身近な例でいえばヤフオクで二束三文で売られていた作品の値段が上がることになります。
そういうこともできるからこそ、学芸員は真贋鑑定のような金銭が関わる場とは距離を取るべきなんです。

そんなわけで、「なんでも鑑定団」の話題をふられると、ちょっと身構えてしまう小心者の学芸員のお話でした。


バックナンバーはここで一覧できます(我ながら結構たくさん書いてるなぁ)。


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