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角川武蔵野ミュージアム「タグコレ」展〜現代アートは展示だって常識破り〜

2020年に開館した角川武蔵野ミュージアム
時間ができたら行こう行こうと思い続けてもう何年も経ってしまいましたが、ようやく訪れることができました。

お目当ては、企画展の「タグコレ 現代アートはわからんね」(2023.2.4-5.7)。

なんと言っても、ふと目についた展覧会チラシのインパクトがすごかった。そこから興味がわいて、それじゃ行ってみるか!と。

「タグコレ」の文字が隠れていることは、はくれぽ!さんのチラシ紹介の中で知りました(笑)。

「タグコレ」とは・・・
ミスミグループ創業者の田口弘氏が集めた世界各地の現代アートコレクション=「タグチアートコレクション」の略。現在は長女の田口美和氏が作品収集を引き継いで、親子二代でコレクションを充実させている。

私、学芸員と言っても現代アートは門外漢なので、どんな作品があるのやら純粋な好奇心とともに会場へ。
ちなみにオンライン予約なら1,800円です。

なんだこれは!?の展示空間

この展覧会、展示の仕方がとにかく挑戦的です!
展示のセオリーをまるっきり無視していると言っても過言ではありません。

正直なところ、それが良いか悪いかの判断は、人によって分かれると思います。それでも、間違いなく他の展覧会では滅多に体験できない展示空間になっています。
作品云々を抜きにしても、この空間そのものを体験するだけで、絶対に損はないと断言できます。

なにがそんなに常識破りなのかって、

真っ暗なんですよ展示室が…。

入場前にスタッフさんから「会場は大変暗くなっておりますので、ご注意ください」と言われたのですが、まぁ照明を暗くするのは美術館では珍しくありません。作品保護の関係で、古美術の展示の際などはぐっと照度を下げますから。

そう高をくくっていましたが、入ってびっくり。そんなレベルではありませんでした。
足元も手元もまったく見えないぐらいの本気の暗闇!

撮影可能だったので、試しに撮ってみましたが画像(↓)だと結構明るく見えますね(iPhone優秀)。

画像を加工して、実際の雰囲気に近づけるとこんな感じです(↓)。

いや、ほんとこんなでしたよ!

ちょっとは伝わりますかね?
え、胎内めぐり?ていうぐらいの暗闇なのです。目が慣れるまでは、怖くてそろそろとしか歩けませんでした。

な、なにが始まるんだ…!と思いながら最初の直線通路を抜けると、首から目印代わりの控えめなライトをかけたスタッフさんが待っていて、鑑賞の際の注意点を伝えてくれます。

さぁ、作品たちとご対面です。
おぉ、漆黒の闇の中に、作品と解説の文字だけが浮かんでいます。
なんだこの空間は!?

浮かんでる?
はい、絵は壁に掛けるとかではなく、天井から吊るされているんです(壁にかかっているものもあります)。「作品は目線の高さに」という展示セオリーは全く無視して、色々な高さ、そしてランダムな向きで吊されています。
で、吊された絵の裏側に回ると、裏面に作品名・作家名や解説文が書かれているという仕組み。はー面白い。

浮かぶ奈良美智

真っ暗でも鑑賞者が作品に近づきすぎないように、床にはLEDチューブライトが結界として配置されていました(↓)。この線を越えないでくださいね、ということ。関係ないけど、映画「ザ・スクエア」をちょっと思い出しました。

異質な展示空間だと伝わるでしょうか?
この空間に異様にマッチしていた会田誠《灰色の山》。うずたかく積み上げられた無数のサラリーマン
これは床置きで壁に立てかけた作品ですが、壁も床も見えず、作品だけが浮かび上がっています。

そして、もう一つ常識破りだったのが、作品に添えられたキャプションの存在感!

通常の展示では当然ながら作品がメインですから、作品情報(作品名、作家名、サイズ、技法など)や解説文を記したキャプションは小さく控えめに作品の横に添えられます。
とくに現代アートは、キャプションを極力目立たせないミニマムな展示が好まれる傾向にあります。

しかし、この展示では遠くからでも難なく読めるほど、キャプションの文字サイズがドカンと大きいではないですか。

遠目でも認識できる作品キャプション

今回のような暗闇の展示に、従来の小ぶりなキャプションでは読みにくい。そして判読するために作品に近づきすぎてしまう危険もある。そのための工夫でもあるのでしょう。

ただ、この展示を担当したディレクター神野真吾氏によると、次のような意図もあったようです。

小さい文字で書かれ、どこにあるのかわからない作品キャプション……。
現代アートの展示は、部外者お断りというように見えます。今回の展示ではアート界の常識をあえて無視して、作品と文字とが等価に扱われる展示に挑戦しています。

展覧会チラシより引用

なるほど「等価」ですか。ふぅむ。

ここで少しだけ、学芸員的な観点から展示手法の解説をすると、このタグコレ展では、作品とキャプションとで照明の使い分けがされているのがポイントです。

この展示、とにかく暗闇の中に作品と文字だけが浮かび上がるようにしなくては演出効果が出ませんよね。
だから作品に関しては、スポット照明の範囲を極力絞って作品だけに当たるようにしています。特に平面作品に対しては、カッティングスポットを使って、照明をトリミングすることで作品自体が発光しているかのような錯覚を起こさせていました。
壁や床に照明が当たってしまうと、興ざめなのでかなり神経を使ったはずです。

しかしキャプションの方は、スポット照明を当てていません。外から照明を当てると、白抜きの文字だけが黒い背景が浮かび上がるようには見えないからです。
ではどうしているかというと、バックライトをキャプションの裏側に仕込んで、文字そのものを発光させているんですね(多分そう)。スマホと同じ原理です。
うーん、すごい凝ってる…。

最初に言ったように、この展示方法が良いか悪いかの判断は、人によって分かれると思います。
私自身、一巡目は展示の異質さに気を取られて、作品になかなか集中できませんでした(笑)。再入場可能だったので、二巡目からようやく作品の方に意識が向くようになりました。
また、文字そのものが発光しているキャプションの方が、作品よりも先に目に飛び込んでくるのは違和感がありましたし、結界のチューブライトもやや目にうるさかったです。

でも、それらを全部ひっくるめても、この斬新な展示は面白かったです。
常識や先入観を打ち壊すのが現代アートであるならば、その展示だって常識にとらわれる必要はないんだ、という明確なメッセージを感じました。

タグチアートコレクションの本質を美術館側が理解したからこそ、それを展示によって表現することが可能になったのだと言えます。
なんて小難しくまとめるのもいいのですが、とにかく体験しておいて損はないです、この展示は。クリエイティブな刺激を受けることは間違いないでしょう。
と、これだけ言葉を尽くしてもまず伝わらないことは分かっています。百聞は一見にしかず。可能であれば、ぜひ会場へ!

アート・コレクター追体験

異質な展示方法ばかりを強調してしまいましたが、もちろんそれだけではありません。
ここで作品一点一点について触れることはしませんが、あとひとつだけこの展覧会の面白さを付け加えるとするなら、アートコレクターの気持ちを追体験できるところです。

どの作品のキャプションにも、小難しい解説はついていません。
その代わりに、コレクターの田口弘氏、そして娘の田口美和氏がどんな気持ちでこの作品を手に入れたか、という等身大の言葉(思い出話)がつづられています。

コレクターと言えば、何千万円、何億円というお金を動かして名だたる作家の作品を買い集める、庶民とは住む世界の全く違う存在に思えますが、作品に添えられた言葉を読んでいると、作品を見て「なんだかよく分からないなぁ」と悩んでいたり、(オークションで)「これ以上値が上がるとまずい…」とヒヤヒヤしたり、「この作品は絶対にゆずれない!」と意固地になったり、とても人間的で親しみを感じます。

実際の作品を眺めながら、田口氏がその作品を手に入れた時のコメントを見ている内に、もし自分が資金力のあるコレクターだったらこの作品を買うだろうか?という具合に、田口氏に自分を重ねるようになっていました。

そこで、あらためて田口氏のコレクターの懐の深さを実感することになります。
私だったら「この絵は家に欲しいな。でもこっちは勘弁だな」と単純に考える頭しかありませんが、田口氏は「自分の家に飾りたいからこの作品が欲しい」という動機ではなく(最初はそうだったかもしれませんが)、また投機対象として作品を購入しているわけでもありません。

アートの世界で将来なんらかの重要な価値を持つと思える作品をアドバイザーと共に見極めて、購入しています。またコレクション全体のバランスを冷静に考えていますし(日本人アーティストを増やそうとか)、美術館などに貸し出して多くの人に見てもらうことを前提に、アーティストに制作を依頼することもしています。

スーパーフレックス《世界の終わりってわけじゃない》
この作品も美術館などで展示することを前提に特大サイズをアーティストに発注したそうです。

つまり視点がもはや個人単位ではないんですよね。なかば公的な文化貢献の意識のもとで、アートを収集しているのです。

ヨーロッパの貴族社会で根付いたノブレス・オブリージュ(富を持つ者は、社会的な責任と義務をもつという考え方)に近い感覚なのでしょうか。

***

現代アートの数々を味わって、外に出るともう日が暮れていました。
作品も刺激的なものばかりでしたし、頭がここちよく疲れているのを感じました。
楽しきかな、現代アート。

ライトアップでガラッと雰囲気が変わりますね。
ミュージアム前の鳥居が光ってました(笑)。
ミュージアムの隣の公園でもなんかやってました。チームラボだったのね。

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■オトナの美術研究会2月のお題「#思い出の展覧会」