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五感をとぎすまし、目指せ学芸員マスター

学芸員というと、専門知識の豊富な研究者、または華々しい企画展を実現させる美的センスのかたまり、そんなイメージがあるかもしれません(ないか…)。

しかし、実際は「モノ(美術作品、文化財、歴史資料)の守り人」という方が近いように思います。

この世に1点しかない貴重な作品を、後世に伝えるために保管するのが美術館であり、そのために働くのが学芸員なのです。

さて、そんな仕事をしていて必要になるのが、五感の鋭さです。いや、ちょっと言い過ぎたな、味覚、聴覚は置いといてください。

学芸員は眼が命。これは特に説明するまでもないでしょう。穴の開くほど作品をじっくり観察し、どんな素材が使われているのか、どんな技法で作られているのか、解き明かしていかなくてはいけません。
また、作品の劣化につながるわずかな変化(絵の具の浮き、亀裂など)も見逃さないように注意が必要です。

次に皮膚感覚。というか温度・湿度を肌で感じ取る能力、これが必須です。
現代アート作品だとあまり気にされることがないですが、デリケートな文化財を扱う時は温湿度の変化には常に注意を払わなくてはいけません。

温度が高いと材質の劣化速度は速くなりますし、湿度が高ければカビがはえる恐れがあります。逆に湿度が低いと、乾燥して割れたり反ったりすることもあります。
そのため展示室でも収蔵庫でも、温湿度をコントロールすることが大事で、基本的には

温度:約20℃
湿度(相対湿度):60%(前後5%の範囲)

素材によって適した温湿度は異なるのですが(例えば刀剣だともっと低湿度45%以下が良い)、まぁこれぐらいが望ましいとされています。

温湿度は毛髪式温湿度計や温湿度データロガーで確認できるのですが、新人の頃から上司に言われたのが「そんなもんに最初から頼るな。自分の肌で分かるようになれ!」でした。なんか職人さんの話みたいですね。

まぁそれも一理あって、いちいち計測機械をみないと何もわかりませーん、だと不測の事態に対応できませんからね。温湿度計(アナログでもデジタルでも)だって完璧ではありません。数年に一度は校正といってズレを修正するメンテナンスが必要なぐらいですから。

てことで、一歩展示室に足を踏み入れた時に「ん?ちょっと乾燥気味だな」と瞬時に感じ取れるようになったら、学芸員として一人前と言えるでしょう。

そして、もう一つ大事なのが嗅覚です。目に見えない危険度を鼻で察知するのです。

たとえばカビって臭いがあるんですよ。カビ臭い部屋とかありますよね。
本来あってはいけないことですが、もし収蔵庫でわずかにこの臭いをかいだら、どこかでカビが発生している可能性を考え、あわてて捜索します。天井灯の明かりだと見えにくいので、ライトを当てながら、換気の悪そうな湿気のたまりそうな箇所を中心に探します。
カビは早期発見すれば、簡単に除去できますが、発見が遅れて進行してしまうとシミなど不可逆のダメージが残ってしまいますから。

あとは、有毒ガスですね。有毒ガスというと恐ろしいもののようですが、私たちの身の回りには文化財にとって好ましくないガスを発生させる物質がたくさんあります。ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、アンモニア、酢酸、ギ酸などなど。

新築の家独特の臭いってあるじゃないですか。あれ、コンクリートや塗料、木材や接着剤そういったものからガスが発生しているんですよ。
人体には影響がないレベルでも(敏感な人はシックハウス症候群になります)、微量のガスが文化財には決定的な変化を及ぼす恐れがあります。コンクリートから発生するアンモニアで油絵が褐色に変色したり、日本画の顔料として使われている鉛丹が酢酸で黒く変色したり。

こうした化学物質は、専門機関に頼んでモニタリング調査しないとデータとして測定できません。なので、学芸員の鼻が大事になってくるのです。作品を展示したり、保管したりする場所で怪しい臭いがしないかどうか、学芸員はつねにクンクン嗅いでいます。

肌感覚と嗅覚。なんとも地味な能力ですが、学芸員として働く上で欠かせない能力といえるでしょう。


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