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038.『まちのゲストハウス考』真野洋介・片岡八重子 編著


5520_帯

“ ―― 商店街の一角や山あいの村で営まれる彼らの宿は、不足するインバウンド需要を受け入れるハコでも、空きスペースを活用し効率よく利益をあげることを優先したビジネスでもない。まちに根を下ろし、独自の視点でその地域と関わりをもちながら丁寧に宿をつくっている “

まちの風情を色濃く残す路地や縁側、近所のカフェや銭湯、居合わせた地元民と旅人の何気ない会話。宿には日夜人が集い、多世代交流の場や移住窓口としても機能し始めている。商店街の一角や山あいの村で丁寧に場をつくり続ける運営者9人が綴った日々に、空き家活用や小さな経済圏・社会資本の創出拠点としての可能性を探る


●はじめに

今この本を手に取った皆さんは、ゲストハウスのことをどれくらいご存じだろうか。ゲストハウスが好きで毎週末のように各地を泊り歩いている人や一度くらいは利用したことがある、という人ももちろんいると思うが、おそらく本書を手に取った多くの人は「話には聞くけれど実際に利用したことはない」のではないだろうか。旅行は好きだけどまだゲストハウスを利用したことがないという人は、ぜひ頁をめくってみてほしい。本書では9人のゲストハウス運営者たちに、それぞれの宿を始めたきっかけ、試行錯誤し続ける運営の日々を綴ってもらった。商店街の一角や山あいの村で営まれる彼らの宿は、不足するインバウンド需要を受け入れるハコでも、空きスペースを活用し効率よく利益をあげることを優先したビジネスでもない。まちに根を下ろし、独自の視点でその地域と関わりをもちながら丁寧に宿をつくっている。今そうしたゲストハウスが全国にたくさん生まれている。宿を紹介するだけではこぼれてしまう、彼らの考え方や宿の日常を知ることこそ「まちのゲストハウス」を理解してもらうことになるのではないかと思った。

本書の構成は、そうした多面的な面白さをできるだけ正確に伝えるため、3章から成り立っている。1章ではいくつかのゲストハウスが生まれる“前夜”の話を、2章では各宿の運営者たちが綴る9編の日常を、そして3章では社会背景を踏まえた空き家活用や小さな経済圏・社会資本の創出拠点としての可能性を探る論考をまとめた。それぞれ気になるところから、自由に読み進めてほしい。いずれにしてもこの本を読み終えたら、きっとゲストハウスに泊まってみたくなるだろう。

2017年2月 片岡 八重子


●書籍目次

chapter 1 ゲストハウスが始まるまち/片岡八重子

1.1 ことのはじまり。まちの空き家再生

・移住先で出会った新たなライフワーク
・〈みはらし亭〉と〈あなごのねどこ〉:初めての大型空き家再生
・まちの居場所づくりのお手伝い

1.2 人とまちとのマッチング

・〈かじこ〉:さまざまな出会いの原点、そして松崎へ
・〈たみ〉:まちの人たちに支えられたゼロからの拠点づくり

1.3 まちを変える頼もしいプレーヤーたち

・〈NAWATE〉:入念なプロセスメイキングとチームづくり
・宿の外へ。広がり続ける小さな変化

chapter 2 九つのまちのゲストハウス

1)そのまちに似合う宿をつくる人たち

1〈港町〉広島「あなごのねどこ」

 40mの路地奥で出会う下町風情の後継者たち/豊田雅子

2〈門前町〉長野「1166バックパッカーズ」

 ご近所さんともてなす門前町の一期一会/飯室織絵

3〈農村温泉〉岡山(西粟倉)「あわくら温泉元湯」

 子どももお年寄りも!笑顔が集う山村の温泉宿/井筒もめ

column「ゲストハウスプレスが探す “日本の旅の、あたらしいかたち” 」
ゲストハウスプレス編集長・西村祐子

4〈住宅地〉富山「ほんまちの家」

 普段着の高岡を伝える。まちなか暮らしに溶け込む宿/加納亮介

5〈地方都市駅前〉福井「SAMMIE’S」

 時間をかけて手でつくる。福井の旬を届ける編集拠点/森岡咲子

6〈商店街〉岡山「とりいくぐる」

 商店街に佇む、日常と非日常をつなぐ小さな結界/明石健治

7〈郊外駅前〉鳥取「たみ/Y pub & hostel」

 他者と遭遇する場所を営み続けて気づいたこと/蛇谷りえ

2)ゲストハウスのあたらしい役割

8〈集落存続〉秋田「シェアビレッジ」

 コミュニティが古民家を救う!過疎の山村を支える仕組みとしての宿/武田昌大

9〈復興支援〉熊本「山麓園」・宮城「架け橋」

 距離を縮める場づくり。復興ボランティア拠点としてのゲストハウス/田中惇敏

chapter 3 暮らしをつなぐ小さな宿/真野洋介


3.1 なぜ彼らのゲストハウスには人が集まるのか

・人と場所の物語を貯蔵する小さな宿
・「まち考現」の窓として見るゲストハウス
・まちの時間と居場所をつなぐ結節点づくり
・地域を支える「場のビジネス」を再構築する
・ゆるやかに伝播する変革の波

3.2 滞在の先に続く、日常への関心の高まり

・「暮らしに滞在」するという宿泊ニーズの変化
・2000年以降のアートシーンに見る、ローカルなゲストハウスの原型
・滞在から日常への展開:ネイバーフッド、コミュニティ、サードプレイス

3.3 マス・インバウンドと対極の小さな流れを掴む

・個人のささやかな物語に次の時代を見出す
・場のビジネスから、小さなイノベーションをエンパワメントする
・二拠点化と流動化が引き起こす地方回帰の機運

3.4 小さな宿から考える、まちの未来

・まちの趣と履歴を伝える器として、空き家を捉え直す
・ゲストハウスにみる日常のリ・デザイン


●おわりに

本書の企画は、今からちょうど一年前の厳寒の時期に始まった。雪がしんしんと降り積もる高岡の町家に始まり、岡山、尾道など、本書にも登場するおなじみの場所で、執筆者やスタッフの皆さんと話すなか、少しずつ企画は煮詰まっていった。そこでは、東京や京都・大阪など、外国人に人気の都市で過熱する民泊現象や、リノベーションの文脈で語られるゲストハウスではなく、小さなローカル都市で、運営者たちが一人称で語る宿とまちの関係が映った。若干矛盾と自虐が混じるが、専門職や学者の第三者的な視点ではなく、場所を運営する当事者自身が日々接しているまちや出来事を組み立て、描き出すと、どのような結晶が紡ぎ出されていくのかを伝えたい、それが本書の出発点である。

さて、本書の編者である私と片岡さんは、豊田雅子さん率いるNPO尾道空き家再生プロジェクトの役員であり、もうひとりの建築士、渡邉義孝さんとともに、通称「建築チーム」を担っている。豊田さんが次々と持ち込んでくる、想像を超える難度の空き家に対して、チームは何とか前向きに環境を捉え直してきた。毎度の無理難題に頭を抱えながらも、スタッフや職人、移住者、サポーターたちとの絶妙なつながりのなかで、建物再生のプロセスが動き始める。こうした始まりと葛藤をいくつも経たのちに、ゲストハウスという未知の世界に遭遇したのである。

ゲストハウスという宿の形態は、年々認知度を高めているが、自分が、そして自分たちが、そのまちで初めて宿をおこし、運営するということは並大抵のことではない。周辺にも大きな負荷と波紋を起こすことになるということを、本書の書き手たちは各地で経験してきた。本書が、そうした負荷と波紋のリアリティをささやかながら伝え、それぞれのまちで、日々の暮らしの望みや喜びに少しでも接続していくことを願っている。

本書の制作に当たっては、多忙な日々の運営のなかで、細かいリクエストに応えながら、熱いエネルギーを原稿に注いでくださった10人の書き手たちと、その書き手を支える多くのスタッフ・サポーターの皆様に感謝したい。また、そのまちのゲストハウスをとりまく環境と風景に敬意を表したい。

最後に、本書の企画を提案してくださり、書くことに不慣れな我々書き手たちを的確にゴールへとアシストしてくださった、学芸出版社の岩切江津子さんの飽くなき情熱と粘りに感謝を申し上げて、筆を置きたい。

2017年2月  真野洋介


☟本書の詳細はこちら

『まちのゲストハウス考』真野洋介・片岡八重子 編著

体 裁 四六・208頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2640-5
発行日 2017/03/25
装 丁 Yone(米村知倫)

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