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【掌編】とにかく内気な内村

 「痒いところはありませんか」

 こんなことを聞かれて、「ハイあります。左側のうなじの辺り」って答える人が果たして居るのだろうか。

「大丈夫です」
 そう返事すると、いつものルーティーンで、僕は眼を閉じて、眠ったフリをする。

 僕は内村翔平。理髪店は幼い頃から苦手だった。特にお喋り上手な美容師は、数世代に渡る天敵にアタイする。

 時は2030年、処は理髪店。
 パンデミックの騒動からは既に7年経つが、大人になっても僕は、未だにマスクをして、理髪店に通っている。
 今の小泉総理は「結婚しろ、子供を作れ」と云うが、子供の頃からウイルスに敏感な僕には、全く次元の違うお話だ。
 総理には二世議員より、ヒステリックを絶対に起こさない女性が向いていると、僕は密かに思っている。

 女性は動画の中だけで楽しむモノであって、実際に性交するなんて、僕には想像もつかない。
 口づけなんて、ウイルスやバイ菌が何百万、何千万個も居るんだよ。
 ドアノブを触っただけでアルコール消毒を欠かさない僕には、想像しただけで卒倒しそうになる。

 カランカラン♪

「おい、内村!」

 理髪店を出ると不意に声を掛けられた。
振り返ると恩師の湯山先生だった。

「久しぶりだな、コーヒーでもどうだ?」

 僕は先生に勧められるままに、近くの喫茶店に入った。

☕️☕️☕️

「内村君、君は元々暗いイメージだけど、今日の君は特別に暗い。何か悩みでもあるのか?」

「はい、あの……」

「なんだ?遠慮せずになんでもこの僕に言ってみたまえ」

 内村は重い口を開いた。
「はい、実は、女性と全く触れ合うことが出来ずに悩んでいます」

「実につまらない!
 キッスは相手の歯磨きをするつもりで口内をくまなく舐め回すんだ。
 次は脇の下、バイ菌を全て取り除くように時間をかけて左右平等に舐め回すこと。
 その次は胸かって?100年早いわっ!
 次は足の指、一本一本丁寧にしゃぶるんだ。
 足の指を十本舐めた後は、足首、ふくらはぎ、太もも、秘密の花園の順に、時間をかけてじっくりと舐め上げていけば良い。いや、むしろ自由に舐め上げていってほしい!」

 窓際にもたれコーヒーを啜りながら、湯山学はサトしたような遠い目をしていた。

(ぱひゅん)


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