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クリスマシアンの逆襲【短編現代ファンタジーコメディノベル】

「メリクリ」「メリクリ」
「メリクリ」

冷え込みが一段と厳しくなった冬の夜、ひと組のカップルが店のドアを開けると、男が立っていた。小声で囁き合ったのは合言葉だ。カップルの二人はマスクを外すと、内側に描かれた絵を男に見せた。そこにはサンタとクリスマスツリーが描かれている。

「ようこそ。さあ、中へ」

ニヤリと微笑むと、男は二人を招き入れた。さほど広くはない店内にはすでに20人ほどの男女がいた。ほとんどはカップルだが、中には一人でスマホを見ながら時間を持て余しているような者もいる。

ここは港にほど近い、『clipper』という名前のライブバー。普段はジャズの生演奏が楽しめる店だ。ガラス張りの開放的な造りだが、この日は少し様子が違っていた。窓は厚手のカーテンで閉ざされ、外から中の様子を窺うことはできない。

奥のステージに男が立つと、マイクに向かって話し始めた。

「揃ったようですね、それでは始めましょう。今年も12月になりました。我々のこの会合も、もう3回目を迎えます。」

男は参加者の方を見回すと、ため息混じりに続けた。

「今回初めての参加の方もいらっしゃるので、改めて状況からご説明しましょう。ご存知のように、前の選挙でクリ国党が連立政権に入って以来、状況は悪化の一途を辿っています。」

〜〜〜〜〜

この数年来、若者の草食化が進み、クリスマスを恋人や家族と過ごさない、いわゆるクリぼっちの若者が増え、世間のかなりの割合を占めるまでになっていた。彼らクリボッチャーの支援を受けて、前の選挙で躍進したのが『クリスマスから国民を守る党』、いわゆるクリ国党だ。大惨敗を喫した与党は、見境いもなくクリ国党と連立政権を組んだ。その結果、クリ国党が公約として掲げていた『特定宗教行事の固定化及び強要防止法案』、通称クリスマス防止法、略称クリ防法が速やかに国会で可決成立していた。

「クリ防法の施行以来、思想信条の多様性を尊重する名目で、街からはクリスマスツリーもクリスマスソングも消え、クリスマスケーキも今では入手困難です。」

男の声は険しさを増した。

「さらに我々クリスマスを愛する者達、クリスマシアンは、謂れない迫害を受けてきました。街にはクリボッチャーからなるクリスマス警察、いわゆるクリポリスが跋扈し、この時期カップルで街を歩こうものならどんな危険な目に遭うかわかりません。この店も何度、嫌がらせを受けたことか…」

男は声を震わせ、目頭の涙をそっと拭いながら続けた。

「ですから我々はこうやって、隠れクリスマシアンとしてひっそりと耐え忍んでいかなければなりません。」

参加者は皆、深く頷いていた。啜り泣く声も聞こえる。

「ですのでせめて、今日のこの場この時だけは、ありし日のクリスマスを偲び、みんなで大いに盛り上がろうではありませんか!

あ、申し遅れましたが、私はクリスマスとジャズを愛する、この店のマスターです。」

参加者からの拍手と歓声が沸き起こった。

〜〜〜〜〜

「さて、早速パーティーの開始といきたいところですが、その前に、今日はスペシャルなゲストをお迎えしています。」

そう言って、ステージ後方のカーテンを開けると、大きなモニターが現れた。

「リモートでのご出席ではありますが、サンタクロース極東支部長においでいただきました!大きな拍手でお迎えください!」

さらに大きな歓声と拍手に包まれて、画面に年老いたサンタクロースが登場した。

「皆さんこんばんは。今日はこのような席にお呼びいただき、大変光栄に思っております。」

長い髭に隠れて目立たないが、その深く刻まれた皺からは、昨今の苦境が窺い知れる。

「この国では、かの政権になって以来、私どもも存在意義が脅かされ続けています。高齢を理由に配置転換を余儀なくされ、唯一許されている子供達へのプレゼントも、A-zonやR天へアウトソーシングする事を認めざるを得ませんでした。大変、無念です…!」

その声からは悔しさが滲み出ている。だが一転、含み笑いをすると、サンタは言った。

「しかし皆さん、実はマスターにはすでに伝えてあるのですが、先日信頼できる筋から非常に重要な機密情報を入手しました。これが世間に公表されれば今の政権は…」

そこまで言いかけて、サンタは画面の外へ目を向けた。

「おや?誰か来たようです。ちょっとお待ちを…こんな時間にいったいどなた?…な!何をする!や!やめ…!」

突然画面が乱れ、大きな物音が聞こえてきた。そして、画面には何も映らなくなった。

「支部長!」「サンタさん!」「どうしたんですか!」

みんな口々に叫ぶが、画面は暗いままだ。

「…くっそ!クリポリスの仕業か!」

誰かが吐き捨てるように言った。ざわつく店内の空気をなだめるように、マスターが話し始めた。

〜〜〜〜〜

「皆さん!支部長の安否が気がかりではありますが、落ち着きましょう。何はともあれ、彼が伝えたかった事を皆さんにお知らせしなければなりません。こちらをご覧ください!」

画面を切り替えると、モニターには短い動画が映し出された。それを見たその場の全員が、ハッと息を呑む。

「こ….これは⁈」
「そうです。クリ国党党首です。」

その動画には、クリスマスツリーを背景にクリスマスソングが流れる中、サンタのコスプレをした党首が、その愛人と思しき女性と一緒に映っていた。酔っ払っているのか、二人で楽しそうに何発ものクラッカーを打ち鳴らしている。

「ど…どういうことだ⁈」
「はい、極秘に得た情報ですが、実はクリ国党党首も、本当は我々と同じクリスマシアンだということです。」
「な…なんだって⁈」
「そんなことって…!」
「でもこれがもし流出したら、間違いなく政権は吹っ飛ぶぞ!」
「ええ、実はすでにこの動画は週刊誌に渡してあります。もうまもなく記事になって、世間に出回ることでしょう!」

大歓声が上がった。

「そういう事です。さあ、パーティーを始めましょう!メリークリスマス!」
「メリークリスマス!!」

そこかしこでシャンパンが抜かれ、厨房からは七面鳥が運ばれてきた。後ろの席に待機していたバンドメンバーがステージに上がり、クリスマスソングの演奏を始めた。マスターが叫ぶ。

「本日演奏するのはJerry Fish!」

クリスマスソングの大合唱が始まり、店内のボルテージは最高潮になった。

そんな中、こっそり店の隅に移動する男がいるのを、マスターは見逃さなかった。

〜〜〜〜〜

世の中には、恋人や家族友人とクリスマスの雰囲気を楽しむというよりも、クリスマスそのものに興味があり、クリスマスグッズを収集する事が趣味という層が一定数存在する。彼らはソロ・クリスマシアン、通称ソロクリと呼ばれているのだが、男もその資格で今日の会合に参加していた。

店内の物陰に隠れた男は、スマホを取り出すとメッセージを打ち始めた。マスターは、男の後ろから近づきスマホを取り上げ、押し殺すように言った。

「何をしてるんだい?」
「か…返せ!」

スマホを取り戻そうと、男はマスターに組みかかり、揉み合いになる。その様子を察した参加者が、二人の周りに集まってきた。

「どうしたんですか?!」
「いや、ちょっとこいつがね。」

メッセージの内容に一瞥をくれると、スマホを参加者に放り投げて、マスターが言った。

「どうやら、クリポリスのスパイのようだ。」

店内がどよめく。

「なんだって?!」
「つまみ出せ!」

男が叫んだ。

「うるせえ!」

男は着ているサンタ柄のスタジャンの胸元をはだけた。その下にはクリスマスケーキにナイフが刺さっている絵柄のTシャツが現れた。

「クリポリス!」

皆が叫ぶ。
男は開き直るように言った。

「ああ、そうさ!クリスマシアンだかクリスマシマロだか知らないが、お前ら、二度と陽の目を見れると思うなよ!毎年毎年、あんなことやこんなこと、楽しい思いをしてきやがって!俺なんか…俺なんか…!」

叫びながら、男は泣き崩れた。

そこへ、参加者の一人の男が進み出て、優しく声をかけた。

「わかるよ、お前の気持ちは。痛いほど。」
「嘘だ!わかってたまるか!」
「実は俺も、去年まではクリポリスだったんだ。」
「なんだって⁈」

店内がざわつく。

「だけどな、この店でマスターに彼女を紹介してもらったんだ。同じジャズミュージシャンが好きだということからね。そして俺はクリポリスを抜けることができた。今は毎日楽しくやってるよ。」

彼女らしき女性が、頬を赤らめながら俯く。

「君にもいつか、素敵な出会いがあるさ、必ず。」

マスターも男の肩に手を置き、語りかけた。

「そうさ、この先どんな出会いが待っているかわからない。そして何より…」

一呼吸置き、言葉に力を込める。

「前の選挙で、君たちクリボッチャーのパワーがこの国の進路を変えたじゃないか。同じことを、もっと前向きな方向に使うこともできるはずだ。これからこの国を作っていくのは、君たち若者なんだから!」

会場から自然に拍手が湧く。
男は泣きながら、何度も何度も頷いていた。

「さあ、改めてみんなと一緒に楽しもう!パーティーは再開だ!」

再び楽しげなクリスマスソングが流れ始めた。店内は元の盛り上がりを取り戻す。マスターは男の耳元で囁いた。

「今日は君に出会えてよかったよ。なんと言っても、その身につけているクリスマスグッズ、結構なヴィンテージものばかりじゃないか。」

マスターは彼にウインクをすると、一人の女性を手招きで呼び寄せた。

〜〜〜〜〜

翌週、週刊誌の記事が出回るや、政界は大混乱となった。クリ国党党首の辞任、連立政権の解消に留まらず、少数与党となった政権は、野党の追求を受け、解散総選挙を選ばざるを得なくなった。

そして新しい選挙で一躍躍り出たのが『若者の未来を造る党』(略称若造党)だった。元の野党第一党と連立政権を組むと、クリぼっち撲滅を公約に、政府公認のマッチングアプリの普及や合コンへの補助金の支給など、次々と若者優遇の施策を繰り出した。

〜〜〜〜〜

そんな、夏も近いある日の夜、何やら賑々しい格好の二人の若者が店を訪れた。

「こんにちは!お久しぶりです。」
「おお、君は…」

それはあの晩のクリポリスだった。

「そちらの彼女はもしかして…」
「はい、あの日マスターに紹介してもらった、ソロクリの娘です。あの後クリスマスグッズの交換とかするうちに、なんか気が合っちゃって…」
「何よりだ…」
「しかも彼女、パティシエを目指してるもんで、毎日クリスマスケーキの試作を食べさせられるんですよ、おかげでちょっと太っちゃいました。」

笑いながらさする彼のお腹は、ちょっとという大きさではなかった。

「今日は二人で若造党の集会に出席してきて、このあとデートなんですけど、その前に一言お礼が言いたくて寄らせてもらったんです。本当にありがとうございました!」

そう言って二人は、今では一年中、クリスマスソングが流れイルミネーションが輝く街へ、繰り出していった。

「おめでとう!楽しくやれよ!」

見送ったマスターは、苦笑しながらため息をついて呟いた。

「せめて…一杯くらい飲んでいけよ…」

いつのまにか店内では、Jerry Fishによるステージが始まっていた。

[了]

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物語創作市民講座に参加して書いた作品です。お題は『クリスマス』。

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