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14.疾病性の落とし穴

「事例性」と「疾病性」という言葉は産業保健では非常によく使われる言葉です。事例性とは「勤怠状況が悪い」「パフォーマンスが低下する」など職場で業務上困っていることです。疾病性とは「夜眠れない」「息切れする」など健康上の不調や症状・病名に関することです。なぜこの事例性と疾病性という概念が重要なのか。その落とし穴をいくつかご説明します。

疾病性だけで評価するという落とし穴

産業保健の現場では、極端に言えば病気どうかは関係ありません。重要なことは、仕事ができるかどうかです。病気やケガを持ってたり、通院・治療をしていても仕事に支障がない人は多くいます。疾病性にだけ着目して職場や労働者に介入し続けることは望ましいものではありません。職場で何か問題を生じた際には、病気かどうか(疾病性)以上に、業務上何が問題になっているか(事例性)をまず確認しましょう。

確定診断に固執するという落とし穴

職域では、病気によるか、それともそれ以外によるのか(性格・特性・キャラクターなど)の判別が難しいという事態が往々にして起こります。しかし、そういった場合には病気であるかどうかを深追いし、病院で確定診断をつけることに固執する必要はありません。むしろ診断を付けることで、病気というレッテルが貼られること、スティグマをうむこと、キャリアを阻害することなど、その労働者にとってデメリットの方が大きくなる可能性もあります。「職場ができることと、本人ができることを明確にする」、「適応できていた時期の業務内容・対応方法を確認する」を整理することがとても大切です。(参照:「メンタルヘルス対策の落とし穴」)

病気のレッテルという落とし穴

労働者が病気というレッテルを貼られてしまうことは、場合によっては、ありがた迷惑であったり、マイナスの影響(腫れ物に触るような周囲の対応や、過剰な配慮、マイナスの人事考課など)をもたらすこともあります。例えば「うちの部下は発達障害じゃないか」という相談は多いのですが、「病気」かどうかは職場・上司が判断するべきことではありませんし、前述のように確定診断にこだわる必要もありません。職場・上司においても、疾病性ではなく、どんなことが問題になっているかという「事例性」に主眼を置いて対応してもらう必要があります。身近な例で言えば、保健指導で呼び出すこと自体が、労働者のレッテル貼りに繋がってしまう懸念もありますのでご注意ください。(参照:「保健指導の落とし穴」)また、もちろんメンタルヘルス疾患に関するレッテルについてもご注意ください。(参照:「メンタルヘルス対策の落とし穴」)
こちらもどうぞ:茨城県 成人期の発達障害リソースマップ〜特性か精神障害か〜(友常先生のnote)

疾病利得という落とし穴

疾病利得の落とし穴」でもご紹介した通り、疾病性にだけ着目して話を進めていくことは、病気を理由にして、仕事をしなくて済む、過度な配慮が受けられるといった状況を招き、本人の甘えを生んだり、治療意欲を阻害することや、職場の不公平感をうむ恐れがあります。

疾病性を説明するという落とし穴

管理職や人事担当者と情報共有する場面などで、産業保健職が病気の説明をする機会はたびたびあります。その際に、診断や治療内容といった疾病性の説明ばかりに終始するのは望ましくありません。より重要なことは、その疾病が職場でどのように問題になるか、就労にどのような支障をきたすかということです。安全配慮義務に関わるのか、これまで通り働かせてよいのか、ということが多くの管理職や人事担当職の関心ごとになりますので、産業医にはその説明が求められます。(参照:「安全配慮義務の落とし穴」)

疾病性を現場に評価させるという落とし穴

頭痛や不眠といった健康上の不調(疾病性)は、本人が申告しない限り、職場では気付かれないことも多いと言えます。職場で不調を拾い上げ、必要に応じて産業保健職や専門的医療につなげるためには管理職や人事担当者が産業保健職に相談すべき基準を設けるなどして、職場が事例性に気づき対応できるような仕組みにする必要があります。なおこちらの研究ではメンタルヘルスの問題が表面化するパターンは次のようなものだと示されています。ラインケア研修(管理職向けの研修)などでご活用ください。

職場で比較的多くみられるメンタルヘルス不調の表面化のパターンとしては、以下の流れがあげられる。
①業務効率の悪化→(人間関係の悪化、仕事の失敗)→遅刻・早退の増加、頻回欠勤
②仕事の失敗→業務効率の低下→(過度の自己卑下)→頻回欠勤、遅刻・早退の増加
③人間関係の悪化(ハラスメントを含む)→(業務効率の低下)→頻回欠勤、遅刻・早退の増加
④身体疾患に伴う症状→頻回欠勤、遅刻・早退の増加

産業保健スタッフがこれらの傾向を理解しておくと、メンタルヘルス不調者が次に職場で起こす可能性が高い問題を予想し、早期対応を講じることや、事例対応のために後方視的に調査を行う際の参考となるであろう。また、管理監督者教育において、管理監督者が留意すべき事項についての解説で活用することもできる。

業務由来の疾病性の落とし穴

なんらかの症状があり、疾病性を疑ったときに専門医療につなぎ、適切な診断と治療につなげることは重要です。しかし、その症状が業務に由来している場合には、医療(診断や治療)につなぐことよりも、むしろ職場環境を改善することの方が、症状が解決できることもあるでしょう。例えば、血圧が高くなっている原因が夜勤明けのドカ食いに由来していれば、降圧薬を内服するよりも食生活の改善の方が効果的です。また、不眠の原因が上司のハラスメントに由来していれば、睡眠薬を内服することよりも職場環境改善の方が重要です(もちろん実際には、そんな因果関係がはっきりしないことも多いのですが)。産業保健専門職は、労働者が働くことで健康障害が起きていないか(業務由来・業務起因性)を常に探る姿勢が求められます。症状があるから専門医療につなぐという短絡的な発想にならないようにご注意ください。また、その症状の発症が業務に起因しているとすれば、業務上災害に該当しうるかどうかについても重要になります。(参照:「健康は個人の問題という落とし穴」)

医療につなぐ際には、受診勧奨や主治医連携が必要になりますので、「受診勧奨の落とし穴」・「主治医連携の落とし穴」もご参照ください。また、業務上災害に該当するかどうかは「安全配慮義務の落とし穴」もご参照ください。

参考ホームページのご紹介

なお、事例性と疾病性の話は、産業保健領域ではとても重要なので、色々な方が、このことに触れています。それぞれのページもぜひご一読ください

事例性に基づいて情報を整理するためのツールです。
「職場における困りごと情報整理シート」について~ご本人へ~
上司からの情報提供シートの使い方〜 上司の方へ〜

事例性について説明されたブログ・記事です。

河野慶三先生 事例性
アセッサ産業医パートナーズ株式会社
石井りな先生 (日本の人事部)
堤多可弘先生のnote1  note2
 事例性の覚え方その1 KAPE
 K:勤怠=欠勤、突発休み、遅刻、早退など勤怠の乱れ
 A:安全=現在、未来において安全に自他ともに通勤・勤務が出来るか
 P:パフォーマンス=パフォーマンスが低下していないか
 E:影響=周囲への悪影響を及ぼしていないか
 事例性の覚え方その2 AKBP
 Anzen:安全
 Kintai:勤怠
 Behavior:勤務態度
    Performance:パフォーマンス

事例性を探るための最良の質問は、「何か仕事で困っていることはありませんか?」です。

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