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産業医活用TIPs メンタル対応編

こんにちは、産業医の堤 多可弘といいます。産業医は企業や従業員と協力して働いていますが、意外とその業務内容や活用方法は知られていません。そこでnoteでの発信を思いつきました。今回は企業、特に労務を担当する方向けの発信としてこの記事を書きました。記念すべき(?)第1回はメンタルの不調対応における産業医活用3つのSTEPを紹介したいと思います。

1.自己紹介 精神科医から産業医へ

 まず簡単に自己紹介をさせてください。私は2011年に医師になり、2013年から現在に至るまで精神科・心療内科の専門医として大学病院や精神科病院、メンタルクリニックなどで勤務しています。一方で2016年からは産業医としても活動し、現在は産業医業務と産業医に関わる事業(ToHands)をメインに手掛けています。<株式会社Appdate https://www.appdate.co.jp/>また末尾にご紹介するセミナーなどを開催しています。

 なぜ、病院から産業医という企業主体にシフトしてきたかというと、病院やクリニックに来る人だけを対応していたのでは火消しに終わってしまい、根本の課題が解決できないと感じたからです。メンタル不調の原因の一つには職場の環境やキャリアのミスマッチなどが関係しています。さらに世の中にはメンタルヘルスの概念が広がってきており、メンタル不調の方は職場ですぐに発見されるようになりました。しかし、その予防や発生前後の対応方法に関してはあまり知識が広まっていないのが現状です。そこで職場の環境やキャリアのマッチングに踏み込んだ対応をして、働く人々が、より元気に幸せにはたらけるような環境を作りたいと思い産業医を始めました。この辺りに関して話すと非常に長くなってしまうので、本題に入っていきたいと思います。

2.なぜメンタル不調対応に産業医活用が必要なのか?

 労務の業務は多岐にわたることと思いますが、その範囲の中にメンタル不調者への対応や「病気かどうかわからないけど困った人への対応」があります。これは管理者にも言えることかもしれません。こういった対応は労務や管理者の時間的・精神的負担感が大きく、またデリケートな問題ゆえに誰にも相談できず悩みを抱えてしまい狩りです。その相談相手として適切なのは実は産業医なのです。そしてこのnoteを読んでくださった労務担当の方が上手に産業医を活用してもらえれば我々産業医も非常にうれしく思います。労務担当の全員が傷病者対応や産業医とのやり取りを担当されているわけではないと思いますが、もし周りに対応に苦慮している担当者や管理者の方がいらっしゃれば、ぜひこのnoteを勧めてみてください。

3.産業医活用3つのSTEP

 メンタル不調には非常に様々なバリエーションがあり、対応したことのある方はその大変さが良く分かるのではないでしょうか?しかし今回ご紹介するSTEPを意識するだけで対応はかなり楽になります。ぜひ試してください。
今回ご紹介する、メンタル不調対応における産業医活用3つのSTEPは

STEP1 : 事例性と疾病性の切り分け
STEP2 : ゴールの設定・共有
STEP3 : 役割分担の明確化
上記の3つになり、これを順序良く丁寧にこなしていくことが重要です。

それぞれ説明してきますね。

STEP1 : 事例性と疾病性の切り分け

 端的にいうとSTEP1は、現場の問題点をピックアップして必要に応じて専門家に評価してもらうSTEPです。ここで言う必要に応じてというのは、病気の訴えがあるときや病気の疑いがある時です。
 まず、事例性と疾病性という聞きなれない言葉が出てきたのでこちらを説明します。
 事例性とは「職場で問題になっている事実」のことです。事例性は職場でしかわからない事実であり、管理者・人事・労務などが把握・指摘・指導すべきものです。事例性の具体例としては下記のようなものがあります。

・1カ月で遅刻が10回あった
・在席中に居眠りばかりしている
・仕事が期待より滞り、周囲がサポートに追われている

こういった、職場で問題になっている事実を事例性と呼びます。
 疾病性とは「病気の症状や治療の副作用」などのことです。疾病性は本人や周囲の訴えや医療機関での診断・検査などから医学の専門家が判断・評価するものです。具体例としては

・うつ病で朝起きられない
・不眠症で夜眠れず、日中に眠気が強い
・うつ病で思考力が低下している  などです。 

 メンタル不調対応においては事例性と疾病性を切り分けることがとても大事です。具体的には管理者や労務から「勤怠が乱れているから是正してほしい。」とか「パフォーマンスが低下しているので心配している。」などと事実ベースで話をしたうえで、理由を聞くことが有効です。その理由が体調不良などであれば疾病性の評価が必要なので産業医面談につなげるという具合です。
 管理者や労務が事例性を把握し明確に本人に伝えておき、そのうえで産業医につないで疾病性を評価してもらうのが産業医活用のSTEP1です。もちろん産業医につなぐ際には事例性の情報を伝えることもお願いします。ちなみに繋ぐべき基準は、「KAPE」~管理職や人事労務が産業医に相談すべき基準~で説明しています。あわせてお読みください。

STEP2 : ゴールの設定・共有

 事例性を把握・指摘・指導し、産業医が面談などで疾病性を評価したら、会社・当事者・産業医の3者でゴールを設定し共有することが重要です。このゴールの設定には3者それぞれの考えのすり合わせが重要です。このすり合わせがうまくいかずギャップが残るとトラブルに発展します。
例えばパフォーマンスが低下している社員がいれば、まずSTEP1
事例性=パファーマンスが職位相当の70%程度になっている事実を指摘し、理由を聞く。
メンタル不調の訴えがある、ないしはメンタル不調の疑いがある場合は産業医につなぎ、疾病性を評価してもらいます。
その評価が下記だったとします。

疾病性:メンタル不調により思考力の低下があるが、治療のためだけに今すぐ休むレベルではない

 次に3者のゴールへの考えを整理します。ゴールを設定するにあたっては妥当な期限を設定することも重要です。

<会社>できるだけ早く職位相当の仕事をできるようになってほしい。しかし体調面が悪化するなら休んでほしい

<当事者>治療と仕事を両立しながら体調回復させたい

<産業医>いまの体調なら仕事をしながら治療をすることは可能だが、完全に戻るには2-3カ月はかかるだろう。

 こういった3者の考えをすり合わせ、3者が納得できるゴールを調整していきます。ここでの注意点は過剰な配慮を講じないようにしつつ健康にも留意することです。この例ではすり合わせの結果、「3カ月間は残業無しで70%の業務量から仕切り直す。ただしさらにパフォーマンスが低下したり、体調が悪化したりすれば速やかに休んで治療に専念する。また3カ月たってもパフォーマンスが職位相当にならなければやはり治療に専念するか、職位を見直す」というゴールを設定・共有しました。もしどうしても体調がすぐれず健康面の不安が強かったり、周囲へ過重な配慮を必要としたりする場合は休養してもらい、復職のゴールを再設定することも考えられます。
 ここで産業医に期待したい働きは、産業医の持つ専門性と中立性から最もバランスのいいゴールを調整し提案してもらうことです。ゴールは必ずしも1つではなく、本人の健康状態、業務内容、会社の規模などさまざまな要因で左右されるものです。産業医には適切なゴールを様々な角度から考えてもらいいろいろなパターンに応じた提案をしてもらいましょう。

STEP3 : 役割分担を明確化する。

 ゴールを設定した後はそれぞれの役割を明確化してその役割をこなしていきます。

<会社=管理者・労務>勤怠やパフォーマンスを評価し、日ごろの様子を観察する

<当事者>仕事と治療に真摯に取り組む

<産業医>定期的に当事者の健康状態を確認し、現場から気になる様子があればサポートする

といった具合です。この役割分担が明確になっていないと、ゴールへの到達具合が分からなくなったり、健康管理に最も責任を持つべき当事者が「体調が悪いのだから会社にもっと配慮してほしい」という風に歪みが生じたりします。ここでの産業医はあくまで裏方です。本人の健康状態を適宜把握してもらい、職場と本人が安心できるような助言をしてもらいましょう。

4.さいごに

 いかがでしたか?もしも産業医との連携がうまくいっていなかったり、メンタル不調者対応に悩んでいたりしたら、今回のSTEPを参考に取り組んでみてください。産業医とこのやり方を共有しておくと効率も効果も飛躍的に高まります。実務においては様々なシチュエーションがあり、判断に悩むことも多々あると思いますが経験を積むうちに自然とできるようになります。今回お話ししたような内容をさらに詳しく知りたい方は下記のようなセミナーも開催していますのでぜひご参加ください。

https://tohands-handy.com/hands-library/news/

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