ガチ産業医3

9.疾病利得の落とし穴

はじめに

この記事で用いる「疾病利得」という言葉は「病気であることによって得られる心理的・社会的・経済的利益」とします。

事例

産業医の就業上の措置(以下、就業制限)は労働者の健康確保などにおいてとても重要ですが、ここに疾病利得という落とし穴があります。つまり、労働者に対する就業上の措置・配慮が、逆に労働者に対して様々な利益をもたらしてしまうというものです。まずは2つの極端な事例を示します。

事例1)
産業医
「血糖のコントロール悪いので残業禁止とします」
労働者
「残業禁止?もともと残業したくなかったのでうれしいです。コントロール悪い方が残業しなくて済むなら血糖が高いままでもいいです」

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事例2)
産業医
「睡眠の状態が悪いので夜勤禁止とします」
労働者
「産業医に夜勤禁止って言われました。私は夜勤はできませんので職場の皆様よろしくお願いします」
同僚 
「あの人だけ夜勤しないで不公平だ」

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落とし穴の影響

疾病利得は、労働者本人にとって(一時的な)利益につながることもある一方で、病状コントロールが悪いから負荷の高い業務に就かずに済むことが治療意欲を阻害してしまったり、成長や出世の機会を逸することでキャリア形成やスキルアップにも悪影響を及ぼしたり、職場内の不公平感を醸成して孤立を生んでしまうなどの不利益につながることもあります。労働者の就労に関する価値観は様々で、残業制限や夜勤制限などに対し、稼げなくなる・評価が下がると感じる方もいますし、むしろそれを望む方もいます。また、ある労働者に就業制限をかけるということは、他の労働者がその業務を担うということになり、能力的に仕事ができる人や環境的に仕事ができる人(例:独身や自宅が近い方など)にばかり仕事が集中してしまい、その結果としてその方が潰れてしまう事態も起こりえます。就業制限をかける際には、職場の公平感も意識した対応が産業医には求められます。

落とし穴に対する工夫

この落とし穴に陥らないようにするための工夫としては、安易な就業制限をかけないこと(「就業制限の落とし穴」)、就業制限が必要な状況を丁寧に事業者や職場、本人に説明することや、就業制限をかけっぱなしにせず定期的に見直しの機会を持つこと(「就業制限かけっぱなしの落とし穴」)です。本来の就業制限の意図は、安全配慮義務の履行のためであり、健康増進や産業保健職のエゴではありませんのでご注意ください(参照「安全配慮義務の落とし穴」)
また、前述した事例1の残業禁止のように厳しすぎる就業制限は疾病利得に繋がりやすいので注意が必要です。残業であれば、過労死ラインと言われるひと月あたり80時間に設定する、36協定の上限残業時間に合わせて設定するといった工夫も有効です。この場合、就業制限の実効性がないとしても、就業制限をかけることで企業の安全配慮義務を担保できる、ハイリスク者としてフラグをたてることができるといった効果が期待できます。(参照「過重労働面談の落とし穴」)

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