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45.女性労働者支援の落とし穴

はじめに

女性労働者の支援は性差別禁止、人材確保、多様性の観点からも重要です。また、働き世代の女性にはライフステージ別に妊娠・出産というライフイベントがあることや、月経関連疾患や更年期障害、子宮がん、乳がんといった健康上の問題が発生しうるため、産業保健職としても支援を行う必要があります。各企業によっても取り組みに差はありますし、業種や性比率によるところもまた大きい要素です。セクハラやマタハラ、ジェンダーロールに苦しんでいる女性労働者や、ライフイベントや女性特有の疾患で悩んでいる女性労働者も多いと思いますので、産業保健職としても支援していく必要があります。しかし、女性労働者支援においても落とし穴が潜んでいますので、この記事でご紹介します。

特に、この記事の前提として抑えておくべきことを先に示します。
たしかに女性であることを理由に不当な扱いを受け、虐げられている労働者もいますので、そのようなことをなくすためにも支援は必要です。一方で、過度な配慮・支援をすることは、時に疾病利得や特別扱いを生んでしまうことや、男女間や女性間、職場間に不公平感を生んでしまう懸念があります。状況を冷静に判断した上での適度な支援を行うことがとても重要です。また、女性が配慮・支援を必要であると一般化しすぎることは性的役割(ジェンダー・ロール)の固定化や性差別を助長してしまう懸念もあり、逆に女性の社会進出を阻害してしまうことすらあります。また、ジェンダーの問題は女性支援だけではなく、男性への支援も同じように必要であることも知っておくべきでしょう。

女性労働者支援の施策例

健康経営銘柄調査参照
1.婦人科健診・検診への金銭補助(がん検診を含む)
2.婦人科健診・検診の受診に対する休暇または就業時間認定の設定
3.従業員や保健師等による女性の健康専門の相談窓口の設置(メールや電話等による相談含む)
4.女性特有の健康課題に対応可能な体制構築(産業医や婦人科医の配置や外部の医師の紹介など)
5.女性の健康づくりを推進する部署やプロジェクトチームの設置
6.妊婦健診など母性健康管理のためのサポートの周知徹底
7.不妊に対する支援(通院への休暇取得など)
8.生理休暇を取得しやすい環境の整備(有給化や、管理職への周知徹底など)
9.更年期症状や更年期障害への支援(通院への休暇取得など)
10.女性専用の休憩室の設置(※法律上設置義務のある休養室は除く)
11.月経随伴症状をモニタリングするツールやアプリの提供

女性のみ支援の落とし穴

女性労働者を支援すべきということは、男性労働者を支援する必要がないということではありません。日本産業衛生学会の「働く女性の健康確保を支援するために」の提言の中で、以下のような課題を示しています(一部抜粋)。

1.長時間労働、不規則およびシフト勤務
2.メンタルヘルス対策
3.作業関連性運動器障害予防
4.VDT 作業の健康障害予防
5.エルゴノミクス
6.化学物質による健康障害予防について
7.労働と関係して母性に配慮を要する諸疾病の予防と対策勝手な過剰な配慮の落とし穴

日本産業衛生学会 政策法制度委員会「働く女性の健康確保を支援するために

しかし、これらは男性労働者であっても同様に健康障害を引き起こしている課題です。男性だから30kgの重量物で腰を痛めないということもありませんし、80時間の残業に耐えられるわけでもなく、第3管理区分の作業環境で大丈夫ということもありません。男女の差は個人差の要素も強く、脆弱性や感受性が大きい男性労働者も当然います。産業保健の目的は「人に作業を適合させる」ことですが、その標準となる人とは「屈強頑強な男性」ではありません。有害性の強い、負荷の高い作業ができる人材だけが働ける(生存してしまう*)のではなく、誰もができるよう(ユニバーサルデザインの考え方)に働き方を変えていくことが産業保健の本来の進め方です(参照「人を仕事に適合させるという落とし穴」。女性労働者になんらかの支援の必要ができたときには、男性労働者も含めた支援や誰もが働きやすい職場環境に改善するチャンスです。
*生存バイアスによって、負荷の高い業務ほど、それができる人だけが生存してしまう、出世してしまうことが往々にしてあります。

押し付け支援の落とし穴

女性労働者には法的にいくつかの権利が保護されており、事業者に申告することで配慮を受けることが可能です(参照)。母性健康管理指導事項連絡カード(母権連絡カード)(厚生労働省サイト女性に優しい職場づくりナビ)を活用することも一つです。しかし、ここでの原則はあくまで自己申告です。周囲がお節介にあれもこれもと配慮し過ぎることは望ましくないでしょう。これは、障害者に対する合理的配慮と似ています。同じ女性労働者であっても事情はそれぞれ違います。女性と一括りにして支援を押し付けることは避け、適切な配慮について本人も含めた関係者間で話し合いを持つことが大切です。ただし、見るからに体調が悪そう、言い出しにくい状況にある場合には、安全配慮義務の観点からも、自己申告の原則にこだわる必要はありません。また、このような権利や職場環境を知らない可能性もありますので、産業保健職から情報提供を行うことも非常に大切なことだと思います(=「知る権利」への配慮・社内アドボカシー)。

逆マタハラの落とし穴

マタニティ・ハラスメント(マタハラ)とは、女性社員が妊娠や子育てをきっかけにして受ける嫌がらせや差別行為を指しますが、一方で「逆マタハラ」は産休や育休などの利用で残った現場社員に対し過度な負担を強いること、フォローする上司や同僚に対する配慮の欠いた言動でストレスを与えることを指します。

女性労働者を支援している企業というと、一見労働者に優しい企業のようなイメージを抱きます。企業のイメージ戦略上はそれでよいかもしれませんが、一方でその内情が、子育てをする女性労働者ばかりに優しい支援にならないように注意が必要です。目指すべきは、子育てをしていても、していなくても働きやすい職場です。そして、もちろん子育てをしている男性労働者への支援も欠かせませんし、子供が欲しくても授からなかった方や、子供を欲していない方もいます。子育てをしていない方々に対して不公平さをつくらないような配慮も必要です。
 マミートラックとは、出産した女性が職場復帰した際、自分の意思とは関係なく出世コースから外れてしまうことを差す言葉です。目指すべきは、子育てをする男性もパピートラックを辿ることで、マミー/パピートラックがノーマルトラックな社会なのだと思います。こちらの受け売りですけどね(働く女子の運命)。

こちらも参照)
資生堂ショック「産まない女子」と「産んだ女子」が職場で大ゲンカ現代ビジネス)

生理休暇の落とし穴

生理休暇は「労働基準法」に定められた休暇であり女性労働者としての権利です。産業保健職としては、この生理休暇の取得を妨げるものではないでしょう。しかし、生理によって仕事に支障をきたしている女性労働者がいた場合に、産業保健職が安易に「生理休暇を取りましょう」とアドバイスしたり、企業側に「生理休暇を取らせましょう」と助言することには注意が必要だと思っています。その理由としては、生理休暇が生理であることを言わなければいけない制度であること(有給は取得理由の申告は不要)、声をあげて生理であることを上司に言うことができる労働者のみが享受できる制度であること、取得できる生理の期間等の定義が曖昧であること(そもそも辛いのは生理日のみではない)、生理休暇に関するルール(申告方法、有給/無休、就業規則上の記載の有無など)にもよること、逆に生理休暇の取得が職場の不公平感をつくることや、本人にとっても不利益をもたらしうること、女性全般に対する差別や偏見を助長することにつながりうること、などがあると思っています。もちろん、”生理休暇が取りやすい職場”を目指せる企業も一部にはあるでしょうが、業種や規模、性比率などの条件でかなり限られると思います。産業保健職としては生理休暇の取得による不利益な取り扱いが起きないように働きかけることも必要です。しかし、個人的には目指すべきは生理という大義名分がなければ休めない職場環境ではなく、どんな理由であれ(申告せずとも)休みやすい職場だと思います。これは風邪による体調不良も同じです(参照:「インフルエンザ対策の落とし穴」)。特定の労働者が生理休暇を頻用することは、ときに職場の不公平感や軋轢を生んでしまう懸念があります。女性の生理休暇自体が、女性への支援制度とあると同時に、逆に、女性は生理があるからといって成長・昇進の機会を逃すような環境に繋がる恐れもあることも知っておかなければなりません。
 もし生理(月経随伴症状)によって仕事に大きな支障をきたしている場合には、婦人科の受診を勧めることが非常に大切です(更年期障害も症状が強い時には婦人科受診を勧めましょう!)。ピルなどの薬剤によってコントロールできる病態も増えてきています。また、仕事によって生理(月経随伴症状)が悪化しているときには、仕事のやり方に改善が必要かもしれません。
参照記事)
「生理休暇」ははたして性差別的な制度なのか低賃金や差別を助長?世界中で議論に(東洋経済online)
生理休暇の概要と日数制限(弁護士法人ALG)

なお、不妊治療休暇や介護休暇は、休む期間や事情から少し特別な制度だと思いますので、理由を示すことも必要になるでしょう。社会のサスティナビリティや、企業の人材確保の観点からも、このような特別な事情でも休みやすい、そして辞めたあとにも企業に戻って来やすい制度設計は重要だと考えます。

参照)
ビューティカウンセラー(BC)の再雇用制度」並びに「内勤従業員の在宅勤務制度」を導入(カネボウ)

時代錯誤の落とし穴

もはや時代は「職場は男性中心、家庭は女性中心で」が通用しないことは自明です。そして産業保健職には時代の価値観にキャッチアップすることが求められます。そして、ジェンダーの価値観は日々変わって来ています。例えば、某自動車メーカーの以下のCMが炎上したことをご存知でしょうか?

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これは、女性が運転が苦手という偏見が招いたものですが、作り手としては運転が苦手な女性をサポートする運転しやすい(事故を起こしにくい)自動車という売り込み方をしたとも考えられます。私たちは時代のジェンダーバイアスが刷り込まれがちで、女性が弱いもの、女性は守るもの、女性は補助的な業務が適している、責任ある仕事は任せられない、などのバイアスが刷り込まれがちです。しかし、もはやそのような時代ではありません。産業保健職が、そのようなバイアスに気が付かずに発言してしまうことはもはや炎上・信頼失墜のリスクと言えるでしょう(参照:「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)への気づきが学びとリスク回避になる)。埼玉県の「男女共同参画の視点から考える表現ガイド」はジェンダーバイアス・ジェンダーロールを考える上でとてもよい資料です。産業保健職はジェンダーバイアスを自覚した上で、バランスのとれた支援を行うように注意してください。(内閣府男女共同参画局からも性別による固定的役割分担や無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)の解消のためのイラストが公開されています

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また、「無意識の偏見」という概念も同じように重要ですので、こちらも知っておく必要があると思います。こちらの記事はジェンダーロール、アンコンシャス・バイアスを学ぶためにもオススメです。
ジェンダーPart 1: 性とジェンダーの違いを知っていますか?史上初のジェンダー差別裁判を起こした女性弁護士 RBG
ジェンダーPart 2:女子力ってなに?性とジェンダーの違いから考える日本のジェンダー問題

また、以下のエマ・ワトソンさんの言葉もとても素敵だと思いましたので、記事とともにぜひご一読ください。

「私はフェミニズムについて話をするたびに、女性の権利を求める戦いが、男性を打ちのめすことと同義に扱われていることに気づきました。ですが、それは違います。そういう思考は止めなくてはなりません。そもそもフェミニズムとは、皆が平等の権利と機会を持つことを信条とするものです。つまり、政治的、経済的、社会的立場においてすべてのジェンダーが平等である、という理解です」

がん検診の落とし穴

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前述の通り、働き世代の女性は乳がんの好発年齢と重なります。そのため、ピンクリボン運動を始めとして、乳がんに対して積極的に取り組んでいる企業は非常に多いです。しかし、一方で乳がん検診は誰にでも勧められるものではありません。詳細は「がん検診の落とし穴」に譲りますが、がん検診にもメリット・デメリットがありますので、女性に優しい企業、健康経営、健康増進などの名の下に不必要ながん検診を必須検査のようにして受けさせることは控えるべきでしょう。
画像は がん対策推進企業アクションHPより

おまけ1

女性労働者支援に関連するホームページはこちらにまとめておりますので、ご参照ください。

おまけ2

ILO 労働安全衛生における性差に配慮し、性差に基づく取組みを推進するためのガイドライン(労働安全衛生の実践に必要な 10 か条)

1:労働安全衛生法の見直しと開発の際には、ジェンダー主流化※のアプローチをとる
2:労働安全衛生の実践におけるジェンダー不平等を是正するための労働安全施策を開発・提供する
3:リスクマネージメントに性差の観点を取り入れる
4:労働安全衛生の研究において、性差を適切に考慮する
5:性別データに基づく労働安全衛生指標を開発する
6:すべての労働者に労働衛生サービスと保健医療への平等なアクセスを促進する
7:労働安全衛生対策、健康促進、意思決定に男女の労働者とその代表者の参加を確保する
8:ジェンダーに配慮した労働安全衛生情報、教育、訓練を開発・提供する
9:男性用と女性用の作業用具、工具、個人用保護具を設計する
10:労働時間管理とワーク・ライフ・バランスを図る
*ジェンダー主流化とは、あらゆる分野でのジェンダー平等を達成するため、全ての政策、施策及び事業について、ジェンダーの視点を取り込むこと
をいう。

おまけ3

こちらの学会はとても勉強になるらしいです(私は入っておりませんが)。女性のヘルスケアを専門にしていきたい方はぜひどうぞ!

おまけ4

佐々木那津, 津野香奈美, 日高結衣, et al. 日本人女性労働者の就労上課題となる生物心理社会的な要因,制度利用状況,期待する職場での研究テーマのニーズ:患者・市民参画(ppi: patient and public involvement)の枠組みを用いたインターネット調査による横断研究. 産業衛生学雑誌. 2021;63(6):275-290.

抄録
目的:本研究では,医学研究における患者・市民参画(PPI: Patient and Public Involvement)の枠組みを用いて日本人女性労働者の就労上の悩みと期待する職場での研究を把握し,研究の課題発見と優先順位を決定する.対象と方法:日本の女性労働者を対象に,インターネット調査を利用した横断研究を行った.独自の調査票を用いて「女性労働者の就労上課題となる生物心理社会的な要因(身体症状,精神症状,月経の悩み,妊娠・出産の悩み,ワーク・ライフ・バランスなど)」,「女性労働者が活用できる制度の利用状況」,女性労働者が「期待する職場での研究テーマのニーズ」を尋ねた.「就労上課題となる生物心理社会的な要因」と「期待する職場での研究テーマのニーズ」は基本的属性(年齢,配偶者の有無,子どもの有無,未就学児同居の有無,勤務形態,職種)別にχ2 検定および残差分析を行い,また期待する職場での研究テーマとして頻度の高い4項目に関して症状の有無との関連をχ2 検定で検討した.調査は2019年7月に実施した.結果:本調査では416名から回答を得た.就労上課題となる生物心理社会的な要因として,なんらかの就労に支障がある症状を持つ者の割合は,身体症状(89%),月経に関する悩み(65%),精神症状(49%),ワーク・ライフ・バランスの悩み(39%),妊娠出産に伴うキャリアの悩み(38%)の順で多かった.制度利用の状況として,回答者本人の利用率は不妊治療連絡カード(0%),フレックスタイムやテレワーク(1~3%),生理休暇(4%),短時間勤務制度(8%)であった.期待する職場での研究は,「肩こりや腰痛をやわらげる研究」(45%),「女性のメンタルヘルスを向上させる研究」(41%),「月経と仕事のパフォーマンスに関する研究」(35%),「ワーク・ライフ・バランスを向上させる研究」(34%)の順に多かった.20代/30代・配偶者がいない・こどもがいない・フルタイム勤務という要因をもつ対象者では「メンタルヘルス」と「月経」に関する研究への期待が高かった.未就学児同居の対象者では「産後の精神的な支援」「産後の身体的な支援」「産後うつ予防」の研究への期待が有意に高かったが,「ワーク・ライフ・バランス」に関する研究への期待は有意差がなかった.月経の悩みやワーク・ライフ・バランスの課題を抱えていることと,それらの研究を期待することには有意な関連が見られたが,有症状者のうち介入を期待した者の割合はいずれも48%であった.男性労働者にも共通する心身の課題を除くと月経に関する悩みは最も頻度の高い女性労働者の就労上課題となる生物心理社会的な要因であった.考察と結論:就労上困難を感じる症状として月経に関連したものは頻度も高く,女性労働者の健康課題として婦人科に関連した心身の状態は今後研究の対象となることが期待された.しかし,悩みや困難を抱えていることと職場での研究を希望しているかどうかについては,個別の文脈で慎重に検討する必要があると考えられる.


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