11.人を仕事に適合させるという落とし穴
産業保健の目的は「適正配置」であり、「働く人の健康状態と仕事との調和」です。これまで説明してきた就業上の措置もその他の産業保健活動も、この目的を達成するためにあると言えます。ここで陥りがちな落とし穴は、「人を仕事に適合させる」ことを優先して考えてしまうというものです。適正配置の原則は「仕事を人に適合させる」ことが優先です。この落とし穴に陥ったときの発想の例としては次のようなものがあります。
例1)
製造工程で、腰が痛いと言う労働者を異動させ、屈強な若い男性労働者だけを使う。
例2)
長時間労働が常態化している職場で、メンタルヘルス不調で毎年何名も休職してしまう。それに耐えうる人だけを重宝し、さらに彼らの仕事が増えていく・・・
例3)
いじめやハラスメントがはびこる職場で、いじめ・ハラスメント行為が業界的に当たり前だと労働者に刷り込む。
本来は例1は作業しやすい環境にする、作業を機械化する、腰が痛くならないような作業方法といった改善が望ましいですし、例2は長時間労働の是正をまずもって目指す必要がありますし、例3はいじめやハラスメントを本来は撲滅すべきです。
「人を仕事に適合させる」ということは、ともすれば仕事に適合できない労働者の排除や、労働者を使い捨てたり使いつぶすような労働環境にもつながりますし、負荷の高い(有害な)仕事そのものは一向に改善されないことになります。
一方で「仕事を人に適合させる」ことは、例えば身体に負荷のかかる作業方法を変えたり、残業を減らしたり、働きやすいやり方や環境に改善していくことであり、労働者の多様性をうんだり、持続可能性のある労働環境の実現につながります。「働く人の健康状態と仕事との調和」を目指すにあたり、「人を仕事に適合させる」ことを優先しないように注意してください。
補足1:ILO/WHO合同委員会が1995年に採択した定義では「作業を人に、また、人をその仕事に適合させること」と、「仕事を人に適合させる」を先に明記しています。また、ILO第161号条約第1条では「仕事を労働者に適合させる」のみを示しています。 産業保健の目的(産業医学振興財団HP) ILO161号条約和文 ILO161号条約英文
労働者の身体上及び精神上の健康状態を考慮した作業の労働者の能力への適合(the adaptation of work to the capabilities of workers in the light of their state of physical and mental health)
補足2:実際の現場で仕事を変えることは難しいことはよくあります。例えば、交代制勤務・夜勤は、簡単になくすことができない仕事のひとつです。そのような場合にはこちらの文献から言葉を借りますと「ゼロには出来ないリスクであるとしても何もできないリスクではありません」と考えることができます。働くことによる健康のリスクを理解している産業医こそが、「仕事を人に適合させる」という原則を踏まえながら、事業者や労働者とリスクコミュニケーションを図っていき、適正配置を達成することが重要だと思います。
補足3:「仕事を人に適合させる」ことは特定の労働者に対して適合させる(配慮する)ことではありませんし、企業の体力に見合わないことまで求めることではありません。例えば、交代制勤務をすると体調を崩してしまう労働者を全員昼間勤務にしていたら、現場は回らなくなります。過度な配慮は疾病利得を生んでしまいます(「疾病利得の落とし穴」も参照)。職場や集団といった組織全体に広く有用といえるような環境調整を、企業の体力に見合う合理的なレベルで「仕事を人に適合させる」ことが重要です。
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