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ジェンダーPart 2:女子力ってなに?性とジェンダーの違いから考える日本のジェンダー問題

前回の投稿 (Part 1) では、そもそも性とジェンダーは意味することが違い、性(sex)とは生まれながらの「生物学的」な性別であり、ジェンダー (gender) とは人間がつくり上げた社会の中で、各性別が一般的にどの様な社会的役割(ジェンダーロール)を果たしているかに紐付けられた「社会的な性別」であるという話をしました。今回はその性とジェンダーの違いから日本のジェンダー問題について私なりに考えてみたいと思います。

世界経済フォーラム(WEF)の発表するジェンダー・ギャップ指数が日本は2019年、121位(153カ国中)[1] と史上最下位にまで落ちてしまいました。これは日本が後退しているのではなく、世界が進んでいる中で、日本は相対的に遅れてしまっていると言うことだと思います。しかし、なぜ日本は国際社会の中で取り残されてしまったのでしょうか?

1. ジェンダーロールは日本社会にも

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ジェンダーロールは、どのように日本の社会や日常に影響を与えているのでしょうか? “Women are caregivers, men are breadwinners” :女性は家で家事や育児を、男性は外で仕事をという古典的なジェンダーロールが時代に合っていないとして、世界的に薄れて行ったにも関わらず、日本では今でも比較的色濃く残っているように感じています。その理由として、例えば、共働き世帯が年々増え続けているにも関わらず、日本は他国に比べて、女性の家事分担割合が男性に比べて高く、家事育児の大部分を今でも女性が行なっていることが挙げられます。[2,3] また、2018年には医学部の入学試験で女性受験生が減点されていたことが発覚し、問題となりました。これは日本の社会が定義する「女性は出産や子育てで忙しく、男性はいくらでも外で働ける」という古典的なジェンダーロールに基づいた構造的なジェンダー差別の発覚だったと思います。ジェンダー(社会的な性別)に基づく差別が憲法違反であると、前回の投稿で紹介したルース・ベイダー・ギンズバーグがアメリカで訴訟を起こしてから50年近く経っての出来事でした。実際、女性医師数が男性医師数を上まわる国も多くなってきている中、[4] 日本では特異な現象が起きていた訳です。

2. 「女子力」と「ガールパワー」の違い: ジェンダーロールは日本語の中にも?

古典的なジェンダーロールは日本語の言葉にも色濃く反映されていると思います。比較的最近の言葉で言うと、2009年の流行語大賞にノミネートされた「女子力」という言葉がります。女子力を英語に直訳した “Girl power”という言葉が英語にもありますが、「女子力」と “Girl Power”とでは意味が全く異なります。“Girl Power”というのは、女性の強さや自立、自信、女性のエンパワーメント(権限付与、能力開花)を意味する言葉で、第3波フェミニズムの時に発生し、1990年代から欧米などで使われるようになった言葉です。オックスフォード英語辞典には「女子により行使されるパワー。特に野心、自己主張、個人主義に現れた女子や若い女性の自立した態度。」と定義されています。[5] (“Power exercised by girls; spec. a self-reliant attitude among girls and young women manifested in ambition, assertiveness, and individualism.”) 

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一方で、日本語の「女子力」という言葉は、発生元が根本的に違い、使う人によって意味が多少異なるものの、大枠では「家事炊事ができる、美意識が高い、気配り上手、男性に好まれる」などを意味することが多いと思います。この言葉は、日本社会での女性のジェンダーロールを象徴しており、ポジティブなニュアンスで使われることが多いことから、その女性像に近いことを評価する言葉ではないかと思います。直訳すると本来全く同じ意味を持つこの二つの単語ですが、各社会におけるジェンダーロールの捉え方の違いが、この単語の持つ意味に決定的な差をもたらしているのではないでしょうか。

ジェンダーロールの影響を受けている日本語の言葉は、最近の言葉だけではありません。他にも「寿退社」などと言う言葉も、ジェンダーロールが反映されている良い例だと思います。近年、共働きが増え、寿退社をする人も減っていますが、長らく女性は仕事をやめて家庭に入ることが幸せの象徴とされていたことが示されている言葉だと思います。私がハーバード大学の公衆衛生大学院に学生として来た当初、社会疫学のリサ・バークマン教授に「日本のジェンダー差別の問題はひどいと聞いている。日本では、女性は結婚する時に仕事を辞めることがあるのでしょう?」と聞かれたことがありました。そこで、「寿退社」と言う言葉は、「寿」などとめでたい文字を使い、日本語では主にポジティブなニュアンスがあるのに、教授にはネガティブな意味で捉えられていたことに戸惑いました。その後、インド人の友人に「寿退社」という言葉を説明しようとして苦労をしたこともありました。「結婚してめでたく仕事を辞めること」と説明したところ、「仕事を辞めるのに、なぜめでたいの?」と聞かれ、答えに詰まり、他の言語にはこの様な概念がないのではないかと思う様になりました。

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3. ジェンダーロールの有害性

ジェンダーロールが女性の社会進出などに影響を与えることは言うまでもないのですが、実はジェンダーロールは女性のみならず、男性、そしてLGBTQの人にも有害な影響があり、様々な側面で、人々の心身の健康にも影響をもたらすと考えられています。ここで、具体的にその例をいくつか紹介したいと思います。

<<男性のジェンダーの有害性>>
まず、「男」のジェンダーはどのように男性の身体や精神に影響を与えているのでしょうか。男性は、マスキュリニティー(男性らしさ)の証明や発達、維持のために健康を害するリスクを取ることが多いと言われています。結果、運転事故やスポーツでの死亡率は男性に高いとされています。[6]また、男性は女性に比べて過度な飲酒や喫煙をする可能性が高く、これらが心疾患をはじめとする様々な健康リスクにつながっているとも言われています。[6]そして、男性は自身の「弱さ」を認めることを嫌がることから、 ヘルスプロモーションのためのメッセージを真剣に受け取りにくかったり、本当に助けが必要な時にも助けを求めない可能性が高いとも言われています。[6]

<<女性のジェンダーの有害性>>
次に、女性のジェンダーはどのように女性に影響を与えているでしょうか。まず、収入や資産のジェンダー不均衡によって女性は貧困に陥るリスクが男性よりも高いことは広く知られています。[6] また女性はドメスティック・バイオレンスの被害にあいやすいことも言うまでもありません。[7]実は、女性のジェンダーは、メンタルヘルスにも影響があると考えられています。女性がうつ病や不安症に体質的になりやすいと言うエビデンスはないにも関わらず、これらの精神疾患は女性に多く見られます。[8] 更に、ジェンダーロールが強い社会であるほど、女性のうつ病の割合が高いことも示されており、[9] ジェンダーロールは女性のうつ病リスクを上昇させている要因の一つではないかとも考えられています。また、女性のジェンダーの影響は、精神的な健康のみならず、身体的な健康にも及ぶとも考えられています。例えば、ある研究は、女性差別を感じている人は感じていない人に比べ、心疾患や糖尿病などの身体疾患のリスクが高かったことを示しています。[10]

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<<LGBTQへの有害性>>
男女のジェンダーは、男女の二択の枠に当てはまらない、LGBTQの人たちにはどの様に影響を与えているのでしょうか。古典的な二択のジェンダーの枠に当てはまらないLGBTQの人は、偏見、差別、社会的排除に直面することが多く、この偏見や差別はLGBTQの人たちの心身の健康にも悪影響があることが示されています。[11]メンタルヘルスの問題や精神的ストレスは、セクシャル・マイノリティーに多いことが知られており、例えば、あるアメリカの大学生を対象とした研究では、LGBTQの人はそうでない人に比べ、自殺未遂が多い事を示しています。一般的な大学生の自殺未遂率が0.6%から1.3% であったのに比べ、トランスジェンダーの学生で10%と高い事を示しています。[12] また、LGBTQの人はうつ病の率も高いことが示されています。他にも、精神的ストレス、社会的孤立、自尊心の低さ、HIV予防メッセージへのアクセスの低下、親子や家族のセクシュアリティーの発達への参加の少なさなどが指摘されています。[13]

4. そもそも能力に男女差はあるの?

2019年、121位に落ちた日本のジェンダー・ギャップ指数ですが、中でも政治の項目で順位が低いことが指摘されています。日本の政治家に女性は少なく、衆議院議員の女性の割合は10%と、世界193カ国中164位です。[14]日本の内閣の集合写真には女性が2名しか写っていないことには危機感を覚えます。内閣の半数以上を女性が占めている国はスペイン、フィンランド、スウェーデンなど、14カ国あり、また4割以上を女性が占めている国は22カ国あります。[15]また世界各国のトップ大学では女性が学生の約半数を占めている中、東京大学の女子学生がこの20年間、全体の20%で推移していることも話題になりました。[16] ハーバード大学では48.5%が女性、[17] アジアで言うと、シンガポール国立大学では女性が男性の数を上回っている事を考えると、大きな差があることが分かります。[18]

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なぜここまで、日本は男女比で他国との間に差が生まれてしまったのでしょうか?日本だけ、女性が男性に比べて能力が低いのでしょうか?実は、アメリカでも科学的な発見をする人に男性が多かった事などから、女性に比べ男性の方が脳が発達していて、人の能力には男女差があると考えられていた時代もありました。しかし統計学の発展も貢献し、知能に男女差があるかを検証することができる様になった結果、個人間の差の方が、男女間の差よりも大きいことが判明した訳です。1927年、男女差を検証する心理学研究のある総説の著者は、男女の差について、「純粋な性差による差は数少ない。個人間の差の方が、性に基づく差よりも大きい。それでも残る男女の差は、過去の生物学的決定論とは逸脱し、社会要因によるものだった。男女の性の社会訓練が、異なる選択的な要因や基準を、今も、今までも生んできたのである。」[19]と結論づけました。

この様にして、男女に能力の差はなく、男女間に認められる違いは、社会が作り出したものなのだ、と世界的にも考えられる様になっていきました。現代の日本社会でも、2019年度の医学部入試の女性の減点をなくしたところ、女性合格者が増えたことも、男女間に能力の差がないことを証明しているのではないかと思います。日本には、不平等を均衡化するために、積極的な是正措置を行う「アファーマティブ・アクション」は逆差別であると賛同しない人が多いと聞きますが、この例ではむしろ男性が下駄を履いていた訳です。

5. 「男女の性の社会訓練」

日本にあるジェンダー不均衡は女性自身にも色濃く根付いたジェンダーロールが大きく影響しているのではないかと考えます。日本の社会では特に、「将来、家庭を持ちたいから」「女子力が低くなるから」などと考える為なのか、女性は男性に比べ、自分の能力を過小評価しやすい様に感じます。また、女性を囲む環境も、女性には家庭的であることを求めたり、野心的に何かをする事を求めなかったりするのではないでしょうか。男女の性によって子育てに対する考え方が違う親も多い様に思います。「男子は大黒柱になれる様、しっかりと教育をし、女子は家庭を持てる様、ゆっくり育てたい」などと言う親の声は誰しもが聞いたことがあるのではないでしょうか。結果、東大の例で言うと、そもそも東大を受験しようと考える女性が少ないのではないかと思います。日本の女性の政治家の少なさが叫ばれていることに対して、「なり手がいない」と言う声もよく聞きますが、なり手がいないのではなく、「なり手を生まない社会」になっているからなのではないでしょうか。幼いころからジェンダーロールによって社会訓練を受けた女性は、自らの可能性に制限をかけ、ジェンダーロールの型に留まろうとしてしまうのではないでしょうか。

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では、どうしたら日本は他国に追いつくことができるのでしょうか。長くなってしまったので、ここでは詳しくは書きませんが、教育や、メディアの活用をはじめとする他国の取り組みなどを参考にするのは大事だと思います。そして、まず個人レベルでできることは、「女子力」などのステレオタイプを助長する言葉は慎み、ステレオタイプから意識的に抜け出すことだと思います。今では言う人も少なくなったと思いますが、「手料理で男性の胃袋を掴む」「美味しいお味噌汁を作ってくれる女性が理想」など、日本の社会にはたくさん古典的なジェンダーロールを反映した言葉や概念が残っています。これらジェンダーロールを反映した言葉は、「女性はこうあるべき」「男性はこうあるべき」などと、人々の潜在意識にジェンダーロールを染み付かせてしまうのではないかと思います。

6. 主語のジェンダーによって使われる言葉は違う

ジェンダーロールが世界的に薄れていっているものの、未だに残っているのは日本に限ったことではありません。特に女性やLGBTQの多くは今でも少なからず、それと戦っていると思います。歌手のテイラー・スウィフトはインタビューで全く同じことに対しても、対象が男女かによって、使われる言葉が違う事を指摘しています。

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「男性なら『策略的』と言われることでも、女性だと『計算高い』と言われる。男性は『反応』することが許されるが、女性は『過剰な反応』しかすることができない。男性なら『自信があって勇敢』と言われることでも、女性だと『うぬぼれ』と言われる。」[20]

この様に、主語のジェンダーによって使われる言葉が変わることは、ジェンダーロールの型から飛び出そうとする人にとっては障壁となり得るのです。

先に述べた様に、ジェンダーロールは女性のみならず、男性、そして古典的な二択のジェンダーの枠に当てはまらないLGBTQの人をも苦しめる訳です。そして国単位で考えたときにも、ジェンダーロールに縛られた国は、多様性から遠ざかってしまうため、国際社会からも置いていかれてしまうのではないかと思います。まずは自分、そして誰かにジェンダーロールを押し付けていないか?と考えることが大事だと思います。

7. そもそも「フェミニズム」ってなに?

最後に、「フェミニズム」という言葉について少し考えたいと思います。ネガティブな意味にも捉えられることもあり、日本でも、「フェミニスト」は過剰な女性権利主張者の様に理解されることもあると思います。しかし、「フェミニズム」と言う言葉の本来の意味を知っている人は少ないのではないでしょうか。「フェミニズム」とは、女性に対する差別や不平等をなくし、単に男女の平等を主張するものなのです。広辞苑にも「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、性差別からの解放と両性の平等とを目指す思想・運動」と定義されています。

女優のエマ・ワトソンも「#HeForShe」キャンペーンの時に 

"If you stand for equality, then you're a feminist. Sorry to tell you, you're a feminist" (「男女の平等を望むなら、あなたもフェミニストです。お知らせするのは残念ですが、あなたもフェミニストです」)

と言っています。[21] 今どき、男女の平等を望まない人は日本にもいないのではないでしょうか。

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参考文献

1. World Economic Forum Global Gender Gap Report 2020.
2. 男女共同参画白書(概要版) 平成30年版 | 内閣府男女共同参画局. http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/h30/gaiyou/html/honpen/b1_s03.html.
3. Gender - OECD. https://www.oecd.org/gender/balancing-paid-work-unpaid-work-and-leisure.htm.
4. Data - OECD. http://www.oecd.org/gender/data/women-make-up-most-of-the-health-sector-workers-but-they-are-under-represented-in-high-skilled-jobs.htm.
5. girl power, n. OED Online.
6. Doyal, L. Sex, gender, and health: the need for a new approach. BMJ 323, 1061–1063 (2001).
7. WHO | Global and regional estimates of violence against women. WHO https://www.who.int/reproductivehealth/publications/violence/9789241564625/en/.
8. Busfield, J. Men, Women and Madness: Understanding Gender and Mental Disorder. (Macmillan International Higher Education, 2017).
9. Seedat, S. et al. Cross-National Associations Between Gender and Mental Disorders in the World Health Organization World Mental Health Surveys. Arch. Gen. Psychiatry 66, 785–795 (2009).
10. McDonald, J. A., Terry, M. B. & Tehranifar, P. Racial and Gender Discrimination, Early Life Factors, and Chronic Physical Health Conditions in Midlife. Womens Health Issues 24, e53–e59 (2014).
11. WHO | Glossary of terms and tools. WHO https://www.who.int/gender-equity-rights/knowledge/glossary/en/.
12. Woodford, M. R. et al. Depression and Attempted Suicide among LGBTQ College Students: Fostering Resilience to the Effects of Heterosexism and Cisgenderism on Campus. J. Coll. Stud. Dev. 59, 421–438 (2018).
13. Fields, E. L. et al. “I Always Felt I Had to Prove My Manhood”: Homosexuality, Masculinity, Gender Role Strain, and HIV Risk Among Young Black Men Who Have Sex With Men. Am. J. Public Health 105, 122–131 (2015).
14. 「共同参画」2019年6月号 | 内閣府男女共同参画局. http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2019/201906/201906_04.html.
15. UN Women – 日本事務所. UN Women | 日本事務所 https://japan.unwomen.org/ja.
16. Rich M. 日本の最高峰の大学 女子学生は5人に1人だけ. The New York Times (2019).
17. How Diverse is Harvard University? College Factual https://www.collegefactual.com/colleges/harvard-university/student-life/diversity/ (2013).
18. NUS - National University of Singapore. http://www.nus.edu.sg.
19. Rosenberg, R. Gender. The Cambridge History of Science /core/books/cambridge-history-of-science/gender/C4DF1278C3CC9F5C9E5D02F9ABC0B93F (2003) doi:10.1017/CHOL9780521594424.041.
20. August 23, D. M. C. N., 2019 & Am, 8:23. Taylor Swift: ‘There’s a different vocabulary for men and women in the music industry’. https://www.cbsnews.com/news/taylor-swift-preview-sexist-labels-in-the-music-industry/.
21. 12 of Emma Watson’s most empowering quotes. Harper’s BAZAAR http://www.harpersbazaar.co.uk/people-parties/people-and-parties/emma-watsons-10-most-empowering-quotes (2017).


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