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【スティグマのデコン】トラウマの紐解きその1~”男だから”~

こんにちは。寺浦(仮名)です。果たしてタイトルに「その1」とかって整理する必要があるのだろうか。そんな疑問が生まれてきました。
今日は前回少し書いた男らしさの強要とは別の意味での男性性のスティグマを綴ろうと思う。

男だから悪い

男だから〇〇。この時代でもよく言われる。そんな情報に溢れている気がしてならない。
いきなり実体験で恐縮だけど、これは小学生のときの話。
クラスメイトの女子の可愛らしいカラフルなペンセットが無くなったという。小学生女子にとっては一大事だ。きっと鮮やかで可愛らしい色とりどりの、退屈な板書を彩る大切なペンだったと思う(勝手な想像)。それが無くなっては一大事だ。
しかしそこで担任の先生から言われたことは、
「隠したり暴れたりして無くすような事態にするのは男子のせいだ。お前らが悪い。全員立て。今すぐ探せ」
というようなことだった。実際僕らは何もしていない。その後、結局はその子のロッカーの奥から見つかったような気がする。
もう、20年近くも前のことなのに、いまだに根深い問題として意識の根底にある「男だから悪い」というレッテルを貼られた経験。悪いことをしていないのに、男だから悪いと言われてひどく自尊心をなくしたのと自分が男であることを恨んだあのシーンだけは覚えている。

男というだけで悪者扱いという風潮

満員電車が実は心の底から怖い。体調、メンタルが悪いときには乗ることを躊躇する。
なぜなら痴漢冤罪で人生が終わらされるからだ。
映画「それでも僕はやってない」なんてもう吐きそうになるぐらいで、見ていられない。
世の中の考える男はこうだ。「男だから、女性をいやらしい目で見て、手を出す」――そんな風に思っているの人が多いのだろう。実際に手を出さずとも、視線を投げかけたり、両手を挙げていても腰があたっただとか、あまつさえ座席に座っていてもでっちあげに遭う。男は公共の場に出るなということか。
こちとら女性には興味がないし、何より自分も何度か痴漢に遭ったこともある。痴漢に遭うこともあるのに、さらに痴漢予備軍の目で晒されて、板挟みというか、二重の苦しさが襲ってくる電車という空間。男というだけで生きづらい。
統合失調症の気が出ている時期には本当に電車に乗るのが苦しかった。

ある日、出張でスーツケースをガラガラと引っ張っていった朝。もちろん電車は満員電車だ。そんな冬のある日に痴漢に遭ったことは悔しくて忘れられない。何をどう考えたってコートの中に手を忍ばしてきて、太ももや股間をまさぐられたのは電車の揺れによる偶然とは考えづらい。スーツケースをひっぱっていたからこちらも身動きを取りづらかったし、何より新幹線の時間に遅れてはならなかったので、声を上げて駅員に突き出すことさえできなかった。そこまで見越しての行為だったとしたら、あまりに卑劣だ。

もちろん憎むべきは、男女を問わずその土壌を作った痴漢犯罪者なのではあるが、もはや生きているだけで痴漢の本被害(?)にも冤罪被害者にもなりうるわけ。あまりにメンタルが落ち込んでいると男にうまれなきゃよかったと思うときもある。

男はバカだから

「も~男子ってバカなんだから~」
というレベルではない。あまりにひどい記事を見てしまってげんなりした。あまりメディアを名指したくないので社名や媒体名は控えるが、記事の構成としては以下のような流れだ。
・男は自己評価が高い
・男は自分を客観視できないバカだ
・女性は自分を客観視できるからそんな風にはならない
・そんな男に対して女性としてこのようなスタンスで接するべきだ

ッッッオイ!!!
男女問わずどちらに対してもあまりに失礼極まりない記事で反吐がでた。これが下劣なマガジンならまだしも、学識者を引き合いに出した記事だった。ひどすぎる、これはひどすぎる。

男全体を批判する論調、そしてこれを女性に向けて書いた記事、「女性ってこういうのが好きなんでしょ?」みたいな態度が垣間見える。薄らサムイ。ひどすぎる。

どっちがイイ論は不要だ。やめよう

とにかく、身体的にも男で、性自認も男である以上、社会的に男性性を強要され、男性であるというだけで苦しみを押し付けられて、意図しないところで生きづらさを感じることが多い。ノンケ男性はどう受け止めているのだろうか‥。「そんなの気にしなければいいじゃん」と突っぱねられるなら、それはそれで、その神経はすごいと思うが。
男だから、女だから|優れている、悪い――そんな論争は不毛すぎる。くだらないジェンダーバイアスはもう、やめよう。発信主は悦に浸れるかもしれないが、どの方面にも被害者しか生まない。

男だって、男というだけで苦しさを植え付けられている。ということを知って欲しい。

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