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【スティグマのデコン】 日常生活に潜むフラッシュバックその1

ここ数日LGBT関連の話題に事尽きないように思いませんか。
こんにちは、寺浦(仮名)です。
うまく考えがまとまっていないけど、少し思うことを書いてみます。

日常生活を送っていて辛くなる

この前、ラーメンを食べに連れてってもらったんですよ。ここまで書いててなんだかもう情けなくなってきた。
実は「ラーメンをすする」ということができない。
なので、音を立てずに食べているわけだが、なんかそれって「男らしくないと思われやしないだろうか」と不安になった。

また、椅子に座るときも、脚を閉じていると同じ事を思う。でも、足を広げて座っても隣の人に迷惑かかるだろう。

#AToo 運動を見て思う

SNSから「真夏に男性にジャケットを強要しないで欲しい」という#AToo運動が沸き上がった。大いに賛成である。

本当に、この熱帯アジアの気候となったような今の日本の夏にジャケット文化、スーツ文化は合わない、と数年前から思っていた。

それで「スーツを強要される」というところにまたフラッシュバックが起きる。

前に勤めていた会社では、男という理由だけでスーツを強要されていた。内勤の方も、そう。いや、正確には”強要”ではない。なぜなら就業規則には書いていないからだ。でもあの空気は強要をしていた。

夏のある日、襟付きシャツとチノパンで出社したら先輩に酷く怒られたのである。男なんだからスーツを着てこいと。

全くもって「は?」である。

まぁ周りを見渡しても男性社員は全員スーツだった。何となく、そういう雰囲気、同調圧力のある会社だったのだろう。

フラッシュバックの種が潜む

こんな調子で、日常生活を営んでいるつもりでふとしたきっかけで「変に思われないかな」と気になってしまうのだ。メディアを見てフラッシュバックをすることもある。

世のノンケ男性たちは何も気にせず生きていけているのだろうか。

とにかく男性というものをさげすむ広告も多い。この時期の柔軟剤のCMなども、男!汗!クサイ!みたいな。

…わかっとるわ! こっちだってできるなら汗かきたくないよ。臭くならないようにすぐにハンカチで拭いてるよ(それに後々に黄ばんできちゃうしね)。

男であることが悪いと言われているようだ。
男は苦しいとさえ声をあげてはいけないものなのか。

幾重にも織られた苦しみに閉じ込められているようで、生きづらいというのが本音だ。

こうやって日々苦しさをデコンしているのも女々しいって?



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