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サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』

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サウナ支配人や熱波師をかたどった粘土造形を手がけるクリエイターにしてサウナー「サウナのサチコ」のサウナ訪問記。「ととのった」と感じるまで半年かかったという不器用サウナーならではの… もっと読む
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記事一覧

歌う女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第27回】

私の頭の中には常に歌が流れている。 それは物心ついた頃から現在まで変わらず、毎日欠かさず、朝起きてから夜寝るまで脳内に歌が流れ続けている。別段、それについて困ってはいない。煩わしさもない。ただ頭の中の歌がつい、口をついて出てきてしまうことだけは非常に困っている。 それは鼻歌なんてもんじゃない。私の場合、はっきりとした歌詞を含んだ歌になって出て来る。お風呂やトイレで歌うのは当たり前、会社で仕事をしていてもうっかりすると歌っている。自転車を漕いでいる時も無意識に歌い出し、通りす

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范文雀の旅【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第26回】

サウナのサチコと名乗っているくせに、サウナの話をちっともしない。なんならサウナにそんなに行ってないんじゃないか。そんな声が聞こえてくる前に、サウナの旅に出てサウナの記事を書くことにした。埼玉から新幹線で1時間ちょっとの場所。日帰りもできるが、せっかくだから1泊するぞと意気込んで家を出た。 インスタやX(Twitter)を探しても、その温浴施設のアカウントはない。その温浴施設の名前を何度聞いても、「范文雀」にしか聞こえない。それでもそこは知る人ぞ知る、いやほとんどのサウナーが

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外に出た女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第25回】

「妹に会いたい」母がそう思っているのは知っていた。でも一緒についていくのが面倒で、なんだかんだと理由をつけてはぐらかしてきた。しかしそうしているうちに母は年を取り、足が悪くなり、体力がなくなってしまった。やがて母自身もその言葉を口にしなくなった。 母には妹が3人いる。母だけが東京に出てきて、残りの姉妹は生まれ育った町に今でも住んでいる。母はもう10年以上、妹たちに会っていない。妹たちも年をとって体調が思わしくないと聞く。これ以上月日が経てば、母は二度と妹たちに会えなくなるだ

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待っている女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第24回】

待たせる人と、待つ人、人間はその2種類に分かれる。待たせる人がいるから待つ人が出てくるわけで、それは至極当然のことなのだけれど。私はというと、常に「待つ側」だった。「待ち合わせに遅れることは相手の時間を奪うこと」という父の教えを守り、10代までの私は、友達との待ち合わせに遅れることがほとんどなかった。 若い頃はスマホなどなかったため、友達と口約束した場所に10分前には着いていないと不安だった。勘違いによるすれ違いはあったものの、どの相手も30分以内にはやってきた。当時の待つ

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ブームは遅れてやってくる【サウナのサチコ「裸の粘土サウナー」第23回】

関東も梅雨に入り、気圧や湿度の関係なのか、肩の痛みが増してくる。 前回の記事にも書いたが、私は肩インピンジメント症候群というものを患っている。肩周りの関節が痛み、腕を回せないというのが主な症状。しかし最近では回すどころかまったく動かせなくなり、じっとしていても痛い。原因は様々だが、若い頃に野球などの肩を回すスポーツをやってきた中年に多いという。つまりこれは、遅れてやってくる病気なのだ。 もちろん私は野球などやったことがない。肩を回すスポーツどころか、スポーツ自体やった経験

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かわいそうな女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第22回】

最近SNSを更新できない。スマホやパソコンの画面を見ていると気持ちが悪くなってくる。別に炎上したわけでも、アンチコメントに悩んでいるわけでもない。私は「野球肩」になってしまったのである。言っておくが野球など一度もやったことがない。まあこの「野球肩」というのは別名で、正式には「肩インピンジメント症候群」と言う。 症状としては腕を後ろに広げると激痛が走るというもので、ピッチャーのようにボールを振り投げるような動作をすると痛いというように覚えてもらうとわかりやすい。これになってか

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何のために誰のために【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第21回】

急に思い立ち、四国に行ってきた。 毎週聴いている高知放送のラジオ。その番組でリスナー飲み会をするというから、高知まで行くことにした。体力がないくせに、変なことに馬鹿みたいな力が出る。いつもラジオから流れる声で姿を想像するだけだったパーソナリティやディレクター、私と同じようにメールを番組に送り続けている人たち、彼らを実際に見ることができるのだ。面白そうというそれだけで、私はもう自分を止められなかった。 急に旅に出るのは、そう簡単じゃない。私にも仕事がある。一人にできない母がい

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埼玉で私とあなたがととのうまで【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第20回】

春がきた。 2023年はnoteを頑張りたい。それが年初の目標であったが、1記事も書けぬまま4月を迎えてしまった。「文章を読んでもらうために粘土を作っています」という私の自己紹介時の枕詞も、今では言い訳にしか聞こえない。 私は2020年1月から、noteという媒体で自分のサ活記事を書いている。要するにブログである。以前は「埼玉で私とあなたがととのうまで」というタイトル、コンセプトで、地元埼玉にある様々な温浴施設を巡っていた。 「私とあなた」のあなたとは、私の記事を読んで

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褒められたい女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第19回】

8時45分。よっちゃんは玄関で靴まで履いて、迎えの車がくるのをじっと待っていた。もう15分もそうしている。「寒いからリビングで待てばいいのに」という娘の声は聞こえない。最近動作がすっかり鈍くなった。 介護士がチャイムを鳴らしてからモタモタ靴を履くのでは、無駄に待たせることになる。そうした利用者が多いから、毎回車が時間通りに来ないのだ。私は違う。他の老いぼれ達とは違うんだ。よっちゃんは曲がってくる腰を精一杯伸ばした。 「デイサービスいこい(仮名)」の介護スタッフたちは皆、よ

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明るい男【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』第17回】

この記事が全国の温浴施設に並ぶ頃には、ある温浴施設が緞帳(どんちょう)を下ろしている。 ここは大衆演劇のある、数少ない温浴施設。縁あってこの温浴施設の最後の2カ月間を、一緒に走らせてもらうことになった。2022年12月から2023年1月まで、出稼ぎサチコとしてお土産コーナーの一角に、粘土を置かせてもらうことになったのだ。 だからと言って常連でもない私が、この温浴施設との別れを書くつもりはない。私が書きたいのはいつも「人」。私が辛いのは閉館よりも、そこにその人がもういなくな

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やりちぎる女【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』(第17回)】

その女と出会ったのは偶然。ある温浴施設のレディースデイ。出入りが激しいせいで、ちっとも熱くならないテントサウナ。口には出さないが、誰もがこんなはずじゃなかったと思っていた。 するといきなり一人の女が立ち上がった。そして「私の汗がついたタオルで悪いけどっ」と言いながら、首に巻いていたタオルで室内の熱を攪拌し始めた。潔癖な私はすぐ外に避難しようと思ったが、時すでに遅し。女は私に向かってタオルを振り始めた。冷え切っていた室内のどこにあったのか、熱さの塊が私の体に直撃してきた。なん

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【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』】第16回 「すまなそうな男」

その男はいつもすまなそうに歩いていた。 目立つようで目立たない、前に出ているようで奥に引っ込んでいる。つかみどころがない。 男も私も「自分のことを文字にするのが好き」であり、縁あって同じ紙面に名を連ね連載を持つことになった。しかしそれ以外で男と直接関わることはないと思っていた。今年の5月までは。 大阪にある、『なにわ健康ランド湯〜トピア』に、その男と熱波師の宮川はなこさんと私の三人が呼ばれた。やっていることがバラバラの三人が、なぜ一緒に呼ばれたのかは分からない。ただこの

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【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』】第15回『潔癖な人々』

まだ月刊サウナが日刊サウナという名で、webマガジンだった頃、『清潔な人々』という連載があった。高石智一さんが綴る文章は常に仄暗く、独特のセンスと笑いを含んでいた。私はそれを読むたびに感心し、かなり嫉妬もしていた。今回の私の記事のタイトルを『潔癖な人々』としたのは、どこかで高石さんのことを意識したからではあるが、内容はその世界観から遠く離れたものであることを前置きしておきたい。 さて、潔癖な「人々」と書いておきながら、その潔癖な人というのは私のことである。別にお風呂に入って

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【サウナのサチコ『裸の粘土サウナー』】第14回「アップダウン」

私はかなり運の良い人間です。「いやあんた鬱じゃん!」と突っ込まれたら何も言い返せませんが。鬱でも運がいい人間はいるんです。ただ私の場合、結果的に運が良かっただけかもしれませんが。 先日、女優の鈴木杏さんのアトリエ展に行ってまいりました。杏さんがサウナーであることを、皆さんご存じでしょうか。私は全く知りませんでした。2年前、杏さんが私のインスタをフォローしてくださるまでは。

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