困った時の切り札ラーメン
朝、昨晩の残りである豚の角煮を冷蔵庫で見つけた。わーいラッキーと思って食べたら、お昼になって「あれ私のなんだけど」と怒った様子のLINEが母から届いていた。
母は毎日朝食にはパンを食べる人なので、和食を食べるのなら昼食にすることをすっかり忘れていた。慌てて謝罪のLINEを送る。
「ごめんね」
「薄切りしてチャーシューがわりにしようと思っていたのに!」
「それいいね!私も今度やってみようかな」
「けっこうおいしいわよ」
私はうまく話を逸らすことに成功した。
最近は暑いか寒いかのいったりきたり。秋はどこに行ったのか、なんて言われるようになっているここ数年。この後一気に冬が来るのは恐ろしい。
だけど金木犀の香りが漂う季節になってきている。外に出るとふわーっとするのが本当に幸せでいい気分になる。近所に植えてある場所があるので、その恩恵にあずかることができているのだ。
去年は金木犀の香りのパックが欲しかったけど売り切れていたのを思い出す。けど他にもシャンプーやコンディショナー、トリートメント。香水やボディクリーム、ハンドクリームといろんな商品が展開している。
私は去年の春に金木犀の香りのミセスロイドを手に入れ、それ以降試しに使っているのだけどなかなかいい。
香水は強すぎるので苦手だし、ハンドクリームはプレゼントしてもらった分がまだ使い切っていないし、シャンプー類も詰め替え用まで買ってあるので買いにくい。そんな私にとってはちょうどいい商品だった。
この5ステップが毎日幸せを演出してくれる。気持ちよく朝を始められると一日を楽しく終えられることが多い気がしている。
夜になって私がタンスの整理をしていると、母が通りかかった。
「う、この匂いは…」
「えっ…?あっ!」
うっかり部屋のドアを開けっぱなしにしてしまった。私と母は部屋が近いのでこういうことがたまにある。それは別に気にしていないのだが、問題はタンスの中身にあった。
母は金木犀の香りが苦手なのだ。
「わーっ!ごめんごめん!早く部屋に戻って」
「あんた気をつけなさいよね!いろいろと!」
とげのある言葉に昼間の豚の角煮を食べ損なったことへの怒りを見る。私は恐怖におののいた。どうしようと焦るが、とりあえずぱっと思いついたことを切り札として出すことにした。
「今度ラーメン連れてってあげるから!」
部屋から遠ざかろうとしていた母はその一言でぴたりと動きを止めた。
「あっさり醤油ラーメンならいいわよ」
「了解です」
「うふふ」
どうやら一件落着したようだ。本当に良かった。危なかった…。
これだから食べ物の恨みは恐ろしいのだ。