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アリゲーターおばあちゃん

今日は新しい筋トレの方法について模索していたら一日が終わっていました。

もちろんそれは嘘でして、さっきまで筋トレの新しいやり方について模索しながらちゃん美兎のアンリアルライフというゲームの実況を観ていた。

https://www.unreal-life.net/

とても素晴らしいゲームでした。

観ていただけの立場であるため恐縮ではあるのですが、内容をすべてばらしたいとは決して思わないため、序盤からでも薄っすらと香る内容のみに触れるつもりではありますが

(全部見ておいて「素晴らしいゲームでした」とか例えポジティブな感想だったとしても、「最後まで観た上で得た感想」であるという前提が成立してしまっているのであればぼくにとってはかなりの内容ばらしになってしまうと選別されうるのですが、世間ではあまりそういうことでもなさそうなため自分のことは棚に上げて書かせて頂いております)、

いわゆる人生とは何か生命とは何か死とはなにかというようなことを物語の題材として取り上げられる方(このゲーム以外でそういう題材を取り扱ったメディア)からは、何か厭世観のような感情が見え隠れすることが多かった。

もちろんぼくの少なく浅い人生経験の中では偏ったものばかりに出会ってしまっているだけの可能性、ぼくの読解力そのものが物品を評する(批評がしたいというような欲求は一切持ち合わせてはいないのですが)段階にまでは達していない可能性もじゅうぶんにあるため、一も二もなく断定してしまうのはあまりに浅慮ではあると思うのですが、あくまで主観では多いように思えた。

そして生命とは素晴らしい、生きて何かを仕上げることはそれだけで意味がある、そこに至るまでの人との繋がりも素晴らしい、というような生きている幸せが込められた物語だと思えました。

ともすればバーチャルユーチューバーの実況配信なんて――――――企業に所属している、企業が運営しているのであれば昨今ではそのような傾向こそ鳴りを潜めている風紀が働いている節もあるかもしれませんが――――――個性を出して集客する事が目的となりがちであるため、ゲームの感想ひとつとっても斜に構えた内容になりがちなことが多い。

断定してしまうのは例によって気が引けますが、他と同じじゃしょうがない、意に反するけど尖ったことをしなければ有名になれない目立てないというような強迫観念や固定概念に囚われてもおかしくはないかもしれない。

ひとつのバーチャルユーチューバーを運営するとはそういう可能性を秘めているということであると理解していますが今回に限っては――――――あまり限ってということはなく割と毎回そのようであるとは思いますが――――――ひとがゲームで遊んでいるところを観ているだけの1視聴者でしかないぼくも当該人物に素直に感情移入といいますか感情同調できるほどの体験が得られた。

上記で述べたように素晴らしいゲームだと思えた、楽しかったということです。実況者であるちゃん美兎本人も言ってましたが最初こそピクセルアートというだけで美しいその世界観に触れたいと思えたため触れたかもしれないがそのピクセルアートでえがかれるすべてでストーリーテリング上の説得力が演出されている、単純に映画を観ているような雰囲気ですらある、間違いなく現代の最新ゲームであると思わせられる内容となっていた。

すべてのキャラクターも魅力的だった。もちろん物語進行上の共感性羞恥的なエピソードの差し込みやピクセルアート的手法を活かしたネガティブ表現のアプローチなんかには必ずしも万人が受け入れられるかといえば胸を張って受け入れられるという自信はぼくにはなく、人を選ぶ部分は(他の多々あるゲームと同じように)ありますが、そちらを必要悪(という表現が正しいかどうかあまり自信はありませんが)として理解できるのであれば名著を手にとって読んだ後のような読後感を手に入れられるでしょう。

また作者名がもしかしたら団体名なのかもしれませんが、クレジットを観る限りフリー素材以外は絵、シナリオ、作詞、コンポーザ、etc…に至るまで大体ひとりで創っている。

BGMの題名や歌詞の内容なんかも非常に丁寧に考えられたものであるように思えた。かくしてぼくは直上で述べたような読後感を手に入れられたのでした。

そしてそのあとの時間を新しい筋トレ方法を馴染ませるために有意義に費やせた。今日は新しい筋トレの模索のために自転車でかなりの距離奔走した甲斐があったというものです。

もちろん筋トレのためではなく都会に行かなければならなかったため。往復10kmもあるかどうかです。ぼくにとっては10kmはとんでもない距離です。フルマラソンの1/5もあります。

義務教育では1.5kmや1kmという距離が性別ごとに振り分けられる最大距離であると思いますが、その距離の8~10倍を例え自転車という文明の利器を遣ったとしても、ある特定の目的のために走り切るのは並大抵の覚悟では乗り切れない。少なくともぼくにとっては。

そうなるとフルマラソンに挑戦される方々は化け物みたいなことになってきますが実際に超人であるはず。非常に誉れ高いことです。

いずれまた書きますが、プロテインを摂取しすぎると腎機能低下が発露することも知れて良かった。必ずしも誰にでも起こりうるというわけでなく、もともと機能がそこまで強くないかたに起こりうる障害なのだとは思いますが蛋白質の濾し取り作業に追われるあまり腎臓が過労になるという捉え方、視点をぼくはこれまで持てなかった。固形物の代わりにプロテイン溶液を摂取することだけは避けるべきですね。

それではおやすみなさい。

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