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モルカーのおもしろグッズとモル予(PUIPUIモルカー次回予想)

明日はついにPUIモル(PUI PUI モルカー)7話が更新されますね。

このnoteアカウントでは過去にもモルカー予想をおこなったり感想を書いたりしています。今回はその予想のターンです。

グッズ展開されるテディ

モルカーの話数は次回でもう7回目にも到達するよう。全部で何話あるのか敢えて調べないようにしています。いきなり終わった方が寂しくないと思えそうだからですね。

すっかり火曜日の消費者を支えるコンテンツとなったモルカーですが、最近ではグッズ展開が目覚ましいですね。

今日もいくつかのモルカーグッズを目にすることがありました。

オブジェクトを引っ張ると、カタカタとモルたちがその食べ物にむしゃぶりつくという仕様ですがテディには食べ物とは形容しがたいものが与えれそうになっている(代替品として人参の付属あり)。

何話か前でいけすか野郎に散々な目に合わされた褐色モル(テディ)に、なんとしても再び道端に落ちた物を食べさせようという執念が感じられます。

テディと言えば道に落ちたものを処理するというイメージ付けが敢行されていますね。

初期案では

_人人人人_
> Teddy <
>  &  <
> Dust  <
 ̄Y^Y^Y^Y^ ̄

テディはあのトラウマを乗り越えることができるのか(最新6話の方がよっぽどトラウマになるような気がします)。

ただもともと(人間のそれと明確にぴったり照らし合わせようとすると)感情の起伏に乏しいモルカーたちですが、中でもテディはそれが顕著なように感じられます。

搭乗者の悪意など微塵も感じずに、本能のままに食べ歩きしていたテディ、ガトリング砲を装備して(関係ないですが、モル感やモル予を書いていく中でガトリング砲という単語を数回に渡って出していますが何もかも第6話の影響ですね)装甲車となり敵の喉元に食らいつくテディ。

生命活動が終わらされないように、防衛本能や食べ物=燃料?を得るための食べるという本能に突き動かされるまま生きているように見える。感情は二の次です。

そのテディが人形となることでその無機質度合いがより強調された製品となるのではないでしょうか。夜中に目があったら割と怖いような気もします。

縫い包みと羊毛フェルト

そもそも動物を基盤としたアニメであるため、無機質度合いがいかほどであるかについて言及することにあまり意味はないかも知れません。

無機質なら無機質なほど、動物然とした描写に成功していることになる。

さらに続く説明では、アニメ内に登場するオブジェクトとしてのモルカーとの「違い」についてわざわざ言及されています。

縫い包みなので中に綿が詰められるのは道理であることは一般的に理解されるべきことだとは考えられますが、今回はアニメキャラとして登場するモルカーが縫い包みのような素材感で造られているためその見え方について消費者がギャップを抱きがちであると発売元は捉えたのでしょう。

戦うアニメのキャラクタがデフォルメ化されたような縫い包みが発売されたとて、「ふわふわ過ぎてイメージと違う」「等身が違う」といったクレームが寄越されることは想像しづらい。ただモルカーに限っては縫い包みがそのまま動いているように捉えられてもおかしくはありません。ましてやモルカーはテレビ東京のキッズ向け番組で早朝にオンエアされる。

子どもの持つ観察力は大人のそれとは若干種類が異なりつつも、非常にレベルが高く深いものです。モルカーの縫い包み買ってーとなり、いざ商品を手にした際に「おかーさんこのモルカーちょっとテレビのと違う」等と言い出してもなんらおかしくはありません。そのご家庭の親御さんは少しお気の毒ではあります。

縫い包みなので弾力性がありそう。本筋のモルたちのように顔を歪ませて驚愕するというような表情を造るには難しそうですね。

モル予(モルカー予想)第7話 どっきりスッキリ

さて明日(今日)のモルカー。

今回のモルカーは生き様を持っています。つまり生き様=趣味ということで、今回こそ本当に自走式のモルカーであり、自律しているのかもしれません。

まずその容姿ですがウェスタンハットをかぶっており、ぼろぼろの姿であるように見える。また宝の地図のようなものを手にしていて、もし搭乗者がいるならば撤去されてしまっていてもおかしくはない。

また真っ黒なモルカーですが先の褐色モル・テディのように自然発生的な褐色ではないよう。泥まみれということになっています。何年間ほったらかしにされていたのでしょうか。あるいは世界には知られていないだけで野良モルカーがたんまりいる?

またターザンのように滑空している様はもう「カー」の意味が感じられないほどの自由さを読み取れます。しかしその姿は通常モルから見るとだいぶ異質に見えるようで、怯えている様子が伺えます。

モルカーが「怯える」描写は2話冒頭に少し出てきた程度であり、恐怖の感情は上記テディのように欠落までは行かないまでも喜怒哀楽の中では喜と楽ぐらいしか感じずに生きているのだろうかと思っていました。しかしながら彼らはこの旅モルを見かけた際に怯えたように見えます。

同族を識別する機能が備わっていないのか、同族は決してそのような姿になることはないという意識が本能にインプットされているのかというような疑問が浮かびました。つまりモルカー世界に少しずつ常識の理(ことわり)というものの綻びが起こりかけているのかも知れない。

後記

といったところで、やはりそのような無茶な深読みなどせず、与えられるがままを受け入れることが1番モルカーを楽しめるように思えますね。たった2分の展開を数秒でも予告してくれる姿勢、しかしその秒数でも一体何が起こるのかが想像だにできない点が非常に興味深く、人を惹き付けるように思えます。

お読みくださりありがとうございました。

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