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妄想日記『聖蹟桜ヶ丘の彼女』

大学2回の頃、人生で初めて東京に行った。

僕にとって東京はスクランブル交差点を行き交うスーツロボットとお洒落番長のせめぎ合う街だった。

2泊3日。
20歳の僕に課せられた60時間。
大学生のウェイウェイ旅行ではなく、
自分にとって東京とはどんな街なのか確かめる旅だった。

男3人で新幹線に乗った。
お菓子を大量に買い、
写ルンですで写真を撮りまくった。
東京駅に着いて、
銀座で開催されていたデザイナーの個展へ行く。
その前に少し小腹が空いたので、
1人が美味しいケーキが食べたいと言い出した。
男3人で銀座の椿屋珈琲店本館に向かった。
旅の始まりはウェイウェイ大学生どころか
少し痛い30代半ばの女旅になっていた。

椿屋珈琲店本館には卑猥ではなくこれまた上品なメイドさんがケーキやら珈琲を運ぶ。
僕達は興奮しながら、
「これが銀座かぁ。ほんまもんのメイドカフェはええなぁ」
とアホ丸出しの大学生として上品な純喫茶店に卑猥な風を吹かした。

2日目は三鷹の森美術館に行った。
男3人ともジブリオタクだったのだ。
あたりを見渡すと家族連れやカップルしかおらず、
男3人の来客は見当たらなかった。
少し格好が悪い気持ちを身に包みあの時だけは顔なしになりたいと思った。

美術館を周りきるのに5時間かかった。
オタクにとってここはディズニーランドを軽々超えてしまう夢の国なのだ。
そんなことを考えながら、
未だかつて行ったことのないディズニーランドへの憧れも噛みしめながら、
僕達はまた館内カフェで顔なしのケーキを食べていた。

3日目、朝4時に起床。
僕と渉はよだれを垂らす2日酔のこうきを放って、
ホテルを出発し始発電車に乗った。
築地で朝ごはんを食べに向かう。
朝6時前と言うのに築地の朝は人で賑わう。
ここは渋谷や新宿とは違い、朝から活動する人間の街なのだ。
東京にもこんな健康的な街があるのかと、
僕は何処か安心していた。

渉と2人で海鮮丼を頬張っていると、
こうきから電話がかかってきた。
「今日は各自自由行動でいこ」
彼はそれから東京の街に消えた。
カッコいいと思ったが、
彼は新宿の歌舞伎町に行き、
それ以降一生帰ってこない人間になった。

それから僕と渉も築地を後に別れた。
渉は原宿。
僕は聖蹟桜ヶ丘へ向かった。

東京に来る新幹線に乗っているとき、
僕は中学2年で買ってもらったウォークマンである曲を聴いていた。

『カントリーロード』
この道ずっと行けば
あの街に続いてる気がする
カントリーロード

中学の頃から何十回と観たスタジオジブリの『耳をすませば』。
その舞台地がらどうやら東京の多摩ニュータウンというところにあるらしい。
僕はグーグルマップを開き1人京王線に乗った。

電車が走るにつれ、
駅を跨ぐにつれ、
東京とは言い難い街並みに変動する過程を目に焼き付けた。
東京は多摩川を越えると東京では無くなる。
そんな嫌味ったらしい雑学を肌で学んだ。
でも窓の外に広がるその長閑な下町の風景が、
初めて東京っていいなぁと思わせてくれた。

あの駅に着いた。
夢で何度も見た、猫が降りるあの駅だ。
聖蹟桜ヶ丘駅。
僕が乗った電車に猫はいなかったが、
その代わり恥を知らないバカップルがいた。
僕は写ルンですと耳をすませばの分厚い風景図書を片手に、駅に到着する電車をパシャパシャと写真に残した。
あのシーンのあのアングルを思い出し、
とにかくシャッターを切りまくった。
駅員さんが僕に近づいてきて、
「君危ないよ、切符見せなさい」
と人生で初めて不審者扱いされた。

ウォークマンであの曲を聴きならが、
猫を追いかける道のりで多摩ニュータウンの麓にあるあのロータリーへ向かう。
僕が一番好きなお爺さんがいる山の麓のあのロータリーだ。
道を進むと至る所に『耳をすませば』の面影を感じる。
僕はその度写ルンですを構え、シャッターを切った。
「あれガチオタじゃね?」
後方から僕を小馬鹿にする声が聞こえてきた。
さっきのバカップルだ。
僕はまた顔なしになりたいと思いながらコンクリートロードに顔を伏せた。
それが間違いだった。
僕が顔を伏せている間に、彼らは僕を通り越して僕の前方を歩きながら、
「つぎはモデルになったアパートに向かおうぜ」
とイチャついている。
彼らもまた聖地巡りの最中だったのだ。
猫のお尻ではなくイチャつくバカップルのケツを追いながらの聖地巡りが始まった。
当時彼女がいなかった僕にとって、彼女とイチャつく彼らは汚らわしく、
「聖蹟桜ヶ丘を汚すな!」と街の代表として心の中で叫んでいた。

「しずく〜!!」
団地の4階から彼氏が叫ぶ。
すると1階で見上げる彼女が、
「なぁに〜?」と返事する。
「これ!ポストに出して!」
「え?なに?」
「ポ・ス・ト!」
あのくだりを楽しそうにするカップルを見つめる僕。
現実とはこういうものだ。と己に言い聞かせた。
彼氏が4階から1階の彼女に便箋を投げ渡す。
便箋は突風に弾かれ彼女の頭を越し、
僕の肩にべばたりとくっついた。
僕は便箋を手に取り、
「彼氏?」
と“謎の通行人A”があのセリフをかます。
バカップル達は僕のもとに来て、
「あ、すみません」
と便箋を預かりにきた。
それ以降、バカップルは僕の前から姿を消した。

多摩ニュータウンの麓に着く。
見慣れた景色だが何かが違う。
真ん中に大きな円形の花壇があり、その中心に美しい木が立っている。
見渡す限り閑静な住宅が並ぶこのロータリーに、
あのお爺さんが暮らす地球屋の屋根は見当たらなかった。
代わりにその隣にあるケーキ屋さんに入る。
店内には『耳をすませば』のポスターや猫のぬいぐるみ、そして猫の男爵の等身大フィギュアまであった。
「いらっしゃいませ」
厨房から優しそうなお爺さんが出てくる。
僕は家族にお土産の焼き菓子を2箱買う。
「ちょっと見てもいいですか?」
「もちろん」
僕はひとり、店内に飾られた当時のポスターや無数のグッズに心浸る。
「お兄さん、良かったらこれ」
お爺さんがノートを持ってきた。
僕はノートを受け取り、開いてみる。
そこにはこのケーキ屋に足を運んだ客が聖地巡りの記念に日記を付けていた。
僕はペンを持ち、未来にまた来るであろう僕にメッセージを書いた。
メッセージの内容は、全く覚えていない。
多分、「今度は彼女と来れてるか?」とか、「将来この街で住みたいな」とか。
素直な気持ちを書いたのだと思う。

店を出て、駅に向かって長い階段を降りていると、
後ろから勢いよく階段を降りてくる足音が聞こえた。
その音は風が通り過ぎたように、
疾風の如く僕の真横を通り過ぎた。

彼女だ。

図書館に向かう彼女が、
ハット帽を抑えながら僕の前を駆け下りていく。
僕は写ルンですを構え、
彼女の後ろ姿にシャッターを切る。
僕はその姿に一目惚れしたかのように、
この街のこの景色が好きになった。

現像した写真には、
三鷹の森美術館で撮った等身大の顔なしの銅像とピースするこうきが写っていた。


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