見出し画像

卒制展のからくり|トリハダ美を感じてもらうための9つの工夫

3月に美大の博士を卒業し、4月の博士研究発表展『Emi ASAYAMA展 ー 美とタンジブルによるイノベーションの創出ー』も終え、少し落ち着いた日々を過ごしています。
その後も、当日お目に掛かれなかった方からご連絡をいただくなど、展示会の余韻が続いています。

さて、今回はこの展示について、展示の企画者でもあり、作家でもあり、空間デザインやエディトリアルデザインを行った者として、そして設営まで一連の作業を行った身として、展示にあたって意識した点をご紹介したいと思います。

展示そのものの感想

会期中、足を運んで頂いた多くの皆さまから、展示そのものについて過分な評価を頂きました。

・難しい空間を上手に使いこなせている
・居心地が良く思わず長居してしまう
・展示のことをよくわかっている人が作ってる感じがした
・感動レベルの展示だった

などなど

中学時代の学友は、「これ全部アサが作ったの?!」と。元々決して美術が得意ではなかったですので……。まさに大人になって、ムサビに入学してから習得したアートのスキルを総動員した展示制作でした。

なお、研究内容を示した展示パネルにおいて、鳥肌が立つほどの美しいと感じる感情「トリハダ美」についての重要性を記していたので、

展示そのものにトリハダ美を感じた

という、私が命名した「トリハダ美」を使ったお褒めのお言葉を多く頂きました。とてもありがたいことでした。

トリハダ美のもつ力

このトリハダ美を展示そのものに対して感じてもらえることは、展示を作るにあたって常に意識していたことでした。「造形」に宿るトリハダ美には、伝えたい思想や内容を一気に広げることができる強い力があるためです。

この造形のトリハダ美を研きあげるためには、その造形の意味や美を感じる理由を言語化して記憶に留めることが重要であると拙著でも述べました。

と、語っているからには、今回の展示のからくりとして、展示のトリハダ美を感じて頂けた理由を言語化して、皆さまに紹介することが大事かなと思いまして、いくつかご紹介したいと思います。

トリハダ美の命名の経緯や意図、具体的な内容は、拙著『ビジネスで成功している人は芸術を学んでいる MFA入門』をぜひご高覧ください。


今回の展示で意識した美(からくり)

展示を設計するにあたり、空間から細かい部分まで、自分なりに考えた、トリハダ美を感じて頂くための9つの工夫をご紹介します。

1. 展示パネルは貼らずに浮かせていた

A0サイズ(縦1メートル)などの説明用のパネルは、棚に貼り付けるのではなく、治具を使って数センチほど前に張り出して設置していました。

このように影ができることで、平面パネルに立体感が生まれ、真っ白のパネルを5枚横並びに飾っても、のぺっとすることなく、場が締まる効果があったのです。

浮かせて設置していたパネル

これは、主査の篠原先生に教えてもらったことでした。
「貼るという行為は日常行為だから」と。(詳しくは前回の記事を)

面白かったのは、展示2日前に設営をしていたら、会合終わりの理事長(元学長)が降りてきて、すぐ発した言葉でした。
元学長「パネル、前に浮かせてるのね。(私が貼ろうとしてたと言うと)貼るなんて学生みたいなことしたらダメよー博士なんだから。」と。

しばらくしたら現学長が降りてきました。第一声はこうでした。
現学長「貼らずに設置したのね。やっぱりここの空間だとそうなるよね、うん。」

美大の先生は、全く同じことを言うんだなと思って、少しクスッとしてしまいました。笑

展示を観に来てもう1人同じ感想を言った人が。それは父でした。
父「影の黒が出てていいよね」

この空間だと貼ってはならない、など、美には正解があることを改めて実感したわけです。


2. キャプションパネルは黒色ではなく、柱の黒緑色に

キャプション(=解説用)のパネルの背景のみ、研究の中身ではなく解説を示しているということがわかるように、黒色にしていました。
しかし、この黒い色は、いわゆる黒(#000000)ではなく、緑がかった黒色にしていたのです。

キャプション用のパネル
キャプションパネルと柱の相性

それは、展示空間に存在する柱と同じ色にするためです。少し緑色がかった黒色の柱にトーンを合わせ、色調が整うように仕上げていました。

3. 展示パネルサイズの最低限の種類に留める

研究内容を説明するパネルは、一番大型のA0サイズ。椅子の写真を使ったパネルはA1サイズ。

キャプション用のパネルは、A0サイズの横を短くしたバージョン、A1サイズの横を短くしたバージョンの二つを用意して、会場に設置しました。

サイズの種類だけでなく、それぞれのパネルの縦横比も同じにすることで、矩型の種類を限りなく増やさないようにコントロールしました。

最初から完璧にサイズを決められたわけではなく、A0パネルをここで使う→ここはA0の高さは同じにしたいけれど横を細くしないといけない→...... といったように、徐々に各パネルのサイズを決めていきました。

印刷所で印刷してもらってから、出てきたものを見て、直感的に作り直しすることに決めたものもありました。

A1パネルの縦サイズを保ちながら、横を短くしたパネルです。パソコン上ではしっくりきていましたが、実物は違ったのです。

作り直し前: 465 x 841
作り直し後: 380 x 841

このように、他のパネルのサイズや矩形の世界観に合うように前日に作り直しを行いました。

4. 展示パネルの文章の始まりは、全部同じ高さ

展示パネルそれぞれにある文章の頭は、すべて同じ高さに揃えています。
A0パネルを横並びにした5枚とも、そしてその左にある黒色のキャプションパネルも含めて、文章の高さが同じになるようにしています。

さらに、他のエリアにはA1パネルのサイズのパネも飾ってありましたが、そのテキスト文もすべて同じ高さに来るように設置していました。

そのテキスト文の高さは、日本人の平均身長の目線とおおよそ同じ高さになるようにしています。

各パネルの文章の高さを揃えている様子

5. 机の上の反物展示は鏡面構造に

よく見て頂くと気づいて頂ける工夫が、実は机上の展示にはありました。3mの反物(ロール紙に印刷)には、プロセスを記していました。

右はビジネスの世界。イノベーションの創出のプロセスを。
左はアートの世界。椅子の制作のプロセスを。

これら二つの、ビジネスの世界とアートの世界は融合するという思想を伝えたく、机と机の間に立つと、そのプロセス同士がシンクロして見えるように設置していました。

机上の展示を上から見た図

6. 抽出した概念はアクリル板に反対文字でプリント

机上の反物展示は、ロール紙に文字を印刷したものと、そのロール紙の上にアクリル板を配置しました。
アクリル板には裏面に逆さ文字に印刷し、それを配置しています。

それぞれのプロセスを明らかにするあたって、元データとなるインタビューのコメントや、出来事などは、ロール紙にそのまま印刷して、プロセスを概念化した13の概念のみ、アクリル板へ印刷しました。

その理由は2つです。
概念化した言葉たちは、元データと次元が異なるため、印刷する媒体を変えてそれが伝わるようにしたかったこと
鏡面構造にしている、イノベーションの創出プロセスと椅子の制作プロセスが同じものであることを示すために、アクリル板に印刷した概念はまったく同じ言葉を使用していました。

アクリル板に印字した、プロセスの13の概念

7. 反物展示は、修士課程で培ったトリハダ美を活かしている流れに

トリハダ美は、いざプロジェクトや制作が始まってから身につけようとして身につけるものではありません。
少しずつ、日々の生活のなかでトリハダ美を研いていくのです。

そのような意図も込めて、博士の椅子の制作は、修士の研究を展示した、廊下部分(修士ロード)に繋がるような位置関係にしていました。

修士での椅子の制作を展示した廊下と博士での椅子の制作の展示を上から見た図

8. ボールを使ったアンケートボックスは、トリハダ美のベルカーブとリンクしていた

最後はアンケートエリアです。
展示をご覧頂いた皆さまに、何かタンジブルな体験をしてもらえる空間をひとつ創りたいと考えていました。
子ども連れの方も多くいらっしゃる場所なので、アンケートに使うツールはボールにしようと思い立ちました。

ここまでくると、何を問うて何を答えてもらうか、そのアイデアはすぐに降りてきました。

それがトリハダ美のベルカーブです。

トリハダ美のベルカーブ

最終、このような美のベルカーブの真ん中にささる展示になっているといいなという下心を携えつつも、説明的になりすぎないように「Emi ASAYAMAの描く未来は?」という問いだけ添えて、インスピレーションでボールを入れてもらうようにしました。

展示終了後の状態がこちらでした。

展示終了時点のアンケートボックス

ありがたいことに、多くの方が真ん中のjust beautiful(トリハダ美にささる)に、そして、too novel(新しすぎる)、too common(普通すぎる)にもいくつか、と、理想的な結果となりました。

この展示が多くの方のトリハダ美にささり、楽しんでいただけたことが何より嬉しかったです。

9. タイトルのEmi ASAYAMAの文字は実は欠けていた

もう一つ、来場者の方と共に創る体験を埋め込んでいました。
来場者のすべての方に見ていただいたであろう、入り口付近に掛けていたタイトルパネル。このnoteのカバー画像としても表示していましたが、お気づきの方はいらっしゃったでしょうか。

実は、ASAYAMAの二つ目のAは欠けていたのです。
右側の大判パネルの一文字目です。
よく見ないとわからない部分ではありますが、誰にも気づかれていないとすると、とても嬉しいです。
(蛇足ですが、印刷所の方は気づき、Aが切れてしまったデータになっていますが大丈夫ですか、とわざわざ電話をくださいました)

タイトルパネル

これは、私にとっては、チャレンジだったからです。今このような状態を最終系として見せられると、大きなチャレンジに見えないかもしれません。
しかし、しっかり文字を載せるという表現しか頭になかった私が、文字を切るというのは全く考えられませんでした。

これは、大きな一枚の板や幕などを使って表現するのではなく、A0パネルを並べて展示しようと決めたことで、文字を切る必要性が生まれたものでした。2枚のパネルを密着させて展示したとしても、どうしても、隙間が出たり、0.1mmなどのズレが生まれてしまいます。

2枚のパネルは一定の間隔で離す必要があり、そうすると、文字を切って表現し、切れた文字の部分を来場者の方の脳内で再生してもらう必要がありました。

来場者の方の脳内での再生処理する力を信じて、文字を切る。これは私にとっての大きな一歩でした。「わからないと思うので、全部100%示してあげましょう」という一方的な表現ではなく、来場者の方の想像する力を組み合わせることで完成させる表現です。

来て頂いた方を信じる。その方の想像力を想像する。

文字を少し切っただけで、大きな学びとなりました。今回はこれだけでしたが、次回はこの点をもっとチャレンジしてみたいなと思います。

おわりに

これらの工夫を言語化していて、展示制作に関してこのように言語化されたものは非常に限られていることに気づきました。アートの世界では、邪道だという声もあるかもしれませんが、美を感じる理由やその造形である意味を言語化することで、美という感情がもっと大衆的なものになると嬉しく思います。

アーティストが何を考えてその絵を描いたかが解説されているように、展示の設計者や制作者が何をどう意図して表現したかを、是非知ってみたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?