見出し画像

本を読むこと。 ~ 自省録 ~

世の中に数多ある自己啓発書ですが、自己啓発書は1冊読めば十分とも言われます。

ではその1冊は何にするか?

その1冊に出会うのが実は結構難しくて、結局はその1冊に出会うために何冊も何冊も読むことになります。

どの本も切り口は違うけど、結果的には同じようなことが書かれているし、どれも同じような気がする。

そうやってどんどん深みにハマっていくと古典に手を出すようになり、ある1冊の古典に行き着きます。

そうやって出会うのがマルクス・アウレーリウスの「自省録」ではないでしょうか。

自省録

マルクス・アウレーリスは善政で知られたローマ帝国の皇帝ですが、常に哲学的な思索を生命として生きた人であり、プラトンは哲学者の手に政治をゆだねることをもって理想としますが、まさにその理想を体現した人でした。

「自省録」はマルクス・アウレーリスが心に浮かんだ感慨や思想、自省自戒の言葉などをメモのようにまとめたものですが、この書物は「古代精神のもっとも高い倫理的産物」と言われ、いまもその気高い精神と倫理観は人々の模範となるものだと思います。

自省録の思想

マルクス・アウレーリスの思想の根幹を成すものがストア哲学であり、ストア哲学は、ヘレニズム哲学の一派であり、創始者はキプロスのゼノンであり、彼がアテネのストア(柱廊)で教えたことからこの名がついています。

ストア哲学はポリス社会衰退期の混乱と不安の中で,自然の理性に従って生きることを勧め,情欲を制して安心立命・不動の境地に達する賢者の理想を説いたものであり、また,人はみな世界の理性を分かちもつ同胞であると説き,世界市民主義(コスモポリタニズム)を展開しました。

ローマのセネカやかの奴隷エピクテートス、マルクス・アウレーリウスらが(後期ストア)この派の代表となっています。

ストア哲学は物理学・論理学・倫理学の三部分に分かれており、論理によって思念を統御し、客観的に事物をあるがままに認識することを教え、物理によって宇宙とその中における人間の位置を理解し、「自然に適った生活」を送ることを基調としています。

しかし、論理学も物理学も倫理学の従属的な位置におかれ、道徳的な生き方を導き出す基礎として必要な場合のみその意義が認められるように、ストア哲学においては倫理学おけるいくつかの真理を基礎として打ち立てられた道徳的な生き方が最重要となっています。

「名誉を愛するものは自分の幸福は他人の行為の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあるものと思うが、もののわかった人間は自分の行動に中にあるとおもうのである」                                           
『自省録』岩波文庫 第6巻51より

自然観

ストア哲学の根幹を為すものは「物理学」「論理学」「倫理学」が教える「自然に適った生活」であり、ここでおける自然とは宇宙を支配する理性、理法を指しています。

ストア哲学の倫理はいくつかの信条ドグマ(真理と認められるもの)を基礎として打ち立てられていますが、この信条ドグマ自体はこの時代ということもあり、いくつかの矛盾も含まれています。

しかしながら、現代においてもその思想が色褪せないどころか、的確に物事の本質をついており、マルクス・アウレーリスの洞察力に驚かされるばかりです。

変化を恐れる者があるのか。しかし変化なくしてなにが生じえようぞ。宇宙の自然にとってこれよりも愛すべく親しみ深いものがあるだろうか。
『自省録』岩波文庫 第7巻 18 より

ヒトも宇宙もひと繋ぎの自然であり、自然に適った生き方、つまり人間の理性に従って生きることが、自分が生まれてきた目的を果たす生き方であるとアウレーリスは考えます。

顔に怒りの色があらわれているのは、ひどく自然に反することで、それがしばしば見られるときには、美は死んで行き、ついには全く再燃も不可能なほどに消滅してまう。
『自省録』岩波文庫 第7巻24 より

宇宙の摂理から人間の感情のコントロールまで、生活、仕事において大切とされるマインドのすべてがこの「自省録」には詰まっています。

自省録の幸福論

「自省録」では人間の幸福と精神の平安は徳を積むことからのみ来るとされ、徳とは宇宙を支配する神的な力、すなわち「宇宙の自然」に服従して、その自然の為すことをすべてを喜んで受け入れることにあるとされます。

また私達の動物性(本能)に打ち克ち、何ものにも動じぬ心、「不動心」に到達することも徳とされています。

本能も自然であって、それを受け入れることを徳として、それに打ち勝つことも徳となるとは矛盾も感じますが、賢いヒトは自然をそのまま自分の感覚や知覚から来る印象として受け取らず、よく吟味して、正しく定義して、分析を行い、無差別に受け入れることはしないといいます。

つまりは自然が自分にとってどんな意味をもってそのようにしているのか、きちんと自分の頭で考えた上で、理性に従って行動を起こすことが徳を積むことといえるのではないでしょうか。

自分の「内」に集中せよ。理性的指導機能はその性質として、正しい行為をなし、それによって平安をうるときに自ら足れりとするものである。
『自省録』第7巻28より

最近のニュースを見ていると本当に人文社会科学の必要性を感じます。
コロナで人と人との距離も離れ、機械を介したコミュニケーションが当たり前になりつつある社会にあっては「自分」を測り、戒めることも難しいと思います。

自分がどのように見えているのか、どのように感じられているのかを自分で感じるしかないのです。

そして絶えず変化していく世の中にあって「真理」や「正義」、「道徳」は変化していくものであり、常に自分を今の世の中に照らし合わせてアップデートしていかなくてはなりません。

「善い人間のあり方如何について論ずるのはもういい加減で切り上げて善い人間になったらどうだ」
『自省録』第10巻16 より

すべてのリーダーと、出会うべき1冊の自己啓発書を探すあなたにおすすめの1冊です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

#生き方  #道徳 #自省録 #自己啓発 #読書 #読書好きと繋がりたい #推薦図書 #人生を変えた1冊 

この記事が参加している募集

サポートいただけたら今後の活動の励みになります。 頂いたサポートはnoteでの執筆活動費、参考図書の購入に使わせていただきます。