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本を読むこと。 ~ 医療現場の行動経済学に学ぶ合理的治療選択 ①~

大竹文雄、平井啓 著、「医療現場の行動経済学 〜すれちがう医者と患者」から、医療現場において正しく選択し、意思決定するための知識について学んでいこうと思います。

私は医療現場で働く者の立場として本書を手にしましたが、患者やその家族の立場としても、医療現場における意思決定にどのようなバイアスがかかるのかを知り、双方にとってより合理的な選択とは何かを考えることはとても大切です。

本書は具体例と経済学的指標を用いながら、基本的な行動経済学を学ぶことができる良書です。

少し長くなりますが、本書を引用しながら、自身の経験も踏まえてまとめていこうと思います。

序文より

診療現場における患者の意思決定には常にバイアスがかかっている。
ICの導入後、患者の権利を確立される方向にあるが、一方で説明だけして、後の意思決定は患者や家族に委ねられてしまうインフォームド・チョイスの傾向が強まっていた。しかしこの意思決定の方法は人間は合理的に判断し、選択可能な生き物であるという考えに基づいており、その考えは伝統的な経済学理論における人間観と一緒である。
近年、多くの研究により人間は必ずしも目の前にある情報を的確に処理し、より合理的に意思決定しているわけではないことが明らかにされている。とくに医療に対する知識や経験が欠如している患者やその家族が(さらに当事者であるというバイアスの中で)合理的に考えるという前提には無理がある。 

最近になり医療者と患者の意思決定はともに行うべきものとして、共有意思決定あるいは協働的意思決定という概念が導入されてきます。

共有意思決定の概念は知識や理解力に乏しい患者やその家族とともに、専門家として、例えるならソムリエのようにその人にあった意思決定支援のをしていこうという考え方です。

すべての意思決定をまかせるのではなく、患者や家族の意志、考え方、価値観を踏まえた上で、ある程度、限定した選択肢の提示をすることが医療サイドには求められます。

患者の立場としては選択を丸投げにするような医療提供者と出会った場合は注意が必要になります。

医療現場での意思決定におけるバイアス


「サンクコストバイアス」

サンクコストバイアスとは埋没した費用という意味で、過去に支払った費用や努力のうちに戻ってこないものをいいます。

たとえば払い戻しと転売が不可能なチケットの費用はサンクコストであり、後から魅力的な用事が入ったとしても、チケットの払い戻しができないために、コンサートや旅行を選んでしまうことをいいます。

サンクコストバイアスにかからないようにするためには、自身の満足度で現状を評価しなければいけません。

医療現場においては、例えばがん治療など長期に渡り治療を続けてきたももの、大きな改善が得られず、末期を迎えたときに、「ここまで続けてきたのだから」と効果のない治療をダラダラと続けてしまい、費用と時間をムダにして、家族と過ごす時間や自分のやり残したことをする時間がなくなってしまうなどが典型例といえます。

「現状維持バイアス」

現状を参照点として現状を変えたほうが効果的であっても、現状維持を好む傾向のことです。私たちは未来の利益よりも損失回避の方が重要と考えてしまう傾向にあります。

そのため、現在の状態を変えることを損失とみなしてしまい、変えることに心理的抵抗があります。

この場合、医療側は現在の状態が判断基準になっているので、標準的な治療方法に参照点を変えてもらうことを意図して表現方法を工夫し、将来の選択にコミットさせることで回避できる可能性があります。

検査によって兆候があっても症状がない場合、「まだ大丈夫だから、このままでいい」と考え、治療に移行しないのは現状維持バイアスであり、治癒する機会を損失しないようにすることが大切です。

この現状維持バイアスはビジネスの世界でもよく知られているかと思います。ヒトは現状を変化させることによるコストの方が気になるってしまうために組織の変化は起きにくいのです。

「現在バイアス」

現状維持バイアスからの派生になりますが、現在の楽しみを優先し、つらい意思決定を先延ばしにすることを現在バイアスといいいます。

医療サイドは同調性や自分自身の積極的な意思決定ではないという、デフォルトに近い手法によって選択負担を減らすことで、より望ましいと思われる選択肢を選びやすい環境をつくっていくことが大切になります。

「ダイエットは明日から」と目の前にあるお菓子に手を伸ばしてしまうのも現在バイアスです。

また、今10,000円をもらう、1週間後に10,100円をもらうかを決める場合では「今」10,000円をもらう人の方が多く、1年後に1万円を貰うか、1年と1週間後に10,100円を貰うかを決める場合は「1年と1週間後」に10,100円を貰う人の方が多いのも現在バイアスの例と言えます。

コミットメント手段の利用は、自分自身に現在バイアスがあり、将来に先伸ばし傾向をとってしまうことを知っている場合には有効となります。禁煙やダイエットの目標を宣言する、老後の貯蓄を給料天引き型の定期預金にするなどがコミットメントとなります。

「利用可能性ヒューリスティック」

正確な情報を手に入れないか、そうした情報を手に入れないで身近な情報や即座に思い浮かぶような知識をもとに意思決定を行うことを利用可能性ヒューリスティックといいます。

例えば「〇〇というキノコを食べることでガンが消えたという話を聞いた」「〇〇さんは毎朝バナナだけ食べてやせた」などは医療現場でもよく聞く話です。

利用可能性ヒューリスティックは身近で目立つ情報を優先して意思決定に用いてしまうので、TVや雑誌、友達、広告などを情報を基に、標準治療に抵抗してしまうことがあります。

この場合、医療サイドは患者の意思決定を尊重しつつ、正しくない情報ということを伝えることと自身が用いることができる利用可能性ヒューリスティック(文献や教科書レベルの情報)を利用して、患者の利用可能性ヒューリスティックを上書きしていくことが必要です。

本日のまとめ

本日は「医療現場の行動経済学」から、患者の意思決定場面においてよく見られるバイアスについてまとめました。

少し情報量が多くなってきたので、本書のまとめは数回に分けていきたいと思います。

私自身は「合理的な選択」がすべて正しいとは思っていません。

その合理性も相対的な指標であり、必ずしも万人に当てはまるものではないからです。

ときには「自分の思うがままに」する方が本人は幸せなのかもしれませんが、選択の際にこうしたことを「知っていた」のと「知らなかった」とでは後に後悔をしてしまったときのインパクトは減らせるのではないかと思います。

また、それが命に関係することであれば、本人は亡くなってしまえば関係がないのかもしれませんが、残された家族、関わった医療者はずっとその選択を後悔することになります。本書にも実際に経験した家族の例が記載されています。

次回は「ヒトのの意志決定の癖」や「対処方法」についてまとめていきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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