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ザ・チケット/108(ひゃくはち)【読書ノート】
思考は実現の手助けをしてくれるものではありません。
それを妨害するものなのです。
実現のためには思考の範囲から思い切って抜け出す必要があります。
思考が働いている間、意図が実行に結びつくことはないのです。
願望実現のプロセスがどんなに複雑化しようともそれを実現するのは意図です。
要約
1. 願望とは何か
私たちは日常的に様々な願望を持っている。
願望は「これがこうなったらいいな」という欲求。
願望が叶えば幸せを感じ、叶わなければ不幸だと感じる。
願望は、物事、人物、状況などを自分のものにしたいという欲求。
2. 願望実現は難しいのか
日常生活では無意識のうちに多くの願望を実現している(例:呼吸、水を飲む、歩くなど)。
これらは自動的に行われ、達成感に気づかないことが多い。
一方で、特定の車を手に入れる、特定の人との関係などの願望は、実現が困難と意識される。
3. 意図の関わり方
日常の動作は容易に実現できるが、大きな願望は実現が難しいと感じられる。
大きな願望の場合、達成可能性や実現困難な要素に関する思考が介入する。
実現可能な小さな願望は、固定観念により自動的に行動に移せる。
大きな願望は、複雑な条件や判断が必要で、実現に対する意図が妨げられる。
4. 意図を妨害する思考
実現の意図自体は単純だが、条件や制限に関する思考が実現を妨げる。
実現には複雑なプロセスや適切な判断が求められるため、単純な意図では不十分とされる。
思考による判断が、実際には願望実現を阻害している。
5. 思考による判断は正しいのか
願望実現に関する計画や判断は、常に正しいわけではない。
予期せぬアクシデントや幸運により、計画と異なる結果が生じることがある。
6. 思考が実現を妨げている
願望実現を阻害するのは、困難であるという観念に基づく思考。
固定観念が願望実現の障害となる。
願望が実現しないことで、困難であるという認識が強化される。
7. 必要不可欠に思える「思考」
私たちは思考を通じて現実を体験する。
願望実現が難しいと感じるのは、過去の経験や記憶からの判断に基づく。
経験則に基づく思考は、願望実現にとってしばしば障害となる。
8. 思い切りが意図を作動させる
実現可能な願望と困難な願望の違いは、意図と行動の直結にある。
簡単な願望は即座に行動に移せるが、困難な願望は思考によるブレーキがかかる。
意図の実行には、思考を超えた「思い切り」が必要。
決断の際には、思考を放棄し、意図を実行に移す必要がある。
9. 思考の復活
意図が明確になり、行動に移すと、思考は願望実現の助けとなる。
明確な目標を持つことで、思考は願望実現への道標となる。
新たな思考は、障害ではなく、願望実現を推進する力となる。
10. 感情は知っている
感情は願望実現の方向性を指し示す。
ポジティブな感情は、願望と一致していることを示す。
感情を通じて願望実現に一致する思考を認識する。
思考ではなく、直感に従うことが重要。
11. 不測の事態
人生には予測不能な出来事が多いが、これは固定観念の結果。
「人生は思い通りにいかない」という観念が願望実現にブレーキをかける。
この観念を変えることで、願望実現が容易になる。
12. 幸運の訪れる条件
予測不能な幸運による願望実現は、内部観念との矛盾をバイパスする。
「願望は簡単に実現しない」という観念が、幸運による願望実現を妨げない。
願望が実現するとき、それは観念からの制限を逃れている。
13. 願望を手放す
願望そのものを手放すことが、願望実現に有効。
手放すことで、願望に対する執着を解放し、実現しやすくなる。
14. クレンジング(観念の変更)
願望実現を妨げる観念を手放す方法がクレンジング。
観念を変更することで、願望実現の障害を除去する。
具体的なクレンジング方法として、エモーショナルフリーダムテクニック、ホ・オポノポノ、セドナ・メソッドなどが紹介されている。
15. オリジナル・クレンジングメソッド
独自のクレンジングメソッドが紹介されている。
この方法では、願望実現を阻害する観念を意識的に確認し、手放す手順が提供される。
実践には、自分の内部に対する命令や許可の形式を取る。
このプロセスは、自己認識と受け入れを促進し、願望実現の障害を取り除く。
16. 観念の自覚と手放し
自分の内部にある限定的な観念を認識し、それに感謝と愛を向けることが推奨される。
観念に感謝し、その後それを手放すことで、心理的な障害を除去する。
観念の変更は、自分自身の決定と信頼に基づいて行われるべきである。
変更が成功したかの確認は避け、単に変更を信じることが求められる。
17. 観念の変更への信頼
観念の変更には、自己決定と自己信頼が不可欠。
変更を疑わず、自分の決定に絶対的な信頼を置くことが重要。
不安や疑いが生じた場合、再度メソッドを実践し、観念を手放す。
18. 願望実現への二つのアプローチ
願望実現には、障害となる観念を手放すか、願望自体を手放すという二つのアプローチがある。
どちらのアプローチも、最終的には内部的な障害を除去し、願望実現を容易にする。
オリジナル・クレンジングメソッド
実現を妨げる観念の確認:
まず、実現を妨げている観念を特定します。
これを行うために、自分を第三者として設定し、自分自身に願望実現への許可を与えることから始めます。
このステップでは、願望実現を阻害している可能性がある違和感や抵抗感を特定します。
観念の受け入れと手放し:
認識された観念に対して感謝と愛を表明し、それらを手放すプロセスです。
たとえそれが「邪魔な観念」であっても、それはあなた自身の一部であると認識し、それを愛情を持って扱います。
「ありがとう。愛している」と表明し、その後「今までありがとう。さようなら」と言って観念との別れを告げます。
願望を手放す
このアプローチでは、願望そのものを自由な場所へと解放することを意味します。
これは、願望に対する執着から離れ、それを手放すことで、願望の実現をより自然なプロセスにするという考え方に基づいています。
「エゴ」とは、個人の自己意識や自我を指す概念です。これには、個人が普段自覚している自己像、感情、体験などが含まれます。エゴは自己の生存本能に基づいて形成され、自己を危険から守り、安全を確保し、快楽を求め、死を避けようとする本能的な欲求に基づいています。
エゴは、以下のような観念を持っています:
この世界は危険である。
安全を確保する必要がある。
快楽や楽しいことを求め、得る必要がある。
死をできるだけ遅らせること。
エゴは、これらの観念に基づいて、「恐怖心」を持っています。この恐怖心は、「我々は個別に分離した存在で、安全から切り離されている」という感覚から生じます。エゴは、願望を実現する力を持っていないとされ、願望の実現は別の領域の力によるものです。しかし、エゴは願望を実現することに失敗すると、失うことへの恐怖や欠乏感から新たな願望を生み出し、このサイクルが繰り返されます。
本書では、エゴから別の領域に意識を移すことが推奨されています。この別の領域は、エゴとは異なり、実現しかあり得ない領域とされます。エゴからの離脱は、現在の瞬間に意識を集中し、過去や未来についての思考を停止することで達成されます。このプロセスは、安心感をもたらし、願望の実現へと導くとされています。
また、エゴの性質を理解し、逆用することにより、エゴの連鎖思考を断ち切り、幸せな領域に移行することが可能です。エゴを受け入れつつも、不必要なものとして手放すことで、願望は純粋な意図に変質し、実現に向かうと説明されています。
最終的には、全ての願望が既に実現しているという真実に気づき、エゴに囚われない生き方を提案しています。
なぜ、願望実現はむずかしいのか。なぜ、幸せになるために苦労しないといけないのか。なぜ、これらに関するあらゆる取り組みが、なかなかうまくいかないのか。その答えは、実は意外なところにあります。巷にあふれる願望実現法の、陥りやすい「盲点」。励めば励むほど、目標から遠ざかる「メカニズム」。それらを無効にし、ダイナミックに現実を変更していく簡単な方法。本書は、その秘密を解き明かすための引換券です。
願望実現と幸せに対する構造的解釈と、それらを体験するための、たやすいメソッド。そして、とても信じられない驚愕の真実が明かされる…。
全ての、幸せを求める人へのチケット。
デジタル書房:https://www.digbook.jp/product_info.php/products_id/9789
望みを叶える。
文字でつづれば、実に簡単です。
しかしこの美しい言葉に、どこか切なさを感じてしまうのはなぜでしょう?
不可能を可能にするような、特別な響きがあるのは、どうしてなんでしょうか。それは私たちが、この希望に満ちた輝くような言葉に、何度も絶望感を覚えてきたからです。人生の中で、私たちは様々な願望を抱いては、幾度も深い失望感を味わってきました。幾度も幾度も…。
いつしか、「願望は、そう簡単に叶うものではない」
こういった観念が、私たちの内部にしっかりとでき上がってしまっていました。「心に抱いた願いは、叶わない」こういったことが当たり前のこととして認識されるようになってしまいました。私たちにとって、それは普通のことになってしまったのです。
こうして「願いが叶う」ということは「とてもラッキーで特別なこと」になりました。「望みを叶える」ということは「ほんのわずかな可能性を実現する」という、大変困難な挑戦になってしまったのです。
果たして本当にそうでしょうか?
願望実現……
これは、本当は実はとても簡単なことです。その願望が、どれだけ実現困難なことに思えてもです。なぜなら、願望は本来叶うようになっているものだからです。願望と実現とは、本来セットになっている性質のものです。では、なぜそうならないのか?
私たちが、それを許していないからです。
「願望とは、実現困難な属性のものでなければならない」
こんな風に、心の底から思いこんでしまっているからです。本当にそう信じ切ってしまっているため、現実もその通りに展開していっている、というだけのことです。
ある人にとっての現実とは、単にその人の持っている観念に従って、展開されているに過ぎないのです。
「現実が全て、自分の思いこみによる自作自演?そんな馬鹿な」
「そんな精神主義的な考え方は、現実をしっかり見ていない故の発想だ。現実逃避だ」
「今の私の不幸は、明らかにある人物の悪意によって、私に降りかかってきたものだ。証拠もある。この現実は、決して私の観念が作り出したものではない!」
こんな反論が聞こえてくるようです。
あるいは、こんな風に思われるかもしれません。
「確かに自らの思いこみが、自分の現実を作り出しているのかもしれない。しかし、それを変更する術を知らないし、できたとしても期待通りの結果になるかどうか疑問だ」
「我々に自然に身についた観念は、社会で生きていく上での『最低限の共通ルール』のようなものだ。変更すべきような性質のものではないし、そんなことをしたら混乱がもたらされるに違いない」
ひょっとしたら、もっと根本的な、こんな疑問が浮かんでくるかも。
「全ての人が幸せになれるはずがない。必ず、幸運な人と不運な人がいるのだ。過去の人類の歴史を振り返れば、一目瞭然ではないか。観念を変更すれば誰でも幸せになれるなんて考えは、単なる気休めに過ぎないし、信用すればとんだ失望感を味わうことになる。採用すべきではない。」
大変ごもっともです。
我々は長い間、この至極「もっともな」観念を採用し続けてきました。
その結果、我々の目の前にはどんな現実が展開されているのでしょうか?
一体なんのために、その「もっともな」観念を採用し続けているのでしょうか?私は、これに疑問を抱きました。そして、この「至極もっともな」観念を、敢えてひっくり返してみることにしました。
その結果、何が起こったのでしょう?
それを、ぜひとも皆さん自身で体験してみてください。
この本にしたがって、今までの認識を一度をひっくり返してみてください。きっと、すぐに病みつきになります。
そして「今までの人生はいったい何だったのだ」と思うことでしょう。それを自分の目で見届けてください。
この本は主に三つのブロックから構成されています。
第一章は理論編。幸せと願望実現の構造について、検証していきます。
私が体験的に得た知識や、特定の事象への考察などから、幸せと願望実現の仕組みをできるだけわかりやすく説明していきます。
ここでは、読んだ方の思考プロセスに変化を起こさせることがその目的です。不必要な思いこみを解体し、幸せと願望実現に適した思考習慣への手がかりとなってほしい。そういう思いで書きました。
この章である程度認識が変更されれば、それに伴って皆さんの現実にも変化が現れてくると思います。
第二章では、幸せと願望実現のためのメソッド(方法)をご紹介します。いわば実践編です。このメソッドは、私がこれまでに学んだ方法をアレンジしたもの、あるいはインスピレーションを得て独自に編み出した方法です。
複雑な手順が必要なものや、習得が困難なものは一切ありません。
むしろ拍子抜けするほど簡単です。
「えっ!こんな簡単な方法で、本当に幸せになったり、願望を実現したりできるの?」
そんな印象を持たれると思います。
なぜこれほど簡単な方法で現実が変化していくのか、不思議に思われるかもしれません。しかし第一章を読んだ後なら、そのメカニズムについてご納得いただけるでしょう。(取り急ぎ、すぐにでも実践したいという場合は、この章から読み始めていただいても構いません)
ここで紹介するメソッドは、数ある中から一般化でき、かつ体験上効果が高かたものを抜粋しています。皆さんの認識の変更を待たずして、効果が出るものばかり選びました。どれも一瞬で習得・実行できるものばかりです。
老若男女を問わず、気軽に実践可能です。是非試してみてください。
さらに第七章では、皆さんの認識をもう一歩踏み込んで変更してもらうため、私たちが生きているこの世界の構造について、ユニークな考察をしていきます。
「なぜ第三〜六章がなくて、いきなり第七章なんだ?」と不思議に思われたと思います。これにはちゃんと理由があります。最後に種明かしをしてありますので、興味があれば、ぜひ終わりまで読み進めていただきたいと思います。どうぞお楽しみに。
それでは、先の「もっともな」疑問についての回答で、この章を締めくくります。この本があなたにとって、幸せへの手引き書となることを確信して。
「現実は全て、自分の思いこみによる、単なる自作自演である」
「精神主義的な考え方は、現実をしっかり見て検証した上での発想であり、むしろ現実直視である」
「今の幸・不幸は、決して他人の意図によって当人に降りかかってきたものではない。この現実は、紛れもなく当人の観念が作り出したものだ」
「自らの思いこみが、確かに自らの現実を作り出している。それを変更する術を知っていて、適切に変更を行えば、現実が期待通りの結果になる事は疑いようのない事実である」
「我々に自然に身についた観念は、社会で生きていく上での『最低限の共通ルール』などではない。自由に変更すべきような性質のものであって、それによって真の幸福と平和とがもたらされる」
「全ての人が幸せになれる。本来は誰でも幸福なのだ。過去の人類の歴史は、その真実を無視してきた結果だ。観念を変更すれば誰でも幸せになれるという事実は、単なる気休めなどではない。是非とも採用して、自分の目でそれを確かめてみるべきだ。あなたが幸せになりたいのならば」
第1章:認識の変更
・願望とは何か-認識が変われば現実も変わる
・願望実現は難しいのか
・意図の関わり方
・意図を妨害する思考
・思考による判断は正しいのか
・思考が実現を妨げている
・必要不可欠に思える「思考」
・思い切りが意図を作動させる
・思考の復活
・感情は知っている
・不測の事態
・幸運の訪れる条件
・幸運を意図的に操る?
・願望実現への二つのアプローチ
メソッド①クレンジング(観念の変更)
・オリジナルクレンジングメソッド
実現をせき止めている観念を確認する
自覚されにくい「制限」
・実現をせき止めている観念を確認する
・認めて、手放す
・願望を手放す
・エゴとは何か
・エゴには実現する力はない
・チケットを手渡す
・願望を抱いた。それはチケットを得たということ
・別の領域
・なぜ説明不可能なのか
・どうやって手放すか
メソッド②認めて、手放す
◯その観念を手放す
◯確認はしない
◯でも不安になったら
・今、この瞬間を感じる
・どういった変化が現れるのか
・意図の復活
・意図の本質
・改めて、手放す
・それでも心配するエゴ
・エゴの性質を逆用する
・現実変更の簡単なメソッド
第二章:現実変更のメソッド
メソッド③問いかけて、放っておく
メソッド④私はこの状況を、一体どうやって脱したのだろう?1
メソッド⑤私はこの状況を、一体どうやって脱したのだろう?2
メソッド⑥なぜだか分からないが、全てうまくいった
メソッド⑦私に○○を許可します
メソッド⑧笑う・積極的に「笑う」という感情表現を使う・笑うことは幸せを予約することである・現実創造のプロセスを逆転している醍醐味を感じる
メソッド⑨ありがとう
メソッド⑩○○してくれて、ありがとう!
メソッド⑪完璧だ
メソッド⑫ああ、そうか
メソッド⑬これは面白い!
メソッド⑭これは経験済みだ
メソッド⑮認める
メソッド⑯この状況は、私にとって素晴らしい!
メソッド⑰愛情だけに浸りきる
メソッド⑱・私は何があろうと○○しない・これは決定事項です。
メソッド⑲・エゴを超越する
第七章:本当のチケット
第一章を理解した上で第二章のメソッドを実行すれば、実際に効果はあるでしょう。思わぬ形で願望が実現したり、労せずして幸せを手に入れることが出来ると思います。
・既に願望は実現している
・「おかしい」の意味
・探す限り、見つからない
・そのとき何が起きるのか
・なにもしなくていい
・条件は一切ない
・本当は、エゴも解放している
・罪悪感とは
・悪人はうまくいく?
・取り組まなくて良い
メソッド⑳関連づけの放棄・チケットを捨て去る瞬間
あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
さて、何故この本がおかしな構成になっていたかお分かりでしょうか。
どうして第二章から、いきなり第七章に飛んでしまったのか。残りの第三章から第六章は、どこへ行ってしまったのでしょう。
お気づきだと思いますが、第一章・第二章から連続して読むと、第七章は、そこで展開している主張に相当な飛躍があります。いくら認識を変えることが必要だと言っても、一般的常識からすれば、にわかには受け入れがたい考え方だと思います。
にも関わらずこのような構成にしたのには、ちゃんと理由があります。
第七章の内容は、受け入れがたいとしても、願望実現や幸福に至る考え方として、我々のエゴが好意的に解釈できるであろうギリギリの範囲内です。
第七章が全ての結論というわけではありません。しかしこれ以上の主張を展開しても、もはや一冊の本としては成立しないでしょう。
「それなら普通に、第三章から第六章を書けば良かったじゃないか!」
きっとそうお感じでしょう。確かにそうかもしれません。
それでも良かったのですが、今回は敢えてプロセスをすっ飛ばしてみることにしました。あなたに、更にその先の認識を先取りしてほしかったのです。
あなたは既に第七章を先に読んでしまいました。
あなたがその内容に納得したどうかはともかく(笑)、とにかく読んでしまったのです。ここで、あのメソッドを使って振り返ってみてください。
「第三章から第六章は、一体どんな内容だったのだろう?」と。
そうすれば、残りの章に書いてあることが不思議に分かってくるはずです。
あなたの人生に実際の体験として、第二章と第七章とをつなぐ、消えた「四章」が次々に現れてきます。
あなたはもう、残りの章を読む必要はありません。経験という形で知ることになるからです。
どうぞ、それに興味を持っていてください。
何が現れてくるのか、楽しみにしていてください。それが展開することを許すようにしてください。そうすれば、それは現れてきます。
本当は既にある、あなたの幸せを心から祝福しています。
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