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マインド・コントロール/岡田尊司【本要約・ガイド・目次】

かつて、国家レベルで研究された「心を操る技術」。今やカルト、ブラック企業だけでなく、あらゆる組織や家庭の中にすら技術の援用が見られる。自己愛と孤立の現代、その罠に落ちる人は増えるだろう。心の崩壊と戦う精神科医からの提言の書。問題は、カルト宗教やテロ集団だけではない。自己愛と孤独の現代、マインド・コントロールの罠に落ちる人は、ますます増えるだろう。
古くから暗示や催眠術として存在したマインド・コントロール。その後、心理療法として発展し、ソ連やアメリカにおいては、行動を直接コントロールする「洗脳」技術が国家レベルで研究された。現代ではあらゆる組織、家庭の中ですら、技術の応用が見られる。心の崩壊と戦う現役の精神科医が、マインド・コントロールする側の特性、されやすい人のタイプ、その歴史、原理と応用など、「騙されたと気付かれずに騙す技術」のすべてを解説する。2012年に刊行され、各界で話題になったロングセラー、待望の新書化!

相手の手の内を知る。洗脳する側のアプローチとテクニックを知ることは洗脳防衛に役立ちます。

霊感商法・マルチ商法・ねずみ講・詐欺師・ゲスな情報商材屋・新興カルト教団の親分らから、「あれ?こいつひっかからないな」と思わせ、諦めさせたら防衛成功!

洗脳防衛体制をとるということは、『俺は洗脳されないぞ!洗脳されないぞ!洗脳されないぞ!』と。常に緊張した状態を保ち、『その言葉その目つきその態度……俺を洗脳しようとしているのではないのか?』と常に疑ってかからなければなりません。

ですが、このような防衛体制は、疲れます。

それなら、どんな人も信用しない『人を見たら詐欺師・泥棒と思え』の方がまだ楽です。どんなセールスであれ、どんなオファー頼まれごとも、即座に「ノー!!」と言えばいいのですから。

もちろん相手の手の内を知り防衛体制を敷くことも大事なのですが、それよりもっと大事なのは『洗脳されない自分』になることです。

■目次&抜き書き

第一章:なぜ彼らはテロリストになったのか(P12)

▼テロリストが育つ背景
・テロリストの仲間入りをすることは特別な者だけに許される名誉である。
・誰でも仲間に入れてもらえるのではなく厳重な審査と試行期間を経て資格を与えられる~排他的仲間意識がテロリストの結束を強め摘発を困難にしている(選ばれた者・特別意識)
▼浮かび上がる共通する特徴(P16)
・理想主義的で純粋な傾向を備えていた
・彼らは世界でうまくやっているように見えても、実際には、社会で生きることに苦痛や困難を感じており、あるいは、社会に対して不信感を抱いていた
・社会において自分の価値を認められず、アイデンティティーを見出せないものは、社会の一般的な価値観に刃向かうことで、自己の価値を保とうとする。こうしたカウンター・アイデンティティーは、社会から見捨てられたものにとって、自分の人生を逆転させ、自分の価値を取り戻すような歓喜と救いの源泉ともなるのである。誰からもまともに扱われなかった存在が、受け入れられ、認められたと感じる時、そここそが生き場所となる。
※アイデンティティ;自分が自分であるために絶対に必要な(そう思えるる)何か
※カウンター・アイデンティティ(対抗同一性);既存の価値観や常識、また社会全体への『反発』あるいは『対抗』を通じて形成され、獲得される自己同一性
・トンネルは、外部の世界からの遮断と、視野を小さな一点に集中させるということだ。トンネルの中を潜り抜けている間、そこを進んでいく者は、外部の刺激から遮断されると同時に、出口という一点に向かって進んでいるうちに、いつのまにか視野狭窄に陥る。

▼後戻りさせないための仕掛け(P20)
・後戻りをさせないための仕掛け
その一つは、テロを実行する前から、その人を「英雄」として扱うことである。崇拝されている指導者が一緒に食事をするとか、死後を公開するための遺言をビデオに撮るとか、彼のために記念碑を建てるといったことが行われる。また、家族も「英雄」を生み出した一家として栄誉と経済的優遇を受ける。すでに彼の死は既成事実となり、独り歩きを始めている。いまさら止めるとはいえるはずもない。英雄らしく、家族や仲間のために使命を全うするしかないのだ。
▼社会に溢れる「トンネル」(P22)
・スポーツチームやクラブに所属する
▼象牙の塔もブラック企業も(P24)
▼一人の自爆テロリストの肖像(P25)
人民寺院離反者:レイトン
・教祖ジムジョーンズの殺し文句「君は、人類のためになる特別なことを成し遂げることになる」
▼閉鎖的集団が陥る「全か無か」のワナ(二元論・二分法的思考)(P29)
・純粋な理想主義者が抱えやすい一つの危うさは、潔癖になり過ぎて、全か無かの二分法的な思考に陥りやすいということである。
二分法的思考においては、完全な善か、さもなくば完全な悪かという両極端な認知に陥ってしまう。自分たちと信条を同じくする者は、選ばれた善き者であるが、そうでないものは、すべて敵であり、悪だとみなされていく。教団を離れていく者は、敵に寝返った「裏切り者」であり、何よりも許せない存在となってしまう。そうした集団の心理は、二つの方向に作用した。
・一つは、誰かが次の「裏切り者」になりはしないかと、周囲に対して眼を光らせ、相互監視をする心理状態が生まれることである。それが被害妄想の温床になる。隣組の中で「非国民」を見張りあった戦時中の日本でも、同じような心理状態が生まれていた。
・もう一つの作用は、自分が「裏切り者」となることを強く禁圧する方向に働く。「裏切り者」となることは、もっともおぞましい憎むべき行為として教え込まれ、周囲に対してそういう目を向けてきた者は、ましてや自分がそうした行動をとることには、いかなる状況であろうと、強い抵抗を覚える。
人類史上初めての組織的な自爆攻撃は、神風特別攻撃隊に始まるが、最初の特攻作戦に際して、海軍中将大西瀧治郎は、今や日本を救う道は、体当たり作戦しかないと述べた。これが無謀な命令であることは、多くの者が承知していた。だが、「貴様たちは、突っ込んでくれるか!」と問われた最初の搭乗員たちの中に、拒否したものは一人もいなかった。
強い集団のプレッシャーのもとでは、「裏切り者」となることは、命を失うことよりも恐ろしいことなのだ。
▼誰も信じられなくなった教祖(P30)
▼マインド・コントロールが解けるとき(P34)
・デイトンのマインドコントロールが解けたのは、長い収監生活の間であった

第二章:マインド・コントロールは、なぜ可能なのか(P36)

▼霊感商法にみるマインド・コントロール
▼高額なものを買わせる手法(P38)
▼救いを求める気持ちにつけこむ(P41)
・秘密や悩み、過去を教えられることが、マインドコントロールにつながる
・秘密を打ち明けるのは、助けて欲しいという無意識の心理が働いているから
・救いを求める漠然とした思いは、この人なら救ってくれるという強い期待へと高まる
▼駆使される技法(P43)
・イエスセット
相手が、イエスと答える質問をしていくことで、信頼性が高まり、最終的な質問にも、 イエスと答えるように導くという技法。
・中立的な善意の相談役となることで意思決定に強い影響及ぼす
・勧める側の言葉には、半信半疑でも、中立的な立場の人の意見には、耳を傾けてしまう
・カウンセリング等の中立性:熱が入りすぎて一つの立場に偏り、本人を説得しようとすると、かえって本人は抵抗したり、引いてしまう
▼一番騙されたのは(P45)
・霊感商法で奴隷のようにこき使われた末端信者の心理状態もまた暴力を嫌う優しい性格の若者が自爆テロリストになった背景と共通している
▼マインド・コントロールの本質は騙すこと(P46)
・操作する側は、操作される側の払った犠牲によって利益を得ている。この対等でない関係が、マインド・コントロールが解けた時、多くの人が、自分は「騙された」「欺かれていた」と感じるゆえん。つまり、マインド・コントロールは、もっとも本質的な意味で「騙す」「欺く」ということに等価。
・騙すとは、高等な動物にだけ見られる行動。行為の代表は、相手をワナにかけること。
・人類の知能は、さらに高度な「騙す」方法を進化させた。騙したと気づかれずに相手を騙す方法。マインド・コントロールとは、まさにそうした方法のことである。
この方法ならば、騙す側は、むしろ「味方」や「善意の第三者」に収まることができる。
・騙された人は、騙されたとは思わず、むしろ良いことを教えてくれたとか、助けてもらったとか、目を開かされたと感じ、感謝や尊敬を捧げる。
・人類の知能の本質が「騙す」能力にあるとすると、この世界でもっとも成功し、支配力をもつ存在は、「騙す」ということにおいて、もっとも成功を収めた存在だということになるだろう。「騙された」とは思わず、喜んで現金や体や命さえも差し出し、そのことに喜びを覚える。

▼なぜ騙されてしまうのか(P49)
・なぜ騙されたとは気づかれずに、相手を騙すということが可能なのか?
⇒社会的動物に特有の特性が関係;相手を信じるということ。
その原初的なものは、親しみを抱くということに始まり、愛情や信頼へと発展していく。皮肉なことに、人間は、相手を信じる生き物であるがゆえに、マインド・コントロールが成立してしまうのである。
・その意味で、人に対して親しみを感じることも、愛情や信頼をもつこともない人は、マインド・コントロールを受けにくいと言える。相手との信頼関係を必要とする人ほど、マインド・コントロールされやすい。
・社会的動物は、群れ(家族)で暮らすことを成り立たせるために、愛着という現象を基盤として、持続的な愛情や信頼関係を結ぶという特性を進化させてきた。

▼マインド・コントロールする側の特性(P52)
・支配することが快楽になっている。支配は中毒になる。支配には病みつきになる快感が伴う。
・自己愛性人格構造は、肥大した自己愛や幼い万能感と、他者への共感性の乏しさや搾取的態度を特徴とするもの。
▼宗教的グルの心理特性(P55)
①グルは不安定な精神構造を抱え、妄想症や神経衰弱、自己断片化などに陥る瀬戸際にいる。
②グルは啓示を受け、「真理」を悟ったという確信を抱いている。その啓示は、三十代か四十代の苦悩や病気の時期に続いてやってくることが多い。
③グルは弟子や礼賛者を必要とする。脆弱な精神構造を抱えているために、自分を支えるために彼らの賞賛や尊敬を必要とするのだ。
④グルは、弟子に「不滅の感覚」を与える。それは、「死をもものともしない感覚」であり、「自分の限られた時間を超えて、無限に続く存在の偉大な連続の一部であるという感覚」でもある。
⑤グルは弟子にとって、親よりも重要な存在であり、弟子は仕事も財産もすべてを擲って、グルとその偉大な目的のために尽くすことが求められる。
・一介の市民が、グルに生まれ変わる際に生じる心的メカニズムは、躁的防衛(自己愛的防衛)という概念によっても説明することができる。幼い精神構造を抱えたものは、思い通りにならない現実にぶつかったとき、落胆と絶望からわが身を守るために、誇大自己を膨らませ、万能感で武装し、他者を征服し、支配し、軽蔑することによって、自らの価値を守ろうとする。
蔑まれ、辱めを受けた存在は、躁的防衛によって、自信のない男ではなく、神のような確信にみちた存在に生まれ変わろうとする。それによって、実際に人々から崇められる存在となる。
得度に至る前の苦難の時期は、躁的防衛を生じさせるために必要な極限状態だと言える。しかし、真理を手に入れた聖者だと言っても、グル自身、精神的な脆弱さを克服したわけではなく、ただ躁的防衛によって誤魔化しているだけである。したがって、万能感を傷つけられるような事態に出会うと、自己愛的な怒りにとらわれ、さらには被害妄想的になったり、神経衰弱や自己断片化を起こして、崩壊していく。
・万能感の肥大した誇大自己を抱えた人は、自分が死ぬときには、世界を道連れにしたいという思いを抱きやすい。その人にとっては、自分が世界より重要なので、自分が滅んだのちも世界が存在するということが許せないのだ。

▼歪な自己愛が生み出す幻(P58)
・自分もまた特別でありたいと願いながら、しかし、何の確信も自信ももてない存在にとって、「真実」を手に入れたと語る存在に追従し、その弟子となることは、自分もまた特別な出来事に立ち会う特別な存在だという錯覚を生む。
その錯覚のまやかし性は、グルが特別な存在だと信じることによって、自分も特別な存在だと証明されるという構造によって支えられている。グルが、聖者などではなく、聖者のふりをしたペテン師だということになってしまうことは、グルが特別でなくなるだけでなく、自分もまた、ペテンにかかったただの愚か者だということになって、何ら特別ではなくなってしまうことを意味する。
つまり自分が特別な存在でありたいという願望が、グルを信じ続けるしかないという状況に、その人を追いこんでいく。それを疑うことは、自分が生きてきた人生の意味を否定するようなものだからだ。
・そうした構造は、妄想性の精神疾患でも、しばしばみられる。何年にもわたって、自分が特別な存在だという妄想とともに生きてきた人は、薬物療法によって妄想が、妄想だとわかったとき、危機を迎える。それは、長年自分を支えてきた世界の崩壊に等しい。もう何も頼りにするものも、自分を支えてくれるものもない。ただ、自分が何年も妄想にとらわれて人生を無駄にしたという事実しか残らない。それはあまりにも残酷な現実と向き合うことだ。
・DV男に依存する女の心理も同様。
▼誇大な自己愛を育てた境遇とは(P60)
・麻原の学歴コンプレックス
・盲人の国では片目が見えれば王様
・自分より不自由な立場の者を思いやる心がなく支配することに歪な歓びを見出した。
・イジメの加害者になる子は、親との愛着が希薄で、誰に対しても信頼や親しみを感じない回避型の愛着を持つケースに多いことも知られている。
▼共感性の乏しさと支配する快感(P63)
・共感性が欠如し、他者との温もりのある絆を持たないものが他者と生活を共にする時、支配か利用かと言うあり方になりがちである。なぜなら、共感的な絆を持たない人にとって、一人の人間も、冷蔵庫やベッドとさして変わらない存在だからだ。

第三章:なぜ、あなたは騙されやすいのか(P64)

▼マインド・コントロールされた状態とは
・マインドコントロールされた状態にある人の最大の特徴は、依存性。
・主体的に考えることを許さず、絶対的な受動状態を作り出すことが、マインドコントロールの基本。
▼マインド・コントロールされやすい要因(P66)
①依存的なパーソナリティ
▼根底には強い愛着不安がある(P68)
▼依存性パーソナリティを生みやすい境遇(P70)
・親がアルコール依存症で、酒を飲むと、家族に絡んだり暴力を振るうため、子供は親が酒を飲み出すと、ハラハラしながら顔色をうかがっていると言う環境で育った人。こうしたタイプに人はアダルトチルドレンとも呼ばれる。
・母親にうつや不安定なパーソナリティー障害があり、いつ調子が悪くなって自傷や自殺企図をするかと、子供の方がいつもビクビクしながら暮らしていると言う状況
・過保護な環境で育った子供のケース
▼暴力をふるうパートナーにしがみつく心理(P72)
・その人が目の前からいなくなり、会うことができない期間が長く続くと、あっけなく状況が変わってしまうことがある。愛着不安が強いだけに、誰かに頼らないと自分を支えられないため、手近な別の人に、すがりつくと言うことが起きやすいのだ。
・目の前にいたときには、別れることなどを考えられないほど強い結びつきを感じていても、目の前からいなくなってしまうと、一人でいることに耐えられず、いともあっさりと、外に走ってしまうと言う場合もある。愛着不安が強いほど、そうしたことが起きやすい。
②高い被暗示性(P76)
被暗示性と結びつきやすいパーソナリティ:演技性・境界性
▼空想虚言と偽りの証言
・被暗示性の高い体質を共有していた家族の例
1988年ワシントン州;聖書キャンプの女性伝道者の「小さな女の子がお父さんから隠れているのが見える」と言ったことが発端。
・熱心なクリスチャンで共和党地方本部の代表者でもある警察官ポール・イングラムは、記憶回復療法を受けた娘のエリカから次のように告発された。
『父は、角のついたバイキングハットに似た帽子をかぶりガウンを着ていた。母を含めた悪魔崇拝の教徒たちが、全員で生後半年ぐらいの赤ん坊を順番にナイフで突き刺し、女性の教徒が死体を穴に埋めた。
乱交パーティが催された。父は私に、ヤギや犬とセックスするように強制した。母も動物とセックスをし、その様子を父がカメラに撮っていた。母は、棒で私の性器に傷をつけた。100回くらいは暴行を受けたが、ある時は、その後で父と母が私の体のうえに脱糞した。
生贄にされた赤ん坊は25人以上目撃した。また私が身ごもった赤ん坊をハンガーで掻き出し、手足をもぎ取ってその血まみれの死体を私の裸にこすりつけた。』
驚くべきことにアメリカの裁判所は、このような荒唐無稽な物語を根拠に、なにひとつ物的証拠がないにもかかわらず、悪魔崇拝の罪で父親を有罪にしてしまった
https://diamond.jp/articles/-/56277?page=2

③バランスの悪い自己愛(P85)
・もっと偉大な目的に身を捧げることで、自己の存在価値を取り戻そうとする。そこで掲げられるスローガンは、近代的な欧米型社会の否定としての理想郷の建設であったり、伝統的な社会の復活であったりする。つまり、西欧的な個人主義社会へのアンチテーゼが基調にあるのだが、皮肉にも、彼らを根底で衝き動かしているものは、敬虔な信仰や伝統的価値観に従うことではなく、むしろ自己に目覚めたがゆえに、平凡で、控えめな生き方では満たされない、肥大化した自己愛の願望なのである。
・ハインツ・コフート~理想化された親のイマーゴ:自らが神のような存在となることはできないが、神のような偉大な存在を崇拝し、その存在に自らの偉大な存在でありたいという願望を投影することで、間接的に満たされる自己愛の形。
・いびつな自己愛を抱え、自分を評価してくれない不当な現実に、憤りや不満を感じている存在にとって、理想化された存在に対する絶対的な崇拝は、生きる意味を与え、救いとなるのである。
④現在及び過去のストレス、葛藤(P89)
・もともとしっかりしているとみられていた人でも、挫折や病気、離別や経済的苦境といったことによって心が弱っているときには、マインドコントロールを受けやすくなる。
・1951年に公刊された洗脳についての古典的な著作で、エドワード・ハンターは、この事実を指摘している。洗脳を施そうとする者は、ターゲットとなる人物が、心のうちに抱えている不満や怒り、罪悪感、挫折感といった葛藤を嗅ぎだすと、それを煽り立て、燃え上がらせようとする。それまで潜在的な不遇感や不満に過ぎなかった、ぼんやりとした感情を、激しい憎しみや許しがたい怒りに変えてしまうのだ。そして、その怒りや憎しみの矛先を、既成の体制や価値観、敵対する陣営に向かわせるのだ。
それまで自分の欠陥や問題や罪だと思っていたことが、実は、既存の体制や敵側からの攻撃や不当な仕打ちの結果であると教えられ、格好のはけ口を与えられる。自分の問題に悩むよりも、不当な敵に憎しみを向け、復讐することに、自分の存在意義を見出すのだ。その結果、その人を苛んでいた自己否定から解放され、自分の価値を取り戻す機会を与えられる。
実は、自分の中の挫折感や罪悪感も、外なる敵のせいだとみなすことで、自分の問題に向き合うことを免れるだけでなく、復讐という大義を手に入れることで、生きる(死ぬ) 意味さえも取り戻せるのである。
ハンターも指摘するように、こうしたマインド・コントロールにおいてなされていることは、治療的な操作とまったく逆をいくものである。
治療的なプロセスでは、心にひそんでいる葛藤を自覚させ、言語化という理性的な操作を行うことで、感情の渦に巻き込まれない客観的な視点を取り戻そうとする。他者だけでなく、自分をも振り返ることで、自分の身に起きている事態を、対立を超え統合的に見ようとする。それによって、極端な思い込みや攻撃に走るのではなく、他者や外なる世界とのバランスの良い折り合いをつけようとする。
ところが、洗脳というマインド・コントロールでは、葛藤を拡大させ、感情という火に油を注ぎ、火だるまにしてしまう。そして、その怒りの炎を、「敵」に向けさせる。「敵」を作り出すためには、当人の心にひそむ不遇感や憎しみが、好都合なのだ。それは、火をつけるのに適した、乾いた新なのである。
⑤支持環境の脆弱さ(P91)
・周囲からの支えがあるときには、不当な支配や搾取をかわすことができる人でも、孤立し、安定した支え手が身近にいないと、相手をよく見極めずに助けを求めたり頼ったりしがちで、マインド・コントロールの餌食になりやすい。
かつて新左翼のセクトやカルト宗教がターゲットとしたのは、地方から都会へ出て来て一人暮らしを始めたばかりの青年たちだった。彼らは孤独だった。方言という壁があるため、学友たちと気楽に話すことさえ困難を伴う。田舎では秀才ともてはやされていても、都会の大学に出てくればただの田舎出の凡才に過ぎない。
・『安全基地』という拠り所を持たないものは、自ら進んでマインドコントロールの餌食になろうとすることさえも珍しくない。
社会の崩壊に直面し、身体的にも経済的にも安全を脅かされた状況で暮らしている人にとっては、武力や経済力を持つ集団に身を寄せることが、生存上有利であると言う場合もある。
・テロ集団に加担したといっても、すっかりマインドコントロールされた人ばかりではなかった。むしろ傭兵や出稼ぎ感覚で加わっている場合もある。生活費を捻出するため、アルバイト感覚で、自爆テロ用の爆弾作りを行っていた技術者もいた。
・この一連の変化は、生き延びるための『適応』の結果であり過酷な環境を生き延びるための選択変更だとも言える。環境と折り合いをつけるために最後の選択肢として信条や生き方を変えてしまうのである。
・アウシュビッツ収容所を生き延びた精神科医のヴィクトルフランクルは彼が絶望せずに生き延びることができた要因の一つとして、絶えず心の中で妻と対話していたことを挙げている。酷寒中、何時間も立たされながらも、彼はそのひどい状況について、妻に冗談交じりに話して聞かせていたと言う。
だが、その妻は既になくなっていた。フランクルがそのことを知ったのは、彼が解放されて自宅に戻ってきてからだった。妻も両親も、全て亡くなっていたのである。彼が心の中で、会話を交わしていた存在は、もう彼の心の中にしかいなかったのだ。もしフランクルが、そのことを知っていたら、生き延びることができなかったかもしれない。愛する存在との絆が支えとなって、彼を絶望と死から守ったのだ。

第四章 無意識を操作する技術(P97)

▼原初的なマインド・コントロール技術
・君主論:マキャベリ/振りをする重要性。最も信頼できる味方のふりをして、相手に心を許させれば、その行動を思いのままに誘導する事はたやすい。
・社会的知性=マキャベリ的知性
・恐怖による支配
▼暗示というマインド・コントロール(P99)
・直接的な説得よりも間接的な仄めかしのほうが、行動を誘導する力がある。
▼メスメリズムの隆盛と没落(P101)
・(アサシンの語源ともなった)中世イスラムの暗殺団ハシシンでは、催眠によって人を操り、殺人や自殺をさせていた。
・メスメリズム:催眠状態に導入するためには、施術者と非施術者との間に、ある種の信頼関係が必要⇒ラポール
▼催眠治療の発展(P102)
・ベルネームの偉大な功績は、催眠術の本質が暗示効果によるものだと言うことを見抜き、わざわざ催眠導入しないでも、暗示を与えることで、催眠術と同等の効果が得られることを、科学的に裏付けた。ならば暗示による催眠療法
・フロイトは、意識化、言語化を助けるために「解釈」と言う手法を使った。無意識から取り出された記憶の意味を、フロイトなりに分析し、解き明かした。
だが、相手の体験に、解釈と言う加工施すこともまた新手のマインドコントロールの方法に陥る危険をはらんでいた。相手が語る記憶を、一つ一つ別の意味に書き換えていくようなものだからである。実際、精神分析を受けた人は、ことにその方法が乱暴な場合には、まるで洗脳を受けたような状態を呈することも珍しくなかった。
▼クーエの自己暗示療法(P105)
・エミールクーエ(Emile Coué, 1857年2月26日 - 1926年7月2日)
・クーエの暗示:日々に、あらゆる面で、私はますます良くなってゆきます。
・クーエの自己暗示療法:劇的な効果をもたらしたのは心因性疾患だったが、ぜんそく、てんかん、脊柱側弯症、結核性髄膜炎などの疾患にもある程度の効果があった。完治またはコントロール良好になった。
・こうした治療を、クーエは一日十時間以上も行い、しかも診察代は銅貨一枚受け取らなかったという。七十歳近くまで、奉仕のために人生を捧げた。
クーエの自己暗示療法は、マインド・コントロールが善用される最たる例だと言えるだろう。しかも、それは、科学的根拠に基づいて行われた医学的な治療であり、信仰や祈祷の力による治療ではないということ。クーエは、問診と診察を丁寧に行い、医学的な診断もけっしておろそかにしなかった。
暗示療法について、もう一つ付け加えるべきは、大人よりも子どもに、都会人よりも田舎で暮す人に、より顕著な効果を生んだということだ。分析的で批判的な人よりも、素朴で信じやすい人たちに、この療法は向いているのである。
・クーエの診療所で働いていたマドモアゼル・コフマンという女性は、児童の治療を専門に行ったが、その効果は、師をも凌ぐものだった。彼女は、眼瞼下垂のため、七歳まで目が見えなかった子どもの視力を回復させたり、当時は、有効な薬もない結核性の病気を完治させるなど、文字通り“奇蹟"とも言える回復を引き起こしていた。
・彼女の治療は、その子どもを抱いて、優しく愛撫しながら、段々よくなっていることを語り続けるというシンプルなものだった。そして、親にも子どもが希望をもてるように、決して否定的なことは言わず、前向きなことだけを話すように指導した。また、本人が寝ているとき、耳元で、どんどん良くなっていると良い暗示を囁かせた。
今日の医学的知見から言えば、抱擁や愛撫と組み合わせることで、暗示療法による効果に加えて、愛着システムであるオキシトシン系を介した効果が相乗したと考えられる。オキシトシンは、抱っこや愛撫といったスキンシップによって分泌が高まり、抗不安作用や抗ストレス作用をもち、また免疫系や成長ホルモンの働きを活発にする。マッサージ療法などでも、その効果が裏付けられているが、それは、薬を投与するに勝るとも劣らない作用を及ぼし得るのである。
クーエが子どもの患者に対して行っていたように、「なおる、なおる、なおる……なおった」と、患部を撫でながら、一緒に唱えさせることは、決して非科学的ではなく、むしろ、消毒薬を塗ったり、必要もない薬を飲ませるよりも、ずっと医学的にも妥当性をもつ行為なのである。
クーエの自己暗示療法は、非常に簡便で、誰でも自分で行うことも可能である。今日も己暗示は、さまざまなセラピーや訓練に採り入れられている。
このように、マインド・コントロールの技術は、良い方向にも生かされ得るのである。

▼精神分析と転移(P109)
・フロイトは催眠的暗示法を放棄した理由の一つはその効果の持続性にあった。催眠的暗示法によって、症状が一時的に改善しても、また時間が経つと元に戻ってしまうことを再三経験した。このことは、現在も催眠治療の大きな課題となっている。重症の患者ほど安心による効果は長続きしない。
・もう一つの理由は、どうしてもうまく催眠に導入できない人たちが、少なからずおり、そういう人に催眠治療は使えなかったと言う現実的な問題があった。
・ 移転:治療が進むにつれ、患者は治療者に対して過度な理想化を示して執着したり、恋愛感情抱いたり、逆に反発してネガティブな感情を抱いたりするようになること。患者にとって重要だった人物に対する感情を、治療者に向けることによって起きる。
・陽性移転:理想化し好意を抱く場合
・陰性移転:怒りや憎しみというようなネガティブな感情を向けてくる場合
・逆移転:転移感情を向けられると治療者側にもそれに呼応する感情が生じる
・この移転をいかに扱うかが治療の成否の鍵を握っている
・精神分析における治療理論:精神分析での治療過程では、その人の症状(神経症)が良くなる一方で、転移に伴う状態(転移神経症)が出現する。今度は、この転移感情を扱い、それが自分にとって重要な人物への感情を映し出したものであることを自覚させ、それを克服することで、最終的な回復に至る。

▼転移を克服できないとどうなるのか(P113)
・この転移という現象は、悪用された不完全な治療としてのマインド・コントロールを理解するうえでも、非常に重要である。
異性の相談に乗っているうちに、互いに恋愛感情が芽生えて、結婚にまで至るということは、非常に多い。これは、精神分析的には、転移と逆転移という観点で理解することができる。それは自然発生的なもので、意図したものではないと言われるかもしれないが、世の中はそれほど単純でも無邪気でもない。
・ケースによっては、この転移感情を巧みに操ることによって、相手を籠絡(ろうらく)するという場合もある。つまり、逆転移を期待して、悩み事や相談を持ちかけ、そこから、恋愛に発展させていくと、いつのまにか相談した方が、相手を操っているということが起きる。無防備で善良で親切な人ほど、そんなふうに頼られ、悩みを持ちかけられると、何とか助けたい、力になりたいと入れ込んでいるうちに、いつの間にか恋愛感情に陥り、自分の家庭を捨ててまで、その人に尽くそうとすることも珍しくない。
・その典型的な例がカール・ユング:内面は非常に不安定な人。自分の絶対的な崇拝者や帰依者を必要とした。カルト宗教と似た構造が認められる。
▼出口のない転移が求めたものは(P117)
・問題と言うのは、実は一つの口実に過ぎなかったのだ。それを口実に、その人は、本当の家族を手に入れたかったのである。問題解決だけを目指す方法が、根本的症状や問題の解決をもたらさないのは、このためである。問題を解決できるかどうかなどは、大して重要ではなく、本当の目的は別だったのだ。ただ関わってくれる存在を、それも半永久的に自分のそばにいて、関わってくれる存在を求めていたのである。

▼催眠と転移によるコントロール(P119)
・催眠について長年信じられてきたひとつの常識:いくら催眠状態にあっても、その人の心情や道徳に反することにはブレーキがかかる、つまり、催眠によってマインドコントロールを行い、本人の利益に反するようなことや、周囲に害を及ぼすようなことをさせようとしても、そこで催眠が解けてしまうと考えられていた。
・(トゥレット症候群に名をとどめる)ジル・ド・ラ・トゥレットの実験:被験者の女性に催眠をかけ、刺したり、撃ったり、毒を盛ったりといった犯罪行為を、次々と行わせた。もちろん使われた剣やビストルや毒は本物でないように、あらかじめ細工されていたのだが、「フロアー一面が屍の山になるほど」の殺戮行為が行われたのだ。
・この結果は、催眠によって道徳観念さえも打ち破ることができることを示しているかに見えた。だが、この話には、その後にオチがあるのだ。公開実験が終わった後、学生たちがあるイタズラを思いついた。まだ催眠状態にある女性に、今彼女は部屋にひとりきりでいて、風呂に入る時間だと言い、服を脱ぐように命じたのである。ところが、女性は、激しいヒステリーの発作を起こすと、催眠から醒めてしまった。
この女性は、舞台の上での大量殺人が、危険を伴わない真似事であることを認識しており、高名な教授が期待する通りのことを行っていただけなのだと考えられる。言い換えれば、教授が危険なことを命じるわけがないという信頼感があったが、学生に対しては、そうした信頼感がなかっただけとも言える。
・このエピソードは、催眠状態にあっても、まったく意思決定能力が失われているのではなく、善悪判断力は保たれている根拠とされた。だが、そんな常識を覆す事件が、デンマークで起きる。

▼●▼なぜ男は銀行強盗を働いたのか(P121)
・1951年3月、首都コペンハーゲンの銀行に、36歳くらいの男が押し入り、窓口の出納係に拳銃を突きつけ金を出せとすごんだ。出納係が、ぐずぐずしていると、犯人は出納係の頭に向けて無造作に発砲し、もう一人に早くしろと迫った。その瞬間、誰かが警報装置のボタンを押したために、非常ベルが鳴りだした。犯人はもう一人にも向けて発砲すると、金を奪うことを諦め、銀行から逃走した。
・逃走に使ったのが、乗ってきた自転車だったうえに、目撃者がいたため、簡単に足がついて、容疑者は数時間後に逮捕された。捕まったのは、29歳のハードラップという名の機械工だった。男はあっさり容疑を認めた。ひどく稚拙で、短絡的な事件かと思われた。
・だが、さらに動機を追及されると、容疑者は、奇妙なことを口走り始めた。第三次世界大戦に備えるため、ある政党を設立したことや、万一戦争が起きれば、銀行強盗で手に入れた金を使って、選ばれた者を安全に避難させるのだという計画を真顔で語りだしたのだ。実際、容疑者の部屋を捜索してみると、その政党のユニフォームやポスター、彼の計画を裏付ける資料が多数見つかった。
・取り調べに当たった捜査員たちが不可解に思ったのは、銀行強盗を働き、二人の人間を殺害し、逮捕されているにもかかわらず、容疑者が取り乱した様子もなく、平然としていることだった。人を殺して、罪の意識を感じないのかと問われると、ハードラップは、感じないと答え、その理由は「神がそうするように命じたからだ」と述べた。
・ハードラップは、パラノイア(妄想性の病気)なのだろうか。司法精神科医のマックス・シュミット博士が呼ばれ、ハードラップと面接した。ハードラップは、銀行強盗という考えを、どこから思いついたのだと問われると、「守護天使からだ」と答えた。やはり、妄想にとらわれて犯罪を行ったのだろうか。
・実は、七か月前にも、別の街で、手口がそっくりの銀行強盗が起き、その事件の犯人はまだ捕まっていなかった。それも、どうやらハードラップの犯行に間違いないようだ。ところが、ハードラップの生活ぶりは質素で、銀行強盗で大金を手に入れたようには見えない。やはり裏に何かあるのではないのか。そもそも銀行強盗を単独犯で行うというケースは珍しい。共犯者がいるのではないのかと、警察は疑惑を強めた。
・そこに一人の男が浮上する。ニールセンという男が警察に出頭してきて、犯行に使われた自転車は、実は自分のものだと供述した。ニールセンは、訊問を受けたが、犯行への関与はもちろん否定し、自転車を貸しただけだと言い張った。
警察は、ニールセンの関与を疑ったが、何の証拠もなかった。それに、ハードラップも、二ールセンは何も関与していないと供述した。
ただ、ハードラップとニールセンには、濃すぎるほどのつながりがあった。二人には、どちらも前科があったが、二人は同じ刑務所に三年間も一緒にいて、その多くを同じ房で過ごしていたのだ。
・刑務所を出てからも、ニールセンは、ハードラップの周辺に付きまとい続けていた。ハードラップは、ニールセンの金づるになっていたのだ。彼は、自分の生活費を切り詰めてまで、二ールセンに金を渡していた。当然、ハードラップの妻べネットはニールセンを嫌っていた。二ールセンの言い分はまったく違っていた。彼は、ベネットがハードラップを操って、事件をやらせたのではないかと匂わせていた。
・シュミット博士は、ニールセンが何らかの心理的影響力によってハードラップをそそのかし、銀行強盗をやらせたのではないかと睨んでいた。ハードラップに真実を話させようとしたがダメだった。ハードラップは、ニールセンをかばい続けたのだ。
・そこで、シュミット博士は最後の賭けに出た。彼は、ハードラップに関する精神鑑定の結果をハードラップ自身に知らせ、このままでは、一生精神病院で過ごすことになると伝えた。
ハードラップの心に変化が起きたのはその直後だった。それまで真実を語ることに頑なに抵抗し続けてきたハードラップは、自らペンをとると、捜査担当官に18ページに上る手紙をしたため、自分の身に起きたことを告白したのだ。そこにはハードラップの不運な半生とともに、ニールセンとの異常なかかわりが綴られていた。

▼●▼絶望した理想主義者がすがったもの(P124)
・ハードラップは、元々育ちのいい、純粋で理想主義的なところのある若者だった。だが、そんなお人よしの性格が災いして、第二次大戦中、彼はナチスの片棒を担ぐことになり、終戦後の裁判で十四年の刑を受ける。刑務所に送られたハードラップは、すっかり絶望していた。そんな彼が刑務所で出会ったのが、ニールセンだった。
・ニールセンは、ハードラップとは異なり、犯罪にどっぷり染まった狡猾な男だった。ニールセンは、ハードラップが精神的な不安を抱え、救いを求めていることに気づくと、自分は東洋の神秘思想に通じていて、ヨガや瞑想にも詳しいからと、その手ほどきをするようになる。ハードラップはすっかりニールセンを信用し、彼の弟子となって一緒に映想し、呼吸法を実践するようになる。そうすることで、「神と一体になれる」というニールセンの言葉を信じたのだ。
・さらに、ニールセンは、ハードラップに催眠術を試みるようになる。そこからわかったのは、ハードラップがとても催眠術にかかりやすい体質だということだった。純粋で、人を信じやすい人は、催眠術にもかかりやすい。ニールセンは、毎晩のようにハードラップに催眠術を施した。
・催眠術をかけられるということは、施術者の意のままになることに自らを委ねるということだ。繰り返し同じ施術者から催眠術をかけられると、いっそう催眠にかかりやすくなり、心理的にコントロールされやすくなる。催眠を施す人は、もっとも善意の人でなければならない。その意味で、ハードラップは最悪の相手を、催眠の施術者として選んでしまったことになる。
・その手紙での告白以降、ハードラップは、自分がニールセンの意のままに操られていたことを認めるようになる。それで、一気に事態は急展開するかと思われたが、一通のクリスマスカードが、その流れを止めてしまう。それは、シャバにいるニールセンから、ハードラップに送られたものだった。再び、ハードラップは口をつぐんでしまったのだ。ニールセンの支配が、いまだに続いているとしか考えられなかった。

・そこで登場するのが、コペンハーゲン記念病院の精神科医ポール・ライター博士である。ライター博士に白羽の矢が立ったのは、彼が催眠術のエキスパートとして知られていたからだ。
・ハードラップは、ライター博士のもとに送られる。ライター博士は、ハードラップに催眠を施すことによって、ニールセンからの支配を打ち破ろうとした。だが、試みはうまくいかなかった。心理検査の結果は、ハードラップが極めて被暗示性が高く、催眠にかかりやすいことを示していたにもかかわらず、どうしても完全なトランス状態に移行することができなかったのだ。
・ハードラップが意識的に抵抗しようとしているというよりも、無意識レベルの抵抗が起きているようだった。催眠状態に移行しそうになると、おぞましい記憶が押し寄せてきて、ハードラップは覚醒してしまうのだ。
・考えられる理由は、ハードラップの無意識の領域に、いまもニールセンの支配が及んでいるだけでなく、他のものがそこに近づけないように、ニールセンが「鍵」をかけてしまっている可能性だった。
・こうした現象は、以前から知られていた。催眠術者は、トランス状態において、自分以外の者が催眠をかけようとしても指示に従わないように命じることで、たとえ別の誰かが催眠をかけようとしても、うまくいかないということが、起こり得るのだ。
ハードラップの場合、ニールセンから繰り返し催眠術を施され、強力なラボール(心的交流の土台となる信頼関係)ができていた上に、ニールセンは、万一ハードラップが逮捕されたときに備えて、他の者の意のままにならないように、念入りに暗示をかけていたのである。

▼●▼破られた「鍵」(P127)
・しかし、ニールセンが陰でハードラップを操っていたということを証明するためには、この「鍵」をこじ開けて、ハードラップの無意識を解放し、ニールセンがハードラップに何をしたのかを明らかにする必要があった。
・膠着状態を打開するため、ライター博士は、奥の手を使うことにする。強力な抗不安作用をもつ薬剤シトドンを注射したうえで、催眠に導入しようとしたのだ。すると、激しい抵抗が起き、ハードラップは恐怖に駆られたように叫んだが、突如、深いトランス状態に入った。ついに、鍵をこじ開けることに成功したのだ。
・ライター博士は、何度も何度も催眠に導入し、ついには薬剤の助けを借りずに、ハードラップを催眠状態に誘えるようになる。ニールセンの支配から、ハードラップの心を奪還したのである。
・こうしてハードラップは、ニールセンから何をされていたかを、逐一語り始めた。ニールセンは、ハードラップに特別なパワーが手に入るようになると言って、毎晩のように催眠術にかけた。ニールセンは、ハードラップを催眠術の練習台にして、その技をいたのだ。
・最初は簡単な指示によって、ハードラップの手足の動きや感覚を、思いのままに操って楽しんでいるだけだったが、そのうち、ニールセンは、ハードラップを思いのままに操る手の込んだ方法を使うようになる。ニールセンは、自分が「守護天使」の意思を伝える代弁者「X」だと、ハードラップに信じ込ませた。そして、守護天使の意思を実行することは、神のミッションであり、定められた運命なのだと思い込ませたのだ。
・こうして、ニールセンの言葉は、逆らえない神の思し召しとなったが、同時に、ニールセンは、その代弁者に過ぎなかった。ニールセンは、巧妙にも、「守護天使」の存在について他人に話してもいいが、代弁者「X」については、決して口外してはいけないと、ハードラップに命じた。ニールセンは、ハードラップを思い通りに操りながら、自分は、決して表に出ずに安全地帯』に身を置くことができたのである。
・途中まで、催眠術ごっこはハードラップの心をおもちゃにして、気慰みをするくらいのことだったのかもしれない。だが、根っからの犯罪者であったニールセンが、自分の操り人形となったハードラップの利用価値に気づかないわけがなかった。
・シャバに出ると、ニールセンは、もっともらしい理由をつけて、ハードラップのもっているわずかな金を巻き上げるようになった。ハードラップが出所するときにもらった慰労金700クローネの金も、そっくり差し出させた。ハードラップが機械工として働きだすと、200クローネの週給も巻き上げた。
・ハードラップの家族は、騙されていることを、どうにかわからせようとしたが、ニールセンが、「天上の王国では家族など無意味だ」と言って、家族を捨てるように命じると、その通りにした。
・ニールセンが、ハードラップに、自分が選んだ女と結婚するように命じると、ハードラップはその命令に従った。結婚式の前に、ニールセンは、それが神への献身だと言って、自分が花嫁と寝ることを認めさせた。花嫁は、ニールセンの正体に薄々気づいて、夫に、ニールセンとの付き合いを断つように忠告したが、夫は聞き入れなかった。
・ニールセンは、小金を巻き上げるだけでは飽き足らなくなり、ハードラップに銀行強盗をやらせることにする。さすがにハードラップが二の足を踏むと、ニールセンは、一緒に瞑想をしたり、催眠をかけたり、「守護天使」がそれを望んでいると言って説得したりして、ついにハードラップをその気にさせる。
・それでも、一回目の犯行の当日、ハードラップが躊躇したため、ニールセンは、もう一度一緒に瞑想し、気持ちを奮い立たせねばならなかった。犯行は成功し、奪った21000クローネを、ハードラップは指示された場所に隠した。もちろん、それはニールセンの懐に収まった。
・半年もすると、その金を使い果たしたニールセンは、また、ハードラップにたかり始める。もっとニールセンに金を渡せるように、家賃の安いアパートに変わるようにとさえ命じた。もちろん妻は反対した。すると、ハードラップは、離婚すると言って妻を黙らせた。それも、二ールセンからの指示だった。
・それでも足りないかのように、「神への献身」を試すと言って、もう一度ハードラップに妻を差し出すように言う。妻はもちろん拒否した。ニールセンが無理やり妻と関係している横で、ハードラップは何もせずに黙って見ていたという。
・ニールセンは、新たな銀行の襲撃計画を立てる。いざという時に、妻が後ろで手を引いたように見せかけるために、銀行の周辺の地図を妻に描かせるようにハードラップに指示していた。その上で、ハードラップにあの事件を起こさせたのだ。こうしてライター博士は、ニールセンが、ハードラップを操って犯罪を行わせていた全容を明らかにしたのである。
・だが、それをどうやって、証明すればいいだろう。裁判で、そのことをどうやって陪審員に納得させることができるだろう。ことに壁となったのは、催眠術から醒めた後でも、果して行動のコントロールが起きるのかということである。

▼●▼証明された催眠後効果(P131)
・ライター博士は、諦めなかった。催眠がかかった状態でなく、催眠後の状態であっても、マインド・コントロールが起きることを証明するために、彼は次のような実験を行った。
・ハードラップに催眠をかけ、「P」という言葉を聞くと、トランス状態に入るように指示した。そして、催眠から醒めて、まったく無関係なことをしているとき、突如「P」と囁いたのである。すると、その瞬間、ハードラップは、トランス状態に入った。ときには、ハードラップが収容されている監房に電話をして、ハードラップが電話口に出るなり「P」と囁いた。その瞬間、ハードラップは、電話を取り落とし、そのままトランス状態に入ったことが確認された。
・こうした事実を積み重ねて、ライター博士は、ハードラップの犯行が、ニールセンのマインド・コントロールによるものであることを証明しようとした。ライター博士の法廷での証言は、七時間にも及んだ。
・裁判は、ニールセンの関与を認め、ニールセンに終身刑を言い渡した。だが、ライター博士の努力もむなしく、ハードラップも生涯精神病院に収容されることになった。
・この事件は、いくつかの点で、世間のみならず専門家をも驚かせた。一つは、催眠状態ではなく催眠後の覚醒状態であっても、催眠中に与えられた指示によって、行動がコントロールされるということである。しかも、その効果は、かなりの長期間持続したことになる。
もうひとつは、本人にとって道徳的、信条的に望まない行為であっても、巧みに操ることによって、その壁を突破することができるということである。
※この事件を題材にした映画:ガーディアン・エンジェル 洗脳捜査X
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▼関心を示した諜報機関(P132)
・催眠を諜報活動や謀略に利用できないかというアイデアは、米軍の一部にあった。ヒトラーを暗殺することはできないか、戦略軍務局(OSS)は真剣に考えていた。
・中心的な役割をになったのは、アメリカ軍の軍医JGワトキンスだった。彼は催眠をかけた兵士たちを、自在に操ってみせた。兵士は、目の前にいるのは敵だと言われると、実際には、相手が上官であっても、猛然と踊りかかっていった。あまりにも暗示の力が強力だったため、止めさせるには三人がかりで引き話さなければならなかったほどだ。
・さらに、効力が期待されたのは、訊問の場面に於いてである。ワトキンスは被験者を催眠にかけ、質問をしているのが被験者の上官だと思い込ませることで、どんな情報でも容易に聞き出すことができることを、公開実験の場で示した。

▼ヒプノティック・メッセンジャーの可能性(P132)
・催眠にかかった使者:諜報機関の工作員は催眠にかけられた上で、極秘の情報を与えられ、特定の人物が合言葉となるフレーズを言ったときだけ、その情報を思い出すことができると言うふうに鍵をかけてしまうそして催眠をかけられた事は忘れるよう指示される。
催眠から覚醒した工作員は自分が教えられた情報の事はおろか催眠をかけられたことさえ記憶にないので、たとえ敵側につかまって、拷問や尋問を受けても、極秘の情報のことを思い出しようがない。仮に敵が、工作員に催眠をかけ、情報を引き出そうとしても、鍵を開けるための特定の人物の情報や合言葉が分からなければ、どうすることもできない。

▼CIAのグルと呼ばれた男(P135)
▼催眠状態で高まる記憶力(P138)
▼天才ミルトン・エリクソンと催眠(P140)
▼悪用されるエリクソンの技法(P143)
▼ダブルバインドによる誘導(P145)
・ダブルバインド:何かをやってほしいとき、それをやるかやらないかではなく、やることを前提とした選択肢を用意して、質問するというやり方だ。
選択肢が提示されるのだが、どちらを選んでも、結局同じ結果に誘導されることになる。・例えば、子供に勉強をさせたいときに、露骨に「勉強しなさい」と言ったところで、あまり効果はない。強要されたと感じると、人は本能的にそれを抵抗しようとする。「国語と算数とどっちからやろうか?」「宿題、ママと一緒にやる?それとも、一人でやる?」と訊ねると、子供は、大抵どちらかを選び、すんなりと勉強に取り掛かれる。
・とにかく、「~する」と答えさせることが重要。自分から「する」と意思表明をすると、行動への抵抗は突破されたも同然なのである。
▼抵抗を取り去る技法(P148)
・依存性パーソナリティの人は、強引な人や押しの強い人を選ぶ。命令や押しつけに逆らえず、相手の言いなりになりやすいだけでなく、自分の命令し強引にふるまう人に敬意を抱きさえする。
・曖昧な言い方のほうが無意識に届く
▼相手の抵抗を利用する技法(P152)
・こちらの困っている状況を描写して、こちらの立場に視点を切り替えさせ、同情をひきながら、話の糸口を見つけることもできる。どちらも、相手が抵抗していることを、否定的には受け止めず、むしろ敬意を払っているということだ。抵抗は、抵抗すると、さらに強化されるが、そのまま受け入れられ、敬意を払われると、逆に弱まる。こうした揺さぶりをかけると、最初はかたくなに抵抗していた人も、無血開城に至るものだ。

▼コントロールしないコントロール(P154)

第五章 マインド・コントロールと行動心理学

▼マインド・コントロール技術はロシア革命から(P159)
・レーニンとイワン・パブロフ
▼条件付けの原理と活用(P161)
▼等価的段階と逆説的段階(P161)
▼条件反射を消す方法(P166)
・例えば、禅宗の修行でも、導師が弟子に対する接し方は、きわめて理不尽で、ほとんど無意味な虐待に近いという。その理不尽さと虐げることに意味があるのだ。新しい境地にたどり着くには、もっともらしい知識や肩書など何の役にも立たず、赤子のように無力だと感じる極限状況が必要なのだ。宗教的修行と洗脳が、紙一重の行為であり、解脱も洗脳も、そこで起きていることは、既成の価値観の消去だという点では共通するのである。
▼古典的条件付けからオペラント条件付けへ(P169)
▼「別人」になった枢機卿(P173)
▼朝鮮戦争の捕虜たちの身に起きた奇行(P176)
▼帰還捕虜の調査から明らかになったこと(P178)
▼全体主義の心理学(P183)
▼洗脳技術の開発(P187)
▼感覚遮断の悪夢(P188)
・ヘブ博士の実験は、感覚遮断が、見当識障害や感覚障害だけでなく、幻覚や被害妄想を引き起こすことを明らかにした最初のものとなる。
▼洗脳の原理の発見(P190)
▼情報負荷に左右される脳機能(P192)
▼記憶を書き換える技術(P193)
▼東西融和と洗脳研究の衰退(P205)
▼サブリミナル効果(P206)
▼新しい可能性の登場(P208)
▼究極の兵器としてのマインド・コントロール(P210)

第六章:マインド・コントロールの原理と応用(P214)

▼マインドコントロールの原理と応用
①情報入力を制限する、または過剰にする~外界から隔離する
②体も脳も慢性疲労状態におき、考える余力を奪う
③その上で、確信を持って救済や不朽の意味を約束する。隔離、疲労により、それらはいっそう光輝く希望に感じる
④人は自分を承認してくれた存在を裏切れない。暴力団員が巷の若者を闇の世界に引きずり込むなどの場合も、その力の源泉は、自分をのことをわかってくれた、という思いであることが多い。
⑤自己判断を許さず、依存状態におき続ける

▼第一の原理:情報入力を制限する、または過剰にする(P216)
・脳に対して入ってくる情報を制限すると、人々は情報に飢える。
・外界からの情報を遮断することで、その後にやってくるわずかな情報に敏感に反応するようになる。
・被洗脳者が主体的にその情報を選び取るというプロセスを生みやすい。
・新しい行動パターンや思考パターンを植え付けるのに使われる。
・反対に、情報を過剰に入力すると、主体性が失われる。
・人間は多くの情報に触れると、脳みそがオーバーフローを起こす。
・そこで、さらに情報を与えてやることで、不安や苦痛を高めつつ、脳を疲れさせ、正常な判断力を失わせるのである。

▼第二の原理:脳を慢性疲労状態におき、考える余力を奪う(P221)
・第1の原理の効果効能を強化させるために行われる。被洗脳者に対して過度なストレスを加える。不眠状態にしたり、低栄養状態にさせる。なんのためにこんなことをするのかというと、脳内伝達物質の分泌を阻害させ、さらに判断能力を奪うためである。すると、洗脳者側に都合の良い意見をのませやすくなる。入眠中の睡眠を妨害するというわかりやすい方法だけではなく、自己啓発セミナーや真理探求のための活動を朝から深夜まで行うことによって、気づかぬうちに疲労困憊状態にさせていくという手段を取ることもできる。
▼第三の原理:確信をもって救済や不朽の意味を約束する(P229)
・被洗脳者に対して、救済措置を与える。
▼救済を"約束" する存在としての救世主(P231)
・救世主とは、人々を現実的に救うというよりは救いを約束するという構造を持つ。
⇒条件付きの救い(いついつになれば……何かをすれば……)
▼普遍的な価値への飢餓(P233)
▼信じる力を活用する(P234)
▼第四の原理:人は愛されることを望み、裏切られることを恐れる(P235)
・人は自分を承認してくれた存在を裏切れない
・「愛情爆弾love bomber」
集中砲火を浴びせるように、信者たちが入信候補者に対して、「愛してます」と言い続ける。照れくさいような気持ちとともに、自分が受け入れられ、大切に扱われているという感情に満たされるようになる。自分をこんなにも愛してくれる存在が、悪い存在であるはずがないと、理性よりも本能がそう思うのだ。
▼第五の原理:自己判断を許さず、依存状態に置き続ける(P242)

第七章:マインド・コントロールを解く技術

▼「それを望んだのは私」
▼デプログラマーの登場
▼依存症と似た状況
▼もし身近でそうしたことが起きたら
▼ゾンビのような表情は抵抗の表れ?
▼カルトとデプログラマーの閲ぎあい
▼脱洗脳にひそむ危うさ
▼変化した空気
▼強制的介入が許される場合
▼救出カウンセリング
▼両価的な気持ちを明確化する
▼依存する気持ちの根底にあるもの
▼つながりの回復
▼自己価値を回復する

以上


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