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揺さぶられる定食屋

下町にある定食屋。
ふらっと入った男性。
 
中に入るとレジの隣に、
年配の女性店員。
 
水とおしぼりを置き、
すぐに定位置に戻る。
 
(いらっしゃいませも言わないのかよ。
 こういう店ってあじ愛想あいそで、
 やってかないといけないんじゃないの?
 
 俺しか客いないし…
 そんなんじゃつぶれるよ。
 
 まあ、いいや。
 
 何にしよう…時間がないから、
 すぐ出てくるのが良いんだよなあ。
 
 ランチ…ねえのかよ。
 
 じゃあ、しょうが●●●ない。
 生姜焼き定食だな。
 
 うわ~偶然出てきたオヤジギャグ。
 
 これ誰かに言ったら、
 どんな顔するかなぁ…
 
 おい!!
 何だよ!
 
 定員、めっちゃにらんでんだけど!
 
 え?!
 れてた?
 
 無意識に俺のオヤジギャグ?
 
 まだ、にらんでるよ!
 何で、客をたのむんだよ!
 
 頼みにくいだろ…
 
 って、ヤバい!時間!時間!)
 
「す、すいません!」
 
女性店員は睨んだまま、
こっちへ向かって来た。
 
「あ、あの生姜焼き定食をひとつ」
 
女性定員は復唱ふくしょうもせず、
そのまま厨房ちゅうぼうの方へ消えていった。
 
(愛想がない上に高圧的って…。
 
 だからこんなにさびれた感じなのか。
 あんなんじゃ、客も逃げるわ)
 
ドンッ!
 
目の前に女性定員が立っていた。

そして、また無言で定位置へ戻った。
 
(ビックリした~!!
 え?!もうできたの?!
 はやっ!!
 
 尋常じんじょうじゃない早さじゃん!
 
 これ、ちゃんと作った?
 作り置きじゃねえだろうな…
 
 って、おい!!
 これ、親子丼じゃねえか!!
 
 いや待て…よく見ろ…。
 
 もしかしたらこれが、
 この店の生姜焼きなのかも…
 って、そんなことあるか~!!
 
 どう見ても鶏肉だよ!
 しっかりでとじられてるよ!
 
 しかも器はしっかりだよ!!
 うたが余地よちもないよ!!
 
「すいません!!」
 
女性定員が一息、
ため息付いてからやってきた。
 
「これ…頼んだものと…
 違うんですけれど」
 
なぜか女性定員を、
刺激しげきしないよう丁寧ていねいに言った。
 
すると…
 
こっちの方が…あんたに合ってるよ
 
そう言い残し、また定位置へと戻った。
 
(???
 合ってる?
 
 どういうこと?
 俺の顔が親子丼顔ってこと?
 
 親子丼を
 食いたそうな顔をしてたってこと?
 
 いやいや、そうじゃない!
 おかしな思考になってる!
 
 これは明らかにあっちのミス!
 注文と違うんだから!)
 
「あの!すいません!」
 
ダルそうに女性定員がやって来た。
 
「これ頼んでません!
 俺が頼んだのは生姜焼き定食!
 合ってる合ってないの問題じゃなく!」
ないよ…
 
「は?」
「生姜焼き…ないよ」
 
「ええ~?!
 生姜焼きないの?!
 いや、メニューにあるじゃん!!
 !!
 
「いらっしゃい」
 
ひとりの女性客が入ってきた。
 
(俺の時は挨拶あいさつもしなかったのに…
 
 …いやいや待て待て!
 何、勝手に接客してんだよ!
 
 こっちが先だろ!) 
 
親子丼で
 
(あの女性、常連?)
 
厨房へ消えていった女性定員。
 
(お~い!!
 ここにあるよ、親子丼!
 
 これ、温め直して出せよ!!)
 
消えたと思った女性定員が、
すぐに料理を持って戻ってきた。
 
生姜焼き定食、お待ちどう
 
(うおいっ!!
 あるじゃねえか、生姜焼き!!
 
 ていうか俺にそれを寄越よこせよ!!)
 
あの…私、これ頼んでませんけど
 
(だよね!
 わかる!その気持ち!
 
 なぜなら、経験済みだから)
 
あんたには…これが似合うよ
 
(誰にでも言うんかい!!)
 
「ちょっと!!
 さっきから何なんだよ!
 
 普通、客の注文通りに、
 料理を提供するのが店ってもんだろ。
 
 何で俺の頼んだ注文がそっちで、
 彼女の注文したものがこっちに、
 来てんだよ!」
なかったんだよ…
 
「はっ?!」
さっきは豚肉がなかったんだよ…
 
「はあ?」
親子丼作ったら…
 奥から豚肉が出てきたんだよ…

 
「いやいや、俺はわかるとしても、
 じゃあ、彼女へは親子丼作れよ!」
一人分しかなかったんだよ…
 
「どんな店だよ!
 1日1食限定か!」
 
無表情だった、
女性定員の顔が急に●●ニヤけた。
 
(なになに?!怖い!)
 
アゴで私に合図を送ってくる。
 
(??)
 
今度は指で女性客の方を差し、
親指と人差指をくるくる回す。
 
彼女と?交換?
 
いやらしい顔でイケよと、
言わんばかりの顔をしている。
 
(俺が行くの?
 なに、その顔?
 
 話しかけるチャンスってこと?
 
 確かによく見ると、
 パッと明るいイメージの、
 可愛らしい人だけど…。
 
 絶好の機会だから、
 行けって言いたいの?)
 
女性定員はとがらせた口唇で、
もう一度、イケよと催促さいそくしてきた。
 
「あの~」
「はい」
 
よろしかったら、
 僕のと交換しませんか。

 
 実は僕は生姜焼き定食を、
 頼んだんですけど、
 親子丼が来てしまって…
 
 あなたは親子丼を頼んだのに、
 生姜焼きがきたみたいですから、
 ここは交換してみたらどうかな~って」
お断りします
 
「へぇ?!」
「私、お店に入っていた時、
 あなた、凄い剣幕けんまく怒鳴どなってましたよね?
 
 私、見てました。
 
 あなたの口から、
 大量のツバ●●が飛んでるところ

 
「ええ!!」
「私、急ぐのでこのまま、
 生姜焼き定食を頂きますので、結構です」
 
レジを振り返ると女性定員が…
腹を抱えて笑っていた。
 
(あいつーー!!
 
 ◯◯◯◯◯!!
 
 あっ!ヤバい!!
 もう、時間が!!
 
 急がないと!!)
 
怒りと悲しみに任せ…
冷めた親子丼をかき込んだ。 
 
(美味いじゃないか…
 でも…ちょっとしょっぱいな…
 なんでだろ…)
 
グスッ
 
親子丼を無理やり腹の中に押し込み、
大慌おおあわてでレジへと向かう。
 
すると…無表情の女性定員がつぶやいた。
 
おにいちゃん…
 おだいはいいよ

 
「あんた、何がしたいんだ!!」


 このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

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