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掌編小説(10)『レコーディング・オン・0228』

 ロクでもない野郎ってのはどこにでもいるもんさ。
 俺の住む街にもそんなバカがいる。真っ昼間っから酒をかっくらっては猛スピードで車をぶっ飛ばし、そこら中に酒瓶をぶん投げる。
 公道、カフェのテラス席、絶賛歩行者天国となったメインストリートもみんな、あいつにはダストボックスに見えるんだろう。教会のステンドグラスを割ったのも、きっとあいつに違いない。
 俺を除けば、面と向かってあいつに文句を言うものなど誰ひとりいやしないよ。まあ、無理もないがな。

 あいつはかつて、高校バスケのスター選手だった。
 その頃はまだ健康だったあいつの家族やスラムの連中と、試合のたびにわざわざ楽団を組んでは応援に繰り出したもんさ。
 才能はあるくせに気優しい性格のせいか、いつも遠慮がちにコートの端を走っていたよ。それでもあいつがレギュラーでいられたのは、あいつの打つシュートがそれは見事なもんだったからさ。
 どんな体勢であっても、あいつがひと度シュートを打てば、ボールはリングに触れることもなく、音もなくゴールに吸い込まれちまう。それを見るたびに、あいつを誇らしく思ったもんさ。相手チームのやつらだって、思わず拍手を送ってしまうほどだった。
 そんなささやかな日常ってやつの一切合切が、この数年でウソみたいに綺麗さっぱり無くなっちまった。薬品事故かなにからしいが、とんだ迷惑だよ。
 これが映画かなんかなら、ヒーローが現れて瞬く間に解決しちまうんだろう。ラストシーンでそいつは、とびきりの美女を抱えて空の彼方に飛び立つのさ。
 ところがそうはならなかった。ならなかったのさ、ちくしょう。

 あいつは七日に一度、引き金を引く。撃鉄にケツをぶっ叩かれた弾丸がウジの湧いた脳天を貫くのさ。古い顔馴染みもいるだろうが、そんなことに構ってなどいられない。情けをかければ、明日のお天道様はおがめないからな。
 動かなくなった生ける屍は三日も経たずに仲間の腹の中に収まっちまう。それまでの日々を、あいつは日がな一日泣き暮らす。そしてあとの数日を派手に飲んだくれているうちに、またその日がやってくるのさ。
 イカれた話だと思うか? もしそう思うなら、明日にでも観光に来ればいい。ピクニックよろしくカゴにサンドウィッチでも詰め込んで、鼻歌まじりにその辺をうろついてみな。手に提げた安物の竹かごが、日暮れまでにはあんたの棺桶になるだろうよ。
 それにこの街には犬が何頭もいてな、そのほとんどは目ん玉が腐ってるんだが、かわりにやたらと鼻がききやがる。捕まった日には、骨まで残らず喰われちまうだろうな。

 昨日、夜の公園であいつを見かけた。俺は久しぶりに会話ってやつをしたくなった。こんな生活をしていると、自分が生きているのかどうかも曖昧になって困る。たまには人間らしいことをしたいと考えたんだ。
 あいつはバスケットコートでひたすらフリースローの腕を磨いていたよ。
 俺はダンクのひとつでも決めてみろよと挑発した。するとあいつは、泣き跡のついた顔でつまらなさそうに笑ったよ。
「叩きつけるってのが好きじゃないんだ。知ってるか? フリースローの機会ってのは、相手がペナルティを犯してはじめてやってくるのさ。気弱な俺は、それまでの退屈な時間をコートの隅でやり過ごしてる」
「とんだ馬鹿野郎だぜ。てめえは」
「あんたにだけは言われたくないね」
 あいつの手を離れたバスケットボールが美しい放物線を描く。それを目で追いかけているすきに、あいつはどこかに消えてしまった。
 どこからか犬の遠吠えが聞こえる。運動エネルギーを失ったボールが地面を力なく転がる。泥で汚れてやつれたように見えるのは、俺たちもボールも変わらない。
 一度放たれれば真っ直ぐゴールに向かって飛んでいくボールとは違って、同じところをクルクル回ってばかりいる俺たちは、あの犬どもと同じなのかもしれないな。
 それでも負け犬にだけはなりたくないと、あいつも俺も、そう思っている。

***

このお話は2月28日の『バカヤローの日』にちなんで、「馬鹿野郎』をテーマに書きました。

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