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24:それでも孤独は怖い

こんにちは、yuyaです。

今回は、引きこもりと関連の深い話題であろう、孤独という観点について、感じていたことをまとめました。

孤独が好きな自分

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とにかく楽です。

ルールなど要りませんし、気を遣う相手もいません。

予定があっても無いようなもの。

すると決めたことをやらなくても、誰にも怒られません。

誰にも怒られないから、予定を立てなくなります。

時間が守れなくなるので、時計は気にしなくなります。

お腹が空いたらご飯を食べて、

眠たくなったら寝る。

出掛けたい時に出かけて、気が向いたら変える。

時間もお金も自由です。

他人の意見が聞こえてこないから、常に自分の考えで行動できます。

欲しいものがあれば好きなだけ悩んで買わないことができます。

映画館に行ってグッズを流し見して帰ることができます。

なんの用もないのにデパートに出かけて、急な買い物をして散財することもできます。

誰にも行動を止められません。

止めてくれる人がいないのです。


孤独が嫌いな自分

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街ゆく人は皆笑っています。

誰かと話しているのでしょう。

1人では入りづらいお店が多々あります。

お腹が空いていても我慢です。

買い出しの荷物は駐車場まで常に持ち歩きます。

トイレに行くのも容易ではありません。

買いたいものを悩んでも、相談相手がスマホしかありません。

しかも商品名を調べると、出てくるのは通販か販促ページばかり。

自分の写真がありません。

撮ってくれる人がいないからです。

自分の思い出がありません。

共有できる人がいないからです。

ねえあれ取って。

ちょっと待ってて。

これどう?

こんな会話さえできない自分が腹立たしくなります。

相手が同性でも、異性でも、一緒にいるのが辛くない人がいれば、ただそれでいいのですが。

「孤独でいるなんて」と考えてしまう

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この時点で、誰か一緒に過ごせる人が欲しいと望んでいる自分には、とうに気付いていました。

ですが、やはり他人と過ごす時間は息苦しい。

楽しく話せていたとしても、その空気を続けなければいけないのではないかという、圧迫感が常に自分を襲います。

楽しくないのです。単純に。

ですが、人と過ごせない自分を責めるには、あまりにも十分すぎる価値観が、世の中には蔓延しています。

私は社会に生きています。

仕事をしなくては生きていけない身分です。

だからこそ、業務として人と接することは避けることができません。

ですが、プライベートは別です。

避けることができてしまうのです。

「あいつは付き合いが悪い」

そのように思われる可能性はとても高いですが、それでも他人とは一緒にいられない。

そして、こんな風に考え事をしている自分がより一層、惨めに感じてしまいます。

こんなことを、引きこもりから脱してもよく考えていました。

人付き合いは上手くなければいけない。

この価値観は、どうしたら崩れ去るでしょうか。


つづく