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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session61】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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Prologue05
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Index

※前回の話はこちら

2016年(平成28年)08月13日(Sat)

 お盆に入り各交通機関では帰省するひと達で溢れ返っていた。この日から学はみずきに誘われ、再び「東北被災地の旅」へと旅立つことになったのだ。学は朝早く家を出て東京駅へと向かった。
 東京駅ではみずき、みさき、ゆきと朝8時に待ち合わせをしていた。そして学は、待ち合わせをしていた東京駅の「銀の鈴」に到着したのだった。

倉田学:「おはようございます皆さん。朝から混んでますねぇ」
美山 みずき:「おはようございます倉田さん。また宜しくお願いしますね」
ゆき :「倉田さん、おはようございます。夏もまたお願いします」
みさき:「おはようございます倉田さん。今回は、わたしの故郷にも行きますからね」

 そうみさきが言うと、傍にはみさき一家も見送りに来ていたのだ。みさき一家は今回の「東北被災地の旅」に行きたい気持ちもあった。しかしお金の工面や故郷を想う家族それぞれの気持ちの違いから、今回は行くことを断念したのだ。そしてみさき一家はその気持ちをみさきに託したのだった。だからみさきは今回の「東北被災地の旅」には特別な思いがあったのだ。
 それは自分の生まれ育った福島県 南相馬市や福島第一原発事故としっかり向き合おうと言う、強い決意があったからだった。こうして全員が揃い、学たちは一路、仙台駅へと東北新幹線で向かったのだ。東京駅のホームでは、みさき一家の勇気、初枝、敏夫が列車の発車するのを見守っていた。学たちは指定席に座り、勇気、初枝そして敏夫の方を観て電車が発車するのを待っていたのだ。
 皆んなの思いがそれぞれ交錯し、これから4泊5日と言う「東北被災地の旅」がどうなるか、不安と期待が織り交ざり込み上げてくるものがあった。その時だ、みさきのスマホにLINEメッセージが入ったのだ。それに気がついたみさきは、慌ててスマホのLINEメッセージをみた。その内容とは勇気からの次のようなメッセージと、中島みゆきの『ホームにて』と言う唄の音声ファイルであった。

古澤勇気:「お姉ちゃん、僕は故郷に行けないけど・・・。僕はここから、お姉ちゃんを見送るよ」

 このメッセージと中島みゆきの『ホームにて』を聴いたみさきは、勇気や両親の方を観て涙を浮かべ、そして作り笑いをして見せたのだ。一緒に電車に乗っていた学やみずきそしてゆきも、みさきの気持ちを察したのか少し切ない気持ちになり、一緒になってホームで見送るみさき一家に手を振ってこころ通わせたのだった。こうして「東北被災地の旅」は始まった。学たちはシートを向かい合わせにして、学の隣にみずき、そして向かいの席にみさきとゆきが座った。するとゆきが何やらトランプを出しこう言ったのだ。

ゆき :「皆んなでトランプしませんか?」
みさき:「わたしは構わないけど」
美山みずき:「倉田さんもやりますよねぇ?」
倉田学:「僕ですか? 僕、トランプ得意じゃないから」
ゆき :「倉田さん、ババ抜きとかだったらどうですか?」
みさき:「そぉーですよ。倉田さん、心理カウンセラーだからこういうの得意でしょ!」
美山みずき:「ババ抜きなら、こころ読まなくてもいいし。それにひとを観察するの得意でしょ! 倉田さん」

 学は三人からここまで言われて、断る事など出来なかった。そして内心こう思っていた。

倉田学:「僕はひとのこころは観察するけど、それは時と場合によるんだよねぇ」

 そう思いながらも四人でトランプをしたのだ。そして何度かババ抜きをしたのだが、学はかなりの確率でババを引き抜き負けてしまった。するとゆきが学にこう言ったのだ。

ゆき :「倉田さん。心理カウンセラーなのに弱いじゃないですか?」
倉田 学:「いやー、それを僕に言われても」
みさき:「倉田さん。手を抜いてるんですか?」
倉田 学:「「いやー、僕はそんなことしませんよ」

美山みずき:「倉田さん、わかった。次に倉田さんが負けたら、ゆうのお店『石巻駅前 Café&Bar Heart』で、ボトル入れて貰いますから」
倉田学:「えぇー、みずきさん」

 こうしてラスト一回のババ抜きの勝負が始まった。学は真剣だった。それは冬にゆうのお店で学がウイスキーのボトルを入れようとして値段を訊いたとき、学の想像を遥かに上回る金額だったからだ。だから学はどうしても負けたくなかった。そして手持ちのトランプのカードが一枚減り、二枚減るに従い緊張が増していくのであった。次第にカードが減り、次に学がゆきのカードを引くとババは学の元にやって来た。
 そしてとうとう学の手元には、残りニ枚のカードになってしまった。どうにかしてババを次のみずきに引かせるしかない。そこで学は作戦を考えた。自分の手札を自分で観てしまうと、自分の反応(表情・感情・仕草)が読まれる可能性がある。敢えて学は、自分の手札を観ないで引いて貰うことを思いついたのだ。学は二枚のトランプを切り、眼をつぶってみずきにトランプを引かせようとした。そしてこう言ったのだ。

倉田学:「僕のこころも表情も読めませんよ。だって僕は眼をつぶっているのだから。さあぁ、どちらかのトランプのカードを引いてください」

 学は自分で、この作戦は行けるんじゃないかと思っていた。それは確率的に50%で、野球で言えば5割と言う高い確率だからである。しかしみずきは学の言葉を聴いて勝ったと思った。それは学が眼をつぶっていることがわかったからだ。だからみずきは学に気づかれないように、学の持っているのトランプのカードを横から観て、そしてジョーカーではない方を引いたのだった。それと同時に学は眼を明け、自分の手元に残ったカードを観たのである。するとそれは案の定、ジョーカーであった。学の作戦は失敗し、そして負けてしまったのだ。するとみずきは学にこう言ったのだった。

美山みずき:「倉田さん。それって『頭隠して尻隠さず』って言うことわざと同じですよ」
倉田学:「えぇ、どう言うことでしょうか?」
美山みずき:「倉田さん。倉田さんは自分のトランプのカードを観ていなかったかも知れませんが、わたしが倉田さんの代わりに観ときましたから」

 この言葉を聴いた学は気がついたのだ。そしてみずきにこう言った。

倉田学:「みずきさん、それはずるいですよぉ」
美山みずき:「でも倉田さん。ずるしたこと、わたしが言うまで気がつかなかったでしょ!」
倉田学:「それは、まあぁ」
美山みずき:「ボトルの件は無しでいいですよ。倉田さんから『駆け引き』で勝ったんだから」

 学は納得いかない様子だったが、ボトルの件を無しにして貰えたので何も言わなかったのだ。そしてこころの中でこう思った。

倉田学:「だから僕はトランプは嫌なんだよ。無駄な『駆け引き』しないといけないからさぁ」

 こうこころの中で呟いたのだ。そして四人は仙台駅に到着し、レンタカーで一路向かった先は岩手県 大槌町である。車は東北自動車道から釜石自動車道に入り、そして坂を登って向かったのは岩手県 大槌町にある「風の電話」ボックスだ。潮風が吹く小高い場所にあるこの「風の電話」ボックスは周りが木に囲まれ、そしてとても静かな庭の中にあった。古めかしい白い色をした電話ボックスであることに、学は気づくことが出来た。
 そして車のラジオからは、中島みゆきの『麦の唄』の唄が流れていた。とても懐かしい、そしてとても遠い昔の記憶を呼び起こしてくれる、そんな唄に学には聴こえたのだ。みずきは車を近くに停め、四人は車を降りその「風の電話」ボックスに近づいて行った。その「風の電話」ボックスに近づくと、潮風は頬に当たりそれは少し冷たい感じに学には感じられたのだ。みずきが「風の電話」ボックスについて少し説明してくれた。

美山みずき:「この『風の電話』ボックスは、被災して生き残ったひと達が亡くなったひとと風となって想いを繋げてくれるそんな電話なのよ」

 こうみずきが説明すると、その電話ボックスにひとりずつ入り電話の受話器を取り語り掛けたのだ。最初に電話ボックスに入ったのはゆきであった。ゆきは「南三陸町の防災対策庁舎」で亡くした姉のみきと電話で話したのだ。

ゆき :「お姉ちゃん。わたしお姉ちゃんの分までしっかり生きる。だからお姉ちゃん。わたし達、家族のことを見守っていてね」

 ゆきがそう天国のお姉ちゃんに語り掛けると、ゆきの中に不思議と変化が起きたように感じた。それは今まで自分が「南三陸町の防災対策庁舎」に近づくのがとても怖かったが、こうして自分の想いを姉のみきに届けることができ、そして姉のみきを自分の傍で感じることが出来たからだ。そして姉のみきから「しっかりとわたしの分まで生きなさい」と、言われたような気がしたからであった。ゆきにとってこれまで抱えてきた姉への思いが、この「風の電話」で伝えることができたように感じられたからだ。すると彼女の瞳から大きな涙が溢れ出し、それが彼女の今まで抱えていた辛い経験を浄化させてくれているように学には感じられたのだった。
 そして次にみさき、学と「風の電話」ボックスに入ったのだ。みさきは故郷の福島県 南相馬市や福島第一原発事故のことを思い受話器をとって話した。また家族のことについても、自分の本当の気持ちをこの「風の電話」で届けたのだ。それは言葉にする必要はない。自然と伝わり届くものだ。そして学は自分のおじいちゃん、おばあちゃんのことを思いながら受話器を取った。すると自然と学の傍でおじいちゃん、おばあちゃんのことを感じ、直接語り掛けることが出来たように学には感じたのだ。そして最後に学は一言こう言った。

倉田学:「おじいちゃん、おばあちゃん。何時も僕を見守ってくれて、ありがとう」

 こう学が語り掛けると、おじいちゃんとおばあちゃんがこう言ってくれているように学には感じたのである。

おじいちゃん:「マナブ! お前の夢はなんだい」
おばあちゃん:「マナブ! 夢をあげられるよう頑張りなさい」

 学はこころの中でこう呟いた。

倉田学:「おじいちゃん、おばあちゃんに教えて貰ったことを僕は大切にしていくよ」

 そして最後にみずきが「風の電話」ボックスへと入ったのだ。みずきは両親に電話で語り掛けた。

美山みずき:「お父さん、お母さん。なんにも親孝行出来なくごめんね。わたしお父さん、お母さんに親孝行できなかったぶん、石巻のために頑張るね」

 そうみずきが受話器に語り掛けると、自然と今までの両親への自責の念が少し和らいだように感じたのだ。とても不思議な出来事で、そんな気持ちにさせてくれる「風の電話」ボックスであった。そのとき学は傍にあった葉っぱをちぎって口元に持っていき、そして草笛を吹いたのだ。その曲は唱歌の『蛍の光』であった。その音色は寂しさと儚さはあるものの、自然の息吹と次に繋がる夢があるように皆んなには感じたのだ。そしてテントウムシ(天道虫)が天高く、空に向かって飛んでいった。

 四人の乗った車は、次に岩手県 釜石市にやって来た。釜石駅から程近い商店街の食堂で四人は遅い昼食を食べた。相変わらず海の幸が盛りだくさんで、学は海鮮御膳を食べたのであった。他の三人も海鮮丼や海鮮ちらしなど、東北の海沿いならではの海の幸を頂いたのだ。終始四人は楽しそうに会話をしたのである。冬に訪れたときは切ない思いばかりであったが、今回は少し明るい希望みたいなものがあった。しかしそれが何なのかは学にはわからなかったのだ。
 こうして一行は、宮城県 気仙沼市にある清水さちえが女将を務める「清水旅館」へと向かった。「清水旅館」の駐車場にみずきが車を停めると、清水さちえの娘のまゆが縄跳びをして遊んでいたのだ。学はまゆにこう言ったのであった。

倉田学:「まゆちゃん。おじさんのこと覚えてるかなぁ?」

 まゆは少し考え、そしてこう言ったのだ。

清水まゆ:「おじさん、絵をくれたひとですか?」
倉田学:「せいかーい。まゆちゃん、よくわかったねぇ」

 そう言って学は自分のカバンからオカリナを取り出した。そしてまゆにこう言ってオカリナを吹いたのだ。

倉田学:「まゆちゃん。この曲知ってるかなぁ?」

 そう言って学は『となりのトトロ』の『さんぽ』をまゆの傍で吹いた。とても可愛らしい遠くまで通る音色だった。そこに居合わせた誰もが学の吹くオカリナに聴き入っていたのだった。そしてまゆは学にこう言った。

清水まゆ:「トトロ、トトロ」
倉田学:「そう、せいかーい」

 そして更に学はまゆにこう言ったのだ。

倉田学:「この曲は『となりのトトロ』の『さんぽ』って曲なんだよ。まゆちゃん、『となりのトトロ』に出てくるメイちゃんみたいだから。だから喜ぶかなぁーて思って!」

 そう学がまゆに語り掛けていると、まゆの母親のさちえが「清水旅館」の玄関から出てきたのであった。

清水さちえ:「なんだ、もう来たっちゃ。久しぶりぃー」
美山みずき:「さっちんも久しぶりぃー」
清水さちえ:「倉田さん達もしばらぐだっちゃ。倉田さん、そのオカリナどうしたっちゃ?」
倉田学:「これは僕が小学六年生のとき、図工の授業で作ったヤツって言いたいんだけど・・・。上手く音が出なかったから、おじいちゃんに買って貰ったものです」
清水さちえ:「倉田さん。絵とか音楽とか得意だっちゃ?」
倉田学:「得意かどうかはわかりません。でも、好きだからやってるんです」

 学がそうさちえに答えると、さちえはみずきの方を向いてこう言ったのだ。

清水さちえ:「みずき。いだますいっちゃ?」
美山 みずき:「さっちん。んだことねーさ」

 このやり取りを聴いていた学は、二人が何を会話しているか良くわからなかった。しかし自分のことを言われていることは想像がついたのだ。そして四人は荷物を降ろし、さちえに案内されて「清水旅館」に入ったのだった。まだ夜まで時間があったので四人は荷物を預け、車で宮城県 南三陸町にある「南三陸町の防災対策庁舎」へと車を走らせた。
 ゆきは車が南三陸町に入り、そして「南三陸町の防災対策庁舎」に近づくと表情を固くしたのだ。ゆきの姉であるみきが、震災による津波で命を落とした場所だからである。学は助手席の後ろに座る彼女の表情を観ることは出来なかったが、彼女のこころの中の鼓動が早くなって行くのを感じ取ることが出来た。目の前には沢山の砂利の山がピラミッドのように積まれ、その場所は生命(いのち)を全て奪ってしまった荒れ果てた大地のようであった。その砂利の山に囲まれた「南三陸町の防災対策庁舎」は、鉄骨の柱がむき出しでコンクリートは剥がれ無残な姿のまま、あの東日本大震災(3.11)の出来事の爪痕が今でも残されていたのだ。
 そしてみずきは「南三陸町の防災対策庁舎」の傍に車を止めたのだった。ゆきはこうしてあの東日本大震災(3.11)以来、初めてこの「南三陸町の防災対策庁舎」を観たのだ。彼女の呼吸は早くなり、次第にあの当時の出来事が蘇って来たのであった。学はそんなゆきの変化に気づき、そしてこう声を掛けた。

倉田学:「ゆきさん、大丈夫ですか? 思い出してください『風の電話』を。あの時、あなたは何を感じましたか? きっと大切なひとと、こころ通わせ、そしてそのひとの風を感じることができたんじゃないですか? 安心してください。僕は『風の又三郎』。風が吹いたら僕を呼んでください」

 学がゆきにこう告げると、風がフワッと吹いて学たちの傍でつむじ風が舞った。それと同時に、さっきまでのゆきの不安をその風が吹き飛ばしてくれたのだ。この出来事はとても不思議であった。そして学自身、どうして自分の口からこんなフレーズが出てきたのか分からなかった。その場に居合わせた誰もが、この出来事を不思議に感じていたのだ。しかしこのことについて誰も触れることはしなかった。ゆきはこうして、姉のみきが亡くなった場所である「南三陸町の防災対策庁舎」に降り立ち、しっかり生きていこうとこころに誓ったのだ。
 こうして四人はまた車に乗り、ゆきの両親が住む平磯地区の仮設住宅へと向かったのである。そしてゆきの両親と対面することとなった。相変わらずここ平磯地区の仮設住宅の景色は、半年前と変わっていなかった。夏の日照りをしのぐにはとても貧相な作りで、あとここに何年住むのかと言うことを考えると、とてもいたたまれない思いが学には湧き起った。そして約半年ぶりにゆきは両親と対面したのだ。

ゆき :「ただいま、おやんつぁん、がが。久しぶりだっちゃ」
ゆきの母:「ゆき、久しぶりだっちゃ。よぐぎた~」
ゆきの父:「久しぶりだっちゃ、ゆき。よぐぎた~」

 こうしてゆきは両親と再会し、そして六人はゆきの姉のみきのお墓へと向かったのである。ゆきはゆきの両親の車に乗り、学たちはその後をみずきが運転する車に乗りついて行った。そして六人は真新しい墓地に到着したのだ。そこで六人は手を合わせ、姉のみきのご冥福をお祈りしたのであった。その後、再び学たちはゆきの両親と別れ、気仙沼に戻ることとなったのだ。みずきは「清水旅館」に荷物を降ろした時にゆきにこう訪ねていた。

美山みずき:「ゆきちゃん、今夜は両親のところに泊まるんでしょ?」
ゆき :「わたしは泊まらなくても大丈夫です。その代わり『南三陸町の防災対策庁舎』に寄って貰えませんか?」
美山みずき:「本当にいいのゆきちゃん」
ゆき :「大丈夫です。でも、『南三陸町の防災対策庁舎』のところに行って、もし体調を崩したらそのときは両親のところに泊まります」
美山みずき:「わかったわ。ゆきちゃん」

 こんな二人のやり取りがされていたのだ。ゆきは姉のみきが亡くなった「南三陸町の防災対策庁舎」とちゃんと向き合うために、自分の中に固い決意を持っていた。その決意が決まったのは、「風の電話」で姉のみきとこころ通わせた時に、あの場所でもう一度ちゃんと向き合う必要があると感じたからだ。そしてゆきは彼女の中にある嫌な体験や想い出を、再び「南三陸町の防災対策庁舎」を目の前にして彼女の中にあるトラウマを昇華させたのだ。こうしてゆきは傷ついた自分のこころを自分で癒すことができたのであった。
 四人が「清水旅館」に到着すると、もう空は暗くなり始めていた。東京の空と違い気仙沼の空はくすみが無く、潮風により新鮮な空気を運んでくれているように学には感じた。四人はそれぞれ「清水旅館」の女将さちえから部屋を案内して貰った。学は冬に泊まった時の部屋と同じ部屋に通されたのだ。とても懐かしいそんな気持ちを学は覚えた。学は早速、浴衣に着替え、お風呂場へと向かった。そしてお風呂に浸かりこんなことを思い出していたのだった。

倉田学:「あばあちゃん。盆踊りに、僕なに着ていけばいいの?」
おばあちゃん:「マナブ、そう言えば甚平があったな。この藍色の甚平を着ていってはどうじゃ!」
倉田学:「わかった、おばあちゃん。おばあちゃんは何を着てくの?」
おばあちゃん:「おばあんちゃんは浴衣を着ていくわよ」
倉田学:「いいなぁー、おばあちゃんだけ」
おばあちゃん:「お前も大きくなったら浴衣を着てお祭りに、おばあちゃんとでは無く女の子と行くんじゃろうなぁー」
倉田学:「僕は、おばあちゃんと行きたいんだよ!」
おばあちゃん:「お前も大きくなったら、きっと素敵な女の子とお祭りに行くのを、おばあちゃんは楽しみにしているんじゃ」

 こんなおばあちゃんとの懐かしい想い出が浮かんで来たのだ。それと同時に、みずきが前に言っていた浴衣のことを思い出したのである。そしてそのシチュエーションを学なりに想像してみたのだ。するとちょと胸のあたりがドキドキするのを覚えた。そしてこころの中でこう呟いたのだ。

倉田学:「みずきさん、前に僕に言った浴衣のこと覚えているのかなぁ。みずきさんの浴衣姿かぁ。きっと綺麗なんだろうなぁ」

 そんなことを考えていたらついつい長風呂に浸かってしまい、慌てて風呂場から出たのである。そして急いで着替え部屋に戻ろうしたとき、みずき達がちょうど女湯に行くところであった。学はさっき想像を膨らませていたことがみずきにバレないよう、眼を逸らし部屋に戻ろうとした。するとみずきから声を掛けられた。

美山みずき:「倉田さん、お風呂出たんですか?」
倉田学:「ええぇ、まあぁ」
美山みずき:「倉田さん、顔赤いですけど」
倉田学:「ちょっと長風呂を」
美山みずき:「どうして目を逸らすんですか?」
倉田学:「いやぁー、そんなことないですけど」

 そう学が言うと、一緒にいたみさきとゆきがこう言ったのだ。

みさき:「倉田さん、怪しいー」
ゆき :「倉田さん、変なこと考えてたでしょ!」
倉田 学:「僕は別に浴衣姿もきれいかなぁー。なんて」

 こう学が言うと、学は三人からこう言われたのだった。

みさき:「倉田さん、エッチー」
ゆき :「倉田さん、スケベ」
美山みずき:「わたしの浴衣姿、そんなに観たいですか? 倉田さん」

 学は慌てて言葉を探した。そして三人に対してこう言ったのである。

倉田学:「僕、ちゃんとした浴衣着たことないから、皆んなはどうかなぁーて思って」

 するとみずきが思い出したようにこう言ったのだ。

美山みずき:「そう言えば倉田さん。石巻でわたしの浴衣姿期待しててくださいって言いましたね。楽しみにしていてください」
倉田 学:「はい、期待しています」

 そう学が言うと、みさきとゆきは学の方を向いてこう言った。

みさき:「倉田さんは、みずきママの浴衣姿観たいんだよねぇー」
ゆき :「わたし達の浴衣姿より、みずきママの浴衣姿の方が倉田さんは いいんだよねぇー」
倉田学:「そんなことないです。ふたりの浴衣姿も綺麗なんだろうなぁー」

 この言葉を聴いたみさきとゆきは、口を揃えてこう言ったのだ。

みさき:「わたし達はみずきママのついでだもんねぇー」
ゆき :「わたし達はみずきママのついでだもんねぇー」

 こう言ってみずきそしてみさき、ゆきは女湯の方へ歩いて行ったのだった。学は自分のこころを読まれるんじゃないかと気が気じゃなかった。しかしみさきやゆきは学のこころの中を見透かしていたのだ。そして二人ともこころの中でこう思っていた。

みさき:「倉田さん。みずきママのこと気になってるじゃん」
ゆき :「倉田さん。やっぱりみずきママのこと好きなのかなぁ」

 こうしてみずきそしてみさき、ゆきが女湯に入っている間、学は部屋で今日の出来事を振り返っていたのだった。そして自分のカバンからスケッチブックを取り出し、そこに今日観た「風の電話」ボックスの風景を思い出しながら描いた。そして描き終わると同時に食堂に向かったのであった。食堂に行くと女将のさちえが夕食の準備をしていたのである。学は女将のさちえにこう声を掛けた。

倉田学:「さちえさん。今日の夕食も豪華ですねぇー」
清水さちえ:「倉田さん。うちの料理っつあぁ、うまかっちゃよ」
倉田学:「これウニですか?」
清水さちえ:「そうだっちゃ。倉田さん、食べたことあるっちゃ?」
倉田学:「僕、こんな殻付きのウニ食べたことないです」

 そう学が答えると、さちえはこう聴いてその場を離れていった。

清水さちえ:「倉田さん、飲み物は何か飲むっちゃ?」
倉田学:「ではビールをお願いします」

 そして少しして、学の座るテーブルの前にビールが置かれたのだ。その時、みずきそしてみさき、ゆきも食堂にやってきた。みずきたちも飲み物をお願いし、四人揃って夕御飯を食べたのである。殻付ウニ、フカヒレそして珍しい料理としてマンボウの刺身などもあった。四人は終始、今日の出来事を振り返り楽しく会話が弾んだ。そして食事を済ませ、それぞれの部屋に戻ったのであった。学が部屋の窓から外を眺めると、近くには大島の街の灯りを望むことができたのだ。そして灯台の灯りも連なって照らされていたのであった。
 その時、学はふと外に出て、気仙沼の満点の夜空を眺めてみたくなったのだ。慌てて服に着替え「清水旅館」の外へと出た。そして少し周りを散歩することにしたのだ。「清水旅館」から少し歩くと、そこは外灯もなく真っ暗であり、空を見上げると、お月様と満天の夜空が広がっていたのだ。しばらくすると暗さに眼が慣れ、そして夜空をよりはっきりと眺めることが出来るようになった。そして学は流れ星を幾つかみたのだ。そこから学は宇宙へと吸い込まれていった。
 そこは幾つもの銀河系からなる大宇宙(マクロコスモス)であった。学はその時空に身体を置き、学の身体(ミクロコスモス)は大宇宙(マクロコスモス)と同化して行くように感じた。学の小さな生命(いのち)が大宇宙(マクロコスモス)の星命(いのち)と重なると、大宇宙(マクロコスモス)の中で学の身体の生命(いのち)が神々しく輝いているような錯覚を覚えた。そこは学のおじいちゃん、おばあちゃん、そして亡くなった全てのご先祖様の生命(いのち)を感じることが出来る場所で、そんな時間と空間を共にしたのだ。
 この日はペルセウス座流星群がひときわ輝きを放ち、その流星群を学はとても近くで眺めていたのであった。地球と言うわたし達の天体に向かって降り注ぐ流星は速く、途中から一気に加速し地球の大気と衝突してその輝きを増し一瞬だけ輝き消えてなくなる。それはわたし達の生命(いのち)の尊さや儚さを教えてくれているように学には感じられたのであった。こうして学はしばらく気仙沼の夜空を見上げていたのであった。


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