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【物語】二人称の愛(中) :カウンセリング【Session59】

※この作品は電子書籍(Amazon Kindle)で販売している内容を修正して、再編集してお届けしています。

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Index

※前回の話はこちら

2016年(平成28年)08月06日(Sat)

 夏休みに入り、学は朝から子供たちは学校にプールバックを持って夏休みの水泳教室に出かけるのを自宅近くの最寄駅で見た。学も小学生の頃、独り青色の円錐の形をしたプールバックをぶら下げ、学校のプールに出掛けていたのだった。今思い出すと、その頃の学は独りロッカールームで黙々と着替え、そして暑い夏の炎天下のもと涼しそうに泳いだのを覚えている。
 小学校の頃から友達が少なかった学は、本当は学校のプールに行きたくなかった。それは他の子供たちがとても楽しそうに泳いでいるのを、学は独りで観ていたからだ。だから自分だけ取り残され、それがとても学には辛かった。しかし学自身は、自分から他の子供に声を掛けることができず。とてももどかしい思いをしていたのだ。だから学は、今観た子供たちが楽しそうに夏休みの学校のプールに行くのを見て、とても羨ましかった。
 そう思いながら学は、自分のカウンセリングルームがある新宿へと向かった。この日は朝から今日子とのカウンセリングが入っていた。学は何時もより少し早くカウンセリングルームに着き、そしてエアコンを効かせて今日子が来るのを待っていたのだ。すると今日子は約束の時間の朝10時ちょうどに、学のカウンセリングルームに訪れた。そしてこう今日子は学に言ったのだった。

今日子:「おはようございます倉田さん。お久しぶりです」
倉田学:「お久しぶりです今日子さん。おはよう御座います」
今日子:「今日は朝から暑いですねぇー」
倉田学:「そうですねぇー。今日子さんの故郷の神戸も暑いんじゃないですか?」
今日子:「ええぇ。この時期になると、高校野球を思い出すのよ」
倉田学:「そうですか。今日子さんは高校生のとき、部活とかやってたんですか?」
今日子:「ええぇ、まあぁ」
倉田学:「何をしてたんですか?」
今日子:「野球部です」
倉田学:「えぇ、でも高校野球は男子だけでは?」
今日子:「わたしこう見えても、野球部のマネージャーしてたんです」
倉田学:「そうなんですね。今日子さんの高校は甲子園に行けたんですか?」
今日子:「それが夏の大会の決勝戦で逆転サヨナラホームランを打たれて、甲子園に行くことができなかったんです」
倉田学:「すいません。嫌な想い出を思い出させてしまって」
今日子:「でも高校最後の夏の大会を最後まで戦えたから、今ではとてもいい想い出ですよ」
今日子:「倉田さんは高校生のとき、部活はなんでしたか?」
倉田学:「僕ですか、僕は生物部でした」
今日子:「生物部って何するんですか?」

 学は少し考え、そして今日子にこう伝えたのだ。

倉田学:「例えばアクアリウムって知ってますか?」
今日子:「すいません。それは何ですか?」

 そう今日子が言うと、学はカウンセリングルームに置いてあるアクアリウムを指差して、そしてこう言った。

倉田学:「僕の指差している方を観て貰えますか。あのブルーライトで照らされている水槽がそうです」
今日子:「なぁーんだ あれなんだ。なんか倉田さんにピッタリですねぇ」
倉田学:「僕にピッタリとは、どう言う意味でしょうか?」
今日子:「だった倉田さん。昆虫博士とか似合ってそうだから」
倉田学:「僕は、生き物はあまり得意じゃないですよ」
今日子:「えぇ、だってアクアリウムで熱帯魚とか飼ってるんでしょ!」
倉田学:「僕は水槽の中の水草の方に興味があって、熱帯魚は水草がかわいそうだから飼ってるんです」
今日子:「倉田さんって、面白いこと言うわねぇー」
倉田学:「僕、そんなに面白いですか?」
今日子:「だってあなた『珍しいタイプ』だから」
倉田 学:「変だなぁー、僕はいたって普通なんですが」
今日子:「あなたみたいなタイプを『天然記念物』って言うんです」

 この言葉を聴いた学は、前にも同じようなことを言われたことを思い出した。そして今日子にこう言ったのであった。

倉田学:「それって褒めてるんですか?」
今日子:「そうよ。だってあなたみたいなひと今いないから」

 そう今日子が学に言うと、学はこの言葉も前に聴いたことがあることを思い出していた。そして学は少し考え、こう今日子に訊いてみたのだ。

倉田学:「僕たちは酸素を吸って二酸化炭素を口から出しますよねぇ。でもこの水草たちは二酸化炭素を吸って酸素を出してくれるんですよ。凄くないですか?」

 学は子供のように嬉しそうに今日子に話し掛けた。すると今日子は学がまるで子供のように母親に驚きを尋ねるような、そんな素振りで訊いて来たので、学を観てこう言ったのだ。

今日子:「倉田さんって、おとなの姿をした子供みたい」

 そう言って今日子は笑ったのだった。学は今日子を笑わすつもりなどないのに、今日子が突然笑いだしたので不思議に思ったのだ。こうして学と今日子のカウンセリングが始まった。こうしてこの日は終始、二人の高校時代の部活動の話で盛り上がったのだった。そして二人とも高校時代の一番の想い出が、部活動であったと言うことは間違いなかった。
 今日子は野球部のマネジャーとして選手達を一生懸命応援し、そしてひたむきに部員達を支えて来たのだ。そして最後の夏の大会で、あと一歩のところで甲子園を逃したのである。しかし試合には負けてしまったが、決勝戦まで進めたという自信と最後まで諦めない大切さと言うものを教えられたのであった。おそらくそれが今の彼女をここまで強くし、そして逞(たくま)しくさせたのではないだろうか。こうして学は今日子とのカウンセリングを終えたのであった。
 また学自身も、今日子から気づかされたことがあった。それは自分が高校時代にいい思い出がひとつもなく、ある意味、自分で自分の殻を作り、そして悲観した人生を今まで歩んで来たからだ。しかし実際にはそんなことは無く、それは自分自身で自分の過去を悲観した人生であると決めつけ、今まで生きて来た部分もあったからだ。しかしこうして今日子とカウンセリングをすることにより、学自身の気持ちも過去の囚われから解放されて行くのが感じられたからである。
 そのことに気づかせてくれた今日子に対し学は、感謝の気持ちでいっぱいだった。改めて自分と言う存在を自分自身で受け入れることができ、心理カウンセラーとして学がクライエントから教わることも多く、これもカウンセラー冥利につきるのではないかと思っていたのである。学は今日子をカウンセリングルームの玄関先で見送り、そして今日子は学のカウンセリングルームを後にしたのだ。その後ろ姿を学はずっーと見守っていたのであった。

 お昼になり、学はお昼ご飯をカウンセリングルームにあるテレビをつけ食べようとした時、今日が何の日だか思い出したのだ。そう8月6日は学の誕生日である。それはテレビから、広島市への原子爆弾投下(戦後71年)のニュースが流れていたからだった。学自身、この巡り合わせは避けることのできない出来事で、感慨深くこのニュースを観ていたのだ。そしてお昼ご飯を食べると、こころ落ち着かせて瞑想を行ったのだった。
 それは学自身のこころを落ち着かせる意味もあったが、この日亡くなった全てのひとの魂(霊性)を慰める思いも学のこころの中にあったからだ。そして生きとし生けるもの全ての魂(霊性)が、この日亡くなったひと達と共にありますように・・・。そうこころの中で呟いたのであった。すると不思議とこの間だけ自分の身体が軽くなり、そして学の傍でおじいちゃん、おばあちゃん、そして亡くなった全てのご先祖様の魂(霊性)を学は感じられたような、そんな錯覚に陥ったのだ。このとき学は、亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんのことを思い出すと、自然と学の頬に涙が流れていた。自分でも不思議なぐらい、学の中の遠い記憶と一体化していくような、そんな感覚を覚えた。
 学は気を取り直して、午後からのカウンセリングに臨んだのだった。すると学のスマホのLINEに、数件のメッセージが届いていることに気がついたのだ。学はおもむろにそのメッセージをみた。すると「チーム復興」グループの中に、次のようなメッセージが入っていた。

ゆき :「倉田さん、今日誕生日ですよねぇ。おめでとう御座います」
みさき:「倉田さん。倉田さんのお誕生日会をお店でしますけど、来れますよねぇー」
のぞみ:「倉田さん。倉田さんが来るの皆んな楽しみにしてますよ」
美山みずき:「倉田さん、今日は是非いらしてください。お待ちしています」

 そして宮城の石巻にいるゆうからも、こんなメッセージを受け取ったのだ。

ゆう :「倉田さーん。お誕生日おめでとう御座います。わたしは参加できないけど、わたしも『チーム復興』のメンバーです。わたしの分まで楽しんで来てください」

 このようなメッセージを学は受け取ったのだ。学は確か先日、何気ない会話の中で自分の誕生日について、ついつい話をしてしまっていた。特に学はそれに対して意識して言った訳では無かったが、自分でも不思議なくらい自分の誕生日の日について話していたのだ。それは多分、自分の素を出せるそんな空間だったからなんだろう。だから知らずと自分の誕生日の話をしてまったのではないかと、学は自分自身で「自己分析」していたのだ。そして夕方、銀座にあるみずきのお店『銀座クラブ SWEET』へと向かった。それからお店の中へと入っていったのだ。

倉田学:「こんばんは倉田です」
ゆき :「こんばんは倉田さん。お待ちしていました。倉田さん、今日は楽しんで行ってくださいね」
倉田学:「はい。ありがとう御座います」

 そこにみさきもやって来た。

みさき:「倉田さん、お誕生日おめでとう御座います。倉田さんは何歳になったんですか?」
倉田学:「僕ですか、僕は今日で35歳になりました」
みさき:「そうなんですか。倉田さんって以外に年上なんですね」
倉田 学:「それはみさきさんが思っていたより年上と言うことですか?」
みさき:「はい。だって倉田さん、見た目だけじゃ年齢よくわからないし」
倉田学:「僕は思うんです。今のひと達って年齢とか学歴にこだわって、それですぐひとを判断してしまって・・・僕は心理カウンセラーです。そのひと自身の人物に興味があり、そしてそのひと自身のこころと人格(人間性)を観ます」
みさき:「倉田さん、倉田さんは自分のことを人格者だと思ってるんですか?」
倉田学:「僕は自分のことを人格者だなんて思ったことは一度もありません。でもそうありたい。そのために努力する必要はあると何時も思ってますよ」

 そう学が言うとフロアの奥の方の個室から、一樹が顔を出したのだ。そして一樹は学に向かってこう言った。

峰山一樹:「よおぉ、やっと主役のお出ましかい。それにしても遅かったじゃないか」
倉田学:「なんだ一樹くん。君も来てたの。それに僕は君と違って夏休みはないんだから」

 学が一樹にそう言うと、一樹は不服そうにこう言ったのだ。

峰山一樹:「僕もなにげに忙しいんだよねぇ。学会とか論文、そして研究室のゼミを持つ教授でもあるのだから」
倉田学:「一樹くん。教授ではなく准教授だよねぇ」
峰山一樹:「相変わらず君は硬いんだから」

 こんな話を交わしながら、学は一樹たちのいる個室へと入って行った。そこには既にのぞみやみずきも学が来るのを待っていたのだ。そして二人からこんな言葉を投げ掛けられた。

のぞみ:「倉田さん、お待ちしていました。お誕生日おめでとう御座います」
美山みずき:「倉田さん。今日は楽しんでいってくださいね」
倉田学:「ありがとう御座います」

 そう言って学を始め、一樹、ゆき、みさき、のぞみ、そしてみずきと六人が一同に揃って、学の誕生日パーティーが始まったのだ。その時だった。お店に届け物を届けに、ひとりの若い女性が姿を表し、そしてこう言ったのだ。

若い女性:「すいません。お届け物を届けに来ました」

 この声に気づいたみずきは、お店の入り口で立っているその若い女性の傍に行き、そしてこう言った。

美山みずき:「すいません、ありがとう御座います。ローソクも入ってますよねぇ」
若い女性:「あい、入ってますよ」

美山 みずき:「ありがとう御座います。今、お代金お持ち致しますね」
若い女性:「あい、かしこまりました」

 こうしてみずきはその若い女性に代金を支払い、こう言った。

美山 みずき:「あい、確かに受け取りました」

 そう言うと、この若い女性は嬉しそうな表情を浮かべてお店を去って行ったのだ。おわかりだろう、この若い女性とは、銀座8丁目にある「喫茶キャッツ♡あい」の店員さんであった。みずきは「喫茶キャッツ♡あい」に、学の誕生日ケーキを注文していたのだ。そしてそのケーキを学たちのいる『銀座クラブ SWEET』まで運んできた。部屋にいたゆき、みさき、そしてのぞみは嬉しそうな笑みを浮かべ口々にこう言ったのだ。

ゆき :「このケーキもしかして、ジブリ映画のトトロですか?」
みさき:「これって、トトロの猫バスですよねぇ?」
のぞみ:「みずきママ、倉田さんのためにお願いしたんですか?」

 三人がこう言うと、みずきはこう話した。

美山みずき:「倉田さんジブリ映画好きだから、特別にお願いして作って貰ったのよ。普段はクリスマスの時期しか食べられない特別なものなの」

 こうみずきが言うと、学は嬉しそうにみずきに向かってこう言ったのだ。

倉田学:「あい、ありがとう御座いますみずきさん。僕にとって、これは『形あるプレゼント』でもあり、『形のないプレゼント』でもあります」

 そう学がみずきに言うと、みずきは学に向かってこう言った。

美山みずき:「倉田さん。もしかしてこのケーキ食べたことあります?」
倉田 学:「あい」

 この言葉を聴いたみずきと他の三人は、こう口々に言ったのだ。

ゆき :「えぇー、倉田さんひとりで食べたんですかぁ?」
みさき:「ひょっとして、誰かと食べたんじゃないですかぁ?」
峰山一樹:「学くん、君ってヤツはつくずく薄情な男だなぁ。僕も誘ってくれれば・・・」
美山みずき:「わたしわかっちゃった。彩さんでしょ!」
倉田学:「あい」
皆んな:「やっぱりー」
美山 みずき:「こう見えて、わたしの勘って結構的中率いいんだから。倉田さんが何時も言っている。わたしの無意識かな!? それにこれは倉田さんから教えて貰った。わたしにとっての大切なことだから」
倉田 学:「・・・・・・」

 この言葉を聴いた学は何も答えなかったがとても嬉しかった。何故なら学がおじいちゃん、おばあちゃんから教わり、そしてそれを伝えることが出来たんだなと思ったからだ。今まで学が大切にして来たことに気づいてくれて、それを他のひとと分かち合えたことが、学にはとても嬉しく感じられたからであった。
 そしてこの学の大切にしていることが、水面の波紋のように自然と広がって行けば、きっと素敵な世界や夢を描けるような素晴らしい世界になるのではないかと学には思えたからだ。そんなことを考えながら学は、今日と言う自分の誕生日を迎えたのだった。学にとって自分の誕生日とは、過去の辛い経験や広島市への原子爆弾投下の日と言った喜ばしくない日であったが、こうして自分のことを思ってくれるひと達がいることに、感謝してもしきれない思いが込み上げて来た。そしてある意味学の中にあるこれらの嫌な想い出のトラウマを昇華させてくれるのであった。
 こう学が思い巡らしていると、一樹がこんなことを言ってきたのだ。

峰山一樹:「学くん、君は昔の学くんと随分変わったなぁー。この幸せ者が」
倉田学:「一樹くん、そんなに違うかなぁー」
峰山一樹:「僕の知っている学くんは『日本昔ばなし』に出てくる『雨んぶちおばけ』の臆病な男なんだけどねぇー」
倉田学:「僕はひとりでもトイレに行けるけど、昔から」
峰山一樹:「でもさぁー、君って試験前に友達でもないひと達から、ノートのコピーとらせてとか言われて断れなかったでしょ!」
倉田学:「それは、まあぁ」
峰山一樹:「でも僕も君の授業のノートのおかげで、結構助かったんだよねぇ。それに、君は僕より熱心に授業の講義を受けていたのに成績は僕のほうが良く、僕は学年トップで君はその次だったよねぇー。何時も」
倉田 学:「僕は試験のテストで点を取るためだけに勉強していたわけじゃ、哲学の授業が面白かったから勉強したのであって」

 この二人のやり取りを聴いていたゆき、みさき、のぞみ、そしてみずきはこんなことを言った。

ゆき :「倉田さんって、昔からマイペースなんですね」
みさき:「倉田さん、倉田さんのそう言うところが好きですよ」
のぞみ:「倉田さんらしいじゃないですか。昔も今も同じ倉田さんですよ」
美山みずき:「好きだから勉強する。これって簡単そうで難しいとわたしは思いますよ。わたしも演劇の勉強をしていた時に、そう感じたことあるから」

 こう四人が学に言うと、一樹はこんなことを言ったのだ。

峰山一樹:「お前って心理カウンセラーになって、俺以外のひとにも自分を出せるようになったんだなぁー」

 この一樹の言葉は確かに間違いではなかった。それは学自身も気づいていたことだ。心理カウンセラーと言う仕事は自分のこころをクライエントに開かないと、クライエントはカウンセラーにこころを開いてくれないと言うことを、学自身も身を持って経験していたからである。そしてクライエントに見せるこころが曇っていては、クライエントはたちまちこころを閉ざしてしまうのではないかと、学は何時も感じていたからだ。
 そんなことを考えていると、みずきがトトロの猫バスのケーキをテーブルの中央に置いた。この猫バスのケーキは、去年のクリスマスイブに彩と食べた猫バスのケーキの三倍程もある大きなものだった。とても細やかな飾りつけがされており、まるでジブリ映画のトトロの世界に入り、自分が「メイ」のような幼少時代にタイムスリップしてしまうくらい迫力があった。そして食べるにはもったいない可愛らしいものだった。
 みずきにより、小さなローソク5本、大きなローソク1本が準備されたのだ。5本のローソクは学以外の五人がそれぞれ灯し、最後の大きなローソクに学は火を灯したのであった。部屋を暗くして、お互いの顔がローソクの炎で照らされ、とても温かい空間と時間が流れていくように感じられた。学がめいっぱい空気を吸い込み、そして口から一気に空気を吐き出すと、一瞬にして灯されていたローソクの炎が消えたのだ。それと同時に一斉に拍手と歓声が部屋の中で沸き起こった。

美山みずき:「倉田さん。35歳の誕生日おめでとう」
のぞみ:「おめでとう御座います。倉田さーん」
みさき:「倉田さん。おめでとう御座いまーす」
ゆき :「倉田さーん。35歳の誕生日おめでとう御座います」

 そして最後に一樹から、こう一言言われたのだ。

峰山一樹:「学くん、おめでとう。来年の僕の誕生日、ここで頼む。学くん」
倉田学:「・・・・・・」

 学は一樹の言葉に答えなかったが、一樹が学のことを羨ましがっていることは感じていたのだ。するとゆきがスマホを取り出し、何やら操作しているのが学には見えた。そして学のスマホの着信音が急に鳴ったのだ。そうジブリ映画の『耳をすませば』の映画の曲の『カントリー・ロード』の着信音である。学は慌てて電話に出たのだ。

倉田学:「もしもし 倉田ですが・・・」
ゆう :「倉田さーん。Happy Birthday!!! お誕生日、おめでとう御座います」
倉田学:「ゆうさんですか。ありがとう御座います」
ゆう :「それでは今から、皆んなからプレゼントを送りますね」

 そう言ってゆうは直ぐに電話を切ったのだった。学には何のことだかさっぱりわからなかったのだ。すると突然、聞き覚えのあるスマホの着信音がゆきの方から聞こえてきた。そうだ、このメロディーはジブリ映画の『猫の恩返し』の主題歌である『風になる』であった。学はゆきにこう尋ねたのだ。

倉田学:「ゆきさん、この曲どうしたんですか?」
ゆき :「倉田さん、『猫の恩返し』です。猫バスからのプレゼントかな」

 するとまた今度はみさきのスマホの着信音が鳴った。これもまた聞き覚えのあるメロディーであった。そう『魔女の宅急便』の曲の『やさしさに包まれたなら』である。

倉田学:「みさきさん。この曲って?」
みさき:「そうです『魔女の宅急便』です。猫つながりです」

 そうみさきが言うと、またもやスマホの着信音が鳴るのが学にはわかった。今度はのぞみの方からだ。これまた『ハウルの動く城』の主題歌の『世界の約束』であった。

倉田学:「のぞみさん。この曲は『ハウルの動く城』ですか?」
のぞみ:「倉田さん。倉田さん、風みたいなひとだから」

 学には何が何だかさっぱりわからなかった。こうしている間にも、今度はみずきのスマホが鳴ったのだ。皆さんはもうお気づきだろう。そう『魔女の宅急便』の曲の『ルージュの伝言』である。

倉田学:「みずきさん。この曲は『ルージュの伝言』ですね」
美山みずき:「わたし叱って貰いたかったんだ。倉田さんに」

 このみずきの意味深な発言に、学は動揺を隠せないでいた。その時、再び学のスマホが鳴ったのである。学は恐る恐る電話に出たのだ。するとゆうは声を高くし嬉しそうに学にこう訊いてきた。

ゆう :「倉田さーん。最後にわたしからのメッセージ受け取ってくださーい。今から送りますから」
倉田学:「えぇー、メッセージって」

 そう学が言っている間にも電話は切れ、学のスマホにLINEメッセージが届いたのだ。そうゆうからのメッセージである。学は急いでゆうからのLINEメッセージをみた。すると次のようなメッセージと共に音声ファイルが添付されていたのだ。

ゆう :「倉田さん。わたし達からのプレゼントどうでしたか? 最後にわたしからのプレゼントも観ておいてくださいね。わたしの居る『海の見える石巻』からのプレゼントです」

 学はゆうが言った最後のプレゼントと思われる音声ファイルをダウンロードして聴いた。それは『魔女の宅急便』の曲の『海の見える街』であった。学はこの音声ファイルを聴いて、今年三月に学たちが訪れたあの東日本大震災(3.11)による「東北被災地の旅」のことが蘇ってきた。遠い昔の出来事ではないのに、とても遠く、そして古い記憶のように学には感じられたのだ。また自分達がこうして幸せに暮らせることを、学は改めて認識させられたのだった。
 そして今年のお盆に学たちは、また「東北被災地の旅」に行くのだ。学は自分が東日本大震災(3.11)で被災したひとや津波で命を落としたひと、そして福島第一原発事故で故郷を捨てざる負えないひと達に対して、自分には何が出来るのだろうと思いを馳せていた。それでもまたみずきが誘ってくれたことや、三月に石巻の仮設住宅の公民館で出会った地元の代表のひとからこう言われたことが、学にはとても嬉しかったのだ。

地元の代表:「君の第二の故郷だと思って、来るちゃ」

 学が心理カウンセラーをしていて一番嬉しいのは、自分を必要としてくれるひと達がいることである。それはいくら自分がカウンセラーとしてスキルやテクニックと言った技術的なことを持っていても、自分を必要としてくれるひとがいないと成立しないからだ。このことは心理カウンセラーとして独立してから気づかされた部分が多い。だから学はどんな場面でも自分を必要としてくれるクライエントがいれば、可能な限り引き受け、自分の持っている最大限の努力をすることを何時もこころがけていたのだった。それが結果的に東京で一目置かれる存在になっている所以かもしれない。そんなことを色々と巡らしていると、最後に一樹からこう言われたのだった。

峰山一樹:「学くん、羨ましいなぁー。僕にも幸せをわけてよ。君の『恋のカウンセリング』で・・・」

 こう一樹が言ったので、学は一樹にこう答えた。

倉田学:「それで、その『恋のカウンセリング』のご相手は?」
峰山一樹:「問題はそこなんだよ。そこから『恋のカウンセリング』をして欲しんだよ」
倉田学:「・・・・・・」

 学はこの一樹の問い掛けに答えても良かったが、何も答えなかった。それはあまりに自分と距離の近いひととのカウンセリングをしてしまうと、お互いの感情移入が入り、それを避けたかったからだ。またそれによりお互い嫌な思いをして、一樹との関係を学は壊したくなかったからでもあった。だから学は一樹にこう答えたのだ。

倉田学:「君の場合、もう少しわかりやすく話した方がいいと思うよ」
峰山一樹:「そっかなぁー。そうだ、僕のスマホに電話してくれないかい」

そう一樹が言ったので、学は仕方なく自分のスマホを取り出し、そして一樹に電話した。すると一樹の方から何やら聞き覚えのあるメロディーが聞こえてきたのだ。確かこのメロディーはジブリ映画の『On Your Mark(オン・ユア・マーク)』だったような・・・。

倉田学:「一樹くん。これジブリ映画の『On Your Mark』だったよねぇ?」
峰山 一樹:「そうだけど。君と僕は腐れ縁みたいな関係だからさぁ。何時でも僕は準備万端だよ!」

 こう一樹が言うと、学は一樹に向かってこう返事を返したのだ。

倉田学:「僕はいつか福島第一原発事故を自分の眼で確かめに行く。そのときは一樹くんも、一緒に付き合って貰うよ」
峰山一樹:「わかったよ。そのときは原発に代わる新エネルギーでも考えようぜぇ」

 こう一樹は学に言い、そして猫バスのケーキを取り分け皆んなで食べたのであった。ちょっともったいない思いもあったが、とても美味しく頂いたのだ。こうして学の35歳の誕生日をみずきのお店『銀座クラブ SWEET』で皆んなと過ごし、そしてこの夜は更けていったのである。


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