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【新聞記者】考察回 安心してください、死んでませんよ。

フィクションでありながら現実の事件や疑惑と上手にミキシングされた脚本のメッセージ性と、主演の演技が光る良作でした。

そもそもこういった作品を作る事自体が挑戦的で、その意欲に乾杯したくなります。各所で評判がいいので気になっていたのですが、なるほど納得の出来です。


新聞記者というタイトルからどちらかというと吉岡記者がメインかなと思わせますが、実際は異なる印象でした。

彼女はこの事件が記事となれば大手柄です。誤報とされるリスクや父親の過去を背負っているとはいえ、決定的な証拠を手に入れた事も踏まえると終盤はそこまで深い葛藤は感じられませんでした。

一方、官僚である杉原は過去や未来のキャリアだけでなく家族の身の安全も危ぶまれる中での選択を迫られるわけですから、 保身と正義でゆれる苦悩と葛藤が痛い程伝わってきました。

特に家族や外務省時代の先輩と時間を過ごすシーンでは明るく温かい表情をしている松坂桃李と、ラストの死んだ魚の目をしたような男性がとても同じ人物には見えません。

【孤狼の血】でも本作と同様にメリハリの利いたいい演技をしていましたし、一見ルックス先行のイメージがある役者さんですが演技力も確かなものがあると改めて思い知らされました。あと少しで公開になる【孤狼の血 LEVEL2】がますます楽しみです。


また、照明?撮影?の面から言うと、官僚パート・東都新聞パート・ほんわかパートにそれぞれ青・緑・オレンジを基調とした画面になっているので、観る際のテンションのスイッチングが楽でした。

一見ややこしい題材が描かれているので、こういった仕掛けは展開を理解するのを上手にサポートしてくれるので大変助かります。

さぁ!問題のラストシーンへ


さて、話題のラストシーンについての考察を始めたいと思います。

この作品の考察ページをいくつか拝見すると多かった意見が「ごめんと呟いた後に杉原は車道に飛びこんで自殺した」というのものでした。

最後にアップになる吉岡記者を見るとむちゃくちゃうろたえているような表情をするので、確かになにか大きな出来事が起きたように思えます。じゃあ、その大きな出来事=杉原の自殺なのか。

どうも私にはそう思えません。

杉原が「ごめん」と呟く直前、ふたりが向かい合う横断歩道と交差する信号が赤に変わっています。

つまり、ふたりが渡ろうとしている横断歩道が青に変わる直前のやりとりがこのシーンであり、誰かが某レクサス爺ばりの無謀運転をかましていない限りは杉原が飛び込む先の車がないわけです。

この信号が変わるシーンをわざわざ入れ込んだ意味は「信号赤ですよ。車は来ませんよ。」という事ですから、決して彼は自殺したわけではないと言えます。

もちろん田中哲司演じる上司の多田がしむけた刺客がいれば別ですが、殺してしまえば「情報リーク元の官僚が事故死」と記事になるのは必至です。

彼の口を封じる事は簡単ですが、それよりも政府の計画を潰されないことが優先されているでしょう。だからこそ外務省への口利きを約束したのであって、殺すとしても今はベストのタイミングではないと思います。あんだけ無駄に泳がせていたのですから、少なくとも決定的な証拠を手に入れる前にやるべきですよね。

さらに言えば、彼がなぜ上司の圧力に屈して外務省へ戻るという口利きを受ける事にしたかを考えるべきです。

それは家族と共に生きていく事を決意したからではないでしょうか?
正義を貫き陰謀を暴露する道を突き進むなら権力に殺される事も仕方ないと言えるでしょうが、直前に生きていく選択をした人間が急に心変わって死を選択するのは、理解できません。

以上の通り、信号が赤になるシーンの意味+外務省へ戻る決心をした理由を考えると、自殺は考えにくいでしょう。

じゃあなぜ吉岡はあそこまでうろたえていたのか。このnoteの序盤で私は「吉岡の立場での葛藤はそこまで感じなかった」と書いています。確かに作中では杉原の心理描写の方が大きなウェイトを占めているように感じました。

しかし、この作品の後の展開を想像すると彼女のうろたえも当然のことです。彼女もまた父親と同じ道を歩まなければいいのですが…。

彼女の今後を想像すると声にもならない程申し訳なく思うけれど、謝るほか何もできない。そんな思いを込めた「ごめん」だったのだと感じました。


とはいえ、最終的に杉原が正義ではなく保身を選んだことは悲しいかな責められることではありません。

今回の事に入れ込み過ぎたがために妻に不安な思いをさせてしまった直後、国にたてついて家族もろとも危険な思いをさせてまで正義を貫く決断もできないでしょう。娘がうまれたばかりというタイミングもあり、父として夫として家族を守る選択をせざるを得なかったのだと思います。

しかし、元上司の神崎が「俺のようになるなよ」言っていたにもかかわらず、杉原は十字架を背負い続けたまま死んだように生きていくような気がしてなりません。吉岡の父がたどった道を数十年後に娘が、神崎がたどった道をほどなくして杉原が歩まされてしまう、というエンディングはなかなかに胸糞系のオチではあります。

〆のひとこと


たった1つの事件さえこれだけ証拠があっても追及できない。
しかも、今回の事件1つ明るみに出たところで大学設立は阻めたとしても根本的な解決にはならないでしょう。

メディアはおろか官僚であっても個であれば無力に等しく、国民の見えないところで起きている不正や陰謀を止めることはできない。

そういった現実や無力さを描いたこの作品は、逆説的に国民全体として政府を監視する意識をもつ必要性を説いているのはないでしょうか。
ぼーっと与えられるがまま流されるがままに生きるのではなく、意志をもってきちんと自分の頭で考えて生きろよ、とお尻を叩かれているような気がしました。

細かく見れば、そんなうまくいく?とかそれはやばくない?という点がチラホラありますが、終わってみればそれなりに楽しめる作品でしたので☆3.2/5.0くらいでしょうか。【孤狼の血 LEVEL2】を鑑賞する前に松坂桃李さんの演技を味わっておくという意味では大変オススメの作品です。

この作品はもなかと一緒に味わってはいかがでしょう?
上あごにもなかの皮がくっついてモヤモヤする…そんな歯がゆい気分と共にぜひ鑑賞してみてください(笑)

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