第8章:脊椎動物の幼生転移

<脊椎動物の世界の幼生転移>

ウィリアムソン博士の新たな試みとして、脊椎動物の祖先から哺乳類に至るまでの幼生転移の関わりを考察した、Cell & Developmental Biology誌2012年1巻1号の"The Origin of Chordate Larvae"では、脊索動物、頭索動物、魚類、両生類の進化における幼生転移の重要性が述べられている。あらゆる動物は元来直接発生であり、雑種交配を通して相手の成体の形態が幼生として備わり、その証拠はタンパク質を生産する遺伝子の数やゲノムの量の変化として明らかになるはずである、というものだ。


1.脊索動物

ホヤ類の個体発生では、口を持たないオタマジャクシ幼生の体内で稚体が育ち、変態を遂げて幼生の器官が死ぬ。変態において、幼生特有の器官は成体になるための貢献を何もしていないのである。


同じ脊索動物に属するウミタルでは、ホヤ類よりも更に明確な幼生‐稚体の区別がなされている。稚体はオタマジャクシ幼生の器官の近くに位置しておらず、成長した稚体が分離した後も、幼生は遊泳を続けている。また、オタマジャクシ幼生の頃に出芽した個体がcadophoreなる部位に集まることが知られ、この現象は無性生殖になる。cadophoreを失うと有性生殖に移行するらしい。


この二者に比べ、オタマボヤは頭のないオタマジャクシであり、プランクトンを食べ、自ら分泌した粘液の家に住み、一生をその姿で過ごし、固着動物への変態はない。このオタマボヤの形態はホヤやウミタルのオタマジャクシ幼生によく似ており、同じ綱に属すると認識されている。


これに対し、サルパおよびパイロソームPyrosomeは漂泳性の被嚢類に属し、オタマジャクシ幼生を持たず、大きな管状の群体を作る。パイロソームは筋肉の付き具合からして、推進力はなさそうである。


幼生体内における稚体の成長(重複変態(overlapping metamorphosis)と言われている)は棘皮動物、環形動物多毛類、紐形動物の遊泳幼生にも見られる現象で、いずれも幼生自体が成体に変態するのではない。ウミタルの祖先はオタマボヤの祖先と雑種交配を営み、オタマジャクシ幼生を得て、その後の時代に有性-無性生殖の択一性を他の科に属する近縁の動物との雑種交配で得たのではないか、と博士は考える。脊椎動物の起源を考察したガースタングは、オタマボヤを変態しない被嚢類の子孫とみているが、博士は、オタマボヤは被嚢類ではなく、被嚢類がオタマボヤと交配してオタマジャクシ幼生が確立されたのだと考えている。


実際、ドラフトのゲノム配列を比較してみると、ワカレオタマボヤOikopleura dioicaでは72Mbであり脊椎動物では最小のサイズに属するのに対し、カタユウレイボヤCiona intestinalisでは160Mbであり、オタマボヤ側の2倍以上のサイズになる。このゲノム量の違いは幼生転移を裏付けるものになるのではないか、と博士は考えている。


サルパに関しては、その祖先がホヤとの雑種交配でオタマジャクシ幼生を得たかもしれないが、現存のサルパはオタマジャクシ幼生の形態が抑制されているのではないかと、博士は考えている。実際、サルパの胚発生ではオタマジャクシ幼生の前段階を観察することができる。サルパの現在の直接発生は、二次的なものではないか、と考えるのだ。遺伝子の数では、サルパやウミタルはホヤよりも多いとされている。


パイロソームに関しては、胚発生は他の脊索動物と大きく異なり、オタマジャクシ幼生を得たことはなく、初めから今まで直接発生のままと考えられる。おそらく、タンパク質をコードする遺伝子の種類は他の被嚢類よりも少ないと推測される。


2.頭索動物

 ナメクジウオが代表的で、海洋性だが、多くの時間を砂に埋もれて過ごしている。孵化後は左側に口を、右側に鰓を持っている。この非対称は成長するにつれ解消され、左右相称になる。しかも、左右の成長の速さが異なっている。ゲノムのサイズは520Mbであり、多型であるとされている。この非対称は他の動物門から幼生転移で得られたものではないのではないか、と博士は述べている。


3.円口類

 無顎類という分類でも知られており、ヌタウナギとヤツメウナギの二種が代表的である。前者は海水のみに生息し、後者は海水と淡水に生息する。ヤツメウナギは、板状またはじょうご状の口を持ち、触鬚(しょくしゅ)を持たず、眼が発達し、背びれが尾びれと分かれており、アンモシーテス幼生を持つ点にある。この幼生として5-7年を生きるが、形態がナメクジウオのそれと似ているのである。アンモシーテス幼生は同じく左右非対称なのであるが、稚体というよりは成体のナメクジウオのようである。


円口類は短い排泄機能のある尾post-cloacal tailを持つが、他の部分を見れば、成体の肉食性の有頭無顎のオタマジャクシといえる、と博士は考えている。かつて脊椎動物の進化を探求した生物学者バルフォアは、「ヤツメウナギの口と他の部分がオタマジャクシと似ており、円口類と両生類が同じ共通の祖先を持つのだろう」と考えているが、中国南部で見つかったカンブリア紀前期の化石であるDidazoon haoaeは形態からしてまさに円口類であり、バルフォアのいう共通の祖先ではないかと考えるのだ。同じく、カンブリア紀前期の化石であるVetulicolaはオタマボヤの大元と考えるのである。(前者はオタマジャクシの尾を備えた筒状の身近な“円口”であり、後者は二枚貝が閉じたような胴部を持つ“オタマボヤ”に見える)


ヤツメウナギも始めは幼生を持っていなかったが、ヤツメウナギの祖先がナメクジウオの祖先と交配してアンモシーテス幼生を得たのではないか、と博士は考えている。それに対し、ヌタウナギは雑種交配をしたことがない、そのことはヌタウナギの遺伝子数はヤツメウナギより少ないことで明らかになるのではないか、と考えているのである。化石から得られる証拠は少ないが、石炭紀のMayomyzonやデボン紀のPriscomyzonはアンモシーテス幼生に似ており、大きさも同じくらいである。


4.魚類

 幼生を持つ魚類は、肺魚や大部分の条鰭類に限られる。ただし、岸辺・サンゴ礁・淡水に住む条鰭類は幼生を欠くものもいる。軟骨魚類やシーラカンスには幼生がある。


肺魚の幼生は、頭・顎で小孔を有するオタマジャクシで、骨格は軟骨で、下顎と脊索を持っている。変態して成体になってからも脊索は残っている。


条鰭類の幼生は、レプトケファルス幼生である。ウナギ、ソトイワシ、ターポン、カライワシの個体発生にもあることが知られている。


デボン紀以降の肺魚の祖先は、成体の有頭のオタマジャクシと雑種交配して、幼生を手に入れたのではないか、と博士は考えている。脊索が成体になっても残っているのは幼形成熟によるものと考える。デボン紀に生息していたPalaeospondylus gunniは幼生の肺魚かもしれない、とされている。(古生物学者の中では、デボン紀の肺魚は完全に硬骨であったが、後にその形質を失い、軟骨になったのではないか、それで現存の肺魚は成体でも脊索を持つのではないか、と考えているようだ)


条鰭類の幼生は、条鰭類そのものであるが、形態は多様である。これは、雌が無精卵を産んでから他の条鰭類の精子と受精し、交配となったのではないか、と博士は考えている。


それに対し、サメやシーラカンスに幼生がないのは、この乱交を経験しなかった祖先の子孫であるからで、幼生を持つ魚類は持たざる魚類よりもタンパク質をコードする遺伝子の数が多いと考える。


5.両生類

数種の無肺サンショウウオと高山サンショウウオは成体に似た形で孵化し、鰓を持っていない。大部分のサンショウウオの最初の幼生はオタマジャクシであり、顎と骨格と脊索を持つが、肢を持たない。このオタマジャクシは発生が進むと第二の幼生になり、脊索は背骨に変わる。メキシコサラマンダーはこの第二の幼生で成熟するが、生息地の水が十分になければ、ここから成体へと変態する。ただし、マッドパピーは顎と四肢を持つ形態で生まれ、変態することがない。


カエルはオタマジャクシとして孵化し、変態後は体外受精で子孫を残すが、コキガエルとその仲間は体内受精である。コキガエルは直接発生を営み、成体のミニチュアとして孵化する。オタマジャクシになることはない。


また、オタマジャクシにも多様性がある。カナダアカガエルRana sylvaticaとアフリカツメガエルでは、後者は前者よりもオタマジャクシの腸が体の後部に下がっており、頭や口が発達している。後者は成体になれば大きな口を持つ肉食である。


アシナシイモリは肢を持たず、成体と似た形で生まれる。例えば、ミズアシナシイモリは巨大な外鰓を持って生まれるが、ほぼ即座に抜け落ちるのである。


前述のガースタングはアホロートルを幼生そのものと認識し、両生類の形態研究が専門のハンケン博士らはアホロートルをヘテロクロニーによるものと考えたが、博士は顎のあるオタマジャクシ、マッドパピー、サンショウウオのいずれも、「幼生を持たない成体」と考えている。顎のあるオタマジャクシとサンショウウオの雑種交配で、第一の幼生なるオタマジャクシをサンショウウオが獲得し、マッドパピーとサラマンダーの雑種交配で、第二の幼生をサンショウウオが獲得したのだと考えている。


カエルに関しては、成体の無顎のオタマジャクシと交配して顎のないオタマジャクシを獲得したと考えられる。有尾類のオタマジャクシには顎があるので、起源は異なるのではないか、と博士は推測しているのである。


カエルの一種Ascaphus trueiは尾のようなペニスを持ち、体内受精を営むが、幼生はピパ属(アフリカツメガエルなど)のオタマジャクシに似ている。ピパ属以外の無尾類の祖先からAscaphidとコキガエルの仲間に分化し、後者には交配することなく現在に至るが、前者は雑種交配で無顎のオタマジャクシを得て、この後の世代が別の交配でペニスを得たのではないか、と考えられる。


数種のアシナシイモリに見られる短い鰓はオタマジャクシの形質の抑制の証拠かもしれないが、おそらくサンショウウオが得たオタマジャクシと同じタイプではないかと考える。骨格と顎はわずかな変化で成体の形になる。


6.幼生転移の変遷の図

本論文の図8にはどの動物からどの動物に幼生の形質が転移されたか、が系統樹に矢印で示されており、その概要は前述した内容をまとめたものになる。これに加え、博士はサラマンダーの幼生転移について、三通りの可能性を示唆している。一つは顎を持つオタマジャクシ(既に前項で述べている)、一つは肺魚もしくは顎を持つオタマジャクシ、最後の一つはアフリカと南米の肺魚がサンショウウオから外鰓を持つオタマジャクシを獲得、というものである。


この系統樹は、爬虫類・鳥類・哺乳類についても言及している。それは、肺を有するがオタマジャクシ幼生を持たない両生類の祖先からおそらく分化したのではないか、というものだ。幼生を有する動物は二次的に直接発生にならない限り、子孫も同じタイプの幼生を経て成体になる。爬虫類・鳥類・哺乳類では、体毛や羽毛の色彩が異なり、性徴前で角などを持たない子供は見かけるが、オタマジャクシとカエルのような、知識がない限り別々の動物と見紛うような巨視的な違いは、親子間で見られることはない。


使用文献

The Origin of Chordate Larvae Donald I Williamson著 Cell & Developmental Biology 2012年 (http://dx.doi.org/10.4172/cdb.1000101)

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