第3章:棘皮動物の幼生転移

<ウニの変態-棘皮動物の幼生転移->

棘皮動物のウニは、高校生物の資料集に発生過程が写真付きで詳細に説明されているが、棘皮動物では、幼生から稚体になるときの変態過程で、面白い生命現象が見られる。幼生の体内に作られている大人のミニチュアである成体原基が、変態時期になると成長し、管足等の成体に必要な器官ができ、幼生の体を突き破る。幼生は、外見上抜け殻のようになり、最後には栄養分として吸収されてしまう。


系統学の権威であるニュージーランドの生物学者H・バラクロフ・フェル博士 は、棘皮動物の幼生が成体とは生物学的に独立した別々の生物であったことを主張していた。この考えをウニの変態に当てはめて考えると、透明なエキノプルテウス幼生と丸い形をした成体のウニとは、元々は互いに別々の生物だったのではないか、と考えられる。


主な棘皮動物とその幼生の名前を、表として挙げておく。


成体           幼生

ヒトデ          ビピンナリア→ブラキオラリア→ペンタクツラ

クモヒトデ       オフィオプルテウス,ドリオラリア

ウニ           プリズム→エキノプルテウス

ナマコ          オーリクラリア→ドリオラリア

ウミユリ       ドリオラリア→シスチジアン→ペンタクリノイド


どの動物も、幼生体内の消化管の側方にある成体原基から成体が形成されていく、という共通の特徴が見られる。


<幼生転移の証拠①:Luidia sarsi>

Luidia sarsiは、巨大なビピンナリア幼生から変態を経て、成体のヒトデになる。しかし、このヒトデは、フェル博士の指摘を納得させてくれるような変態を遂げる。ビピンナリア幼生の体内にある成体原基からヒトデが作られていくが、ビピンナリア幼生は消化されずに、原基から成長した稚ヒトデと分離してしまう。このビピンナリア幼生は稚ヒトデから分離した後も、3ヶ月間遊泳しながら生存する。


<幼生転移の証拠:Echinus>

ヨーロッパホンウニEchinusのエキノプルテウスは、普通のエキノプルテウス幼生の時期を過ごすが、変態時期の来る前に、既に稚ウニの管足を形成している。幼生の生活史と成体の生活史が一部分であるが融合してしまっているものと考える。幼生転移の考えで言えば、元々あった稚ウニの遺伝子と、受け入れた幼生の体を作る遺伝子が同時期に発現している、と説明できる。


<幼生転移の証拠③:Kirkのクモヒトデ>

“Kirkのクモヒトデ”の名で知られるこのクモヒトデは、幼生世代を一切持たず、成体のミニチュアとして孵化する。直接発生とも見て取れるが、この発生様式では、遊泳する幼生よりも短いが、口を持たずに体内の栄養分だけで過ごす時期があるため、これと同一ではない。おそらく、一度も幼生を獲得していないと考える。


また、棘皮動物の幼生はヒト等脊椎動物やホヤ等尾索動物に見られる腸体腔の体制であるのに対し、このクモヒトデは環形動物や軟体動物等の無脊椎動物に見られる裂体腔の体制である。この裂体腔は、別の前口動物から転移された体制かもしれない。


<ギボシムシ-棘皮動物の幼生の起源->

甲殻類のときと同じく、ダーウィン進化だけでこれだけのドラスティックな形をした幼生が完成されたとは思えない。最も気になる点は、棘皮動物の成体は放射相称の体制であるのに対し、幼生は左右相称の体制であるということである。つまり、基本的な体の軸のあり方から異なっている。

実は、棘皮動物とは近い位置にある半索動物ギボシムシは、成体もその子供であるトルナリア幼生も左右相称である。つまり、体制が棘皮動物の幼生と同じなのだ。外形も透明で柔らかく、よく似ている。特に、消化管の側方に作られる成体原基の一部が背方に延びて外界に開口する点で、ナマコのオーリクラリア幼生やヒトデのビピンナリア幼生と共通している。博士は、棘皮動物の幼生は、半索動物のトルナリア幼生が源になっているのでは、と考えている。


<幼生のルーツ-プランクトスフェラからギボシムシへ->

まず、半索動物内の幼生転移について。変態しない球形・左右相称のプランクトスフェラ類であるPlanctosphaera pelagicaが、トルナリア幼生の源になっており、これが石炭紀の時代に同じギボシムシ綱の腸鰓類に転移され、トルナリア幼生を獲得して、石炭紀からペルム紀にかけての気温の急激な低下等の変化の激しい環境の中を生き抜いたのでは、と博士は考えている。


<幼生のルーツ-ギボシムシからナマコへ->

博士は、トルナリア幼生を得たギボシムシから、最初に幼生を受け渡されたのはナマコではないか、と考えた。ナマコは幼生も成体も左右相称で、体制においては半索動物に近い。幼生の遺伝子の発現を成体でも保持しているため、成体も左右相称なのかもしれない。この受け入れられた遺伝子から作られた幼生が、オーリクラリア幼生となった。

一方、ドリオラリア幼生というのもあるが、以前はナマコのオーリクラリア幼生が起源と思われたが、現在は不明であり、ウミユリ→ナマコと考えたほうがよさそうである。


<幼生のルーツ-ナマコからウミユリ・ヒトデへ->

次に、ナマコの幼生は、二通りの経路で受け渡された。一つはウミユリである。成体の放射相称を作る遺伝子が幼生に影響するため、幼生は餌を捕らずに体内にある卵黄を消費して生活する樽状のドリオラリア幼生に落ち着いた。もう一つはヒトデである。受け入れられた遺伝子から作られた幼生がビピンナリア幼生となったが、ヒトデでは、腸の伸長と成体の接着器官を作る遺伝子の発現によって、吸盤様の構造を持つ3本の腕が生じ、ブラキオラリア幼生が新たに作られたと考える。


<幼生のルーツ-ヒトデからウニ、そしてクモヒトデへ->

次に、ヒトデのビピンナリア幼生がウニに受け渡され、これが形を変えてカルシウム性の幼生骨格を持つエキノプルテウス幼生となった。この幼生が形をいろいろ変えてクモヒトデに伝わり、更に形を変えてオフィオプルテウス幼生ができあがった。古生物学の調査によると、この転移が約100万年前に行われたと考えられている。こちらも、カルシウム性の幼生骨格を持つ。前述したKirkのクモヒトデは、この幼生を一度も得ていない。


<クモヒトデの幼生の多様性>

同属異種のレベルにおいても、幼生のタイプに違いが見られる。クモヒトデ綱のクシノハクモヒトデの一種Ophiura albidaとO.texturata は他のクモヒトデと同じようなオフィオプルテウス幼生の時期を過ごすが、同属のO.cincta はウミユリの幼生であるドリオラリア幼生の時期を過ごす。同属内においても、幼生の体を受け取る先が異なることがあるものと考える。


<プルテウス幼生の形態の多様性>

同じタイプの幼生における体長・形・腕の数の違いについては、幼生転移によるものではなく、遺伝子の変異の結果生じた差異、即ちダーウィン進化の範囲内で起こった差異であろうと考える。ウニのエキノプルテウスも、クモヒトデのオフィオプルテウスも、腕の数や形は、幼生の体を手に入れた後、遺伝子に変異や組換えが起こったためバリエーションが生じたものと考える。この現象が起こった時期としては、ペルム期後期―石炭紀中期が考えられる。


使用文献

Larvae and Evolution Donald I Williamson著 CHAPMAN&HALL 1992年

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