非公式の卒業論文のおわりに

幼生転移仮説の説明を目的に出版された日本語の書籍・文献は、2020年5月現在、我が国にはない。「破壊する創造者」でわずかに記載がある以外は、英文で書かれた情報のみになる。また、第15章で紹介した文献には、博士自身の文献は全く引用されていない。紹介した文献以外にも、進化発生学の分野の文献にはキーワードの合致する対象に関してはできるだけ一読したが、幼生転移仮説の実証された報告はない。

今後の展望としては、特定の幼生の時期にのみ発現量が増大する因子のRNAの分子系統樹を完成させることにあると思う。世界には悍ましいまでに優秀な科学者がひしめき合っている。何らかの数理モデルで毎年何らかの主張があることだろう。ゆえに、賢明に情報検索しつづければ、標的となる因子には出会える。分子系統樹も、手法を選択するセンスやプログラミング技術に明るければ、試行できそうだ。我が国ではMEGAというフリーウェアもあり、これは分子系統樹作成の可能な見事なツールと聞く。

ウェットラボで手を動かすのであれば、上記遺伝子を特定の時期にのみ選択的に抑制できる手法を用いて、個体発生を見ると言うことも、将来は可能かもしれない。この抑制の作用に強弱を調節できればなお良い。ゲノム編集という技術が世界的に脚光を浴びているようだが、太字にしたこの手法は、2020年5月の世界にはまだ確立されていないようだ。時計遺伝子や光遺伝学も発展しているのであれば、あってもおかしくないはずだが…以下のような空想である。


とある動物の胚(ON)→試薬の投与→卵割して原腸形成へ(ON)→幼生形態(OFF!)→変態して稚体へ(再びON)→成体(ON)


OFF!となって発生が停止するかもしれないが、このOFF!の時の幼生形態を見てみたい。成体のミニチュアのような形態になる、あるいは、数千年前の祖先の形態を模倣する、等の生命史の限界を目撃してみたいものだ。私自身は科学者になることはないので、第一発見者にはなり得ないが、心身が健全である限り、学会発表や文献を知り、目撃者の如き感動を得ることはできるに違いない。それは、超絶の才能を持ちたる一粒の眷属のみならず、大多数の一般市民はもとより、生命科学を生半可にかじった脱落者の特権でもあるのかもしれない。

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