<竜>脊索動物の左右性に関する仮説と化石動物達について

埋葬すべき最後の<竜>は、数十年前より頭から離れなかった、脊索動物以降の左右相称な体形についての仮説と、その根拠とされた化石動物について身勝手に書いてみたい。


大英博物館の研究者であったジェフェリーズ博士が提唱した、デキシオテチズム(Dexiothetism)という造語が使われる、相称性の喪失と再獲得である。彼は約30年にわたる脊索動物の祖先とされる膨大な化石を研究し、以下の仮説を提唱した。


① 脊索動物の祖先が体を90度回転させて右側を底面に横たえる体制になった(これをデキシオテチズムという)。横たえて上になった「左側」の器官は残るが、下になった「右側」の器官は損傷し消失する。

② その後、残った左側の器官とは鏡像関係になる「新しい右側」の器官が形成され、今日の脊索動物の左右相称の体形ができあがった。


この仮説を説明できる最も近い動物として、彼は半索動物Cephalodiscus(エラフサカツギ属:翼鰓類の属名になる)を挙げている。触手など主要な器官は「左側」に集中しており、「右側」は目立った器官は見られないというのだ。そして、デキシオテチズムを経た脊索動物の祖先が石灰質の骨格を獲得し、運動性および鰓裂を失ったものが棘皮動物であり、また、この脊索動物の祖先が尾の脊索を発達させ、水管系を失い、濾過接触の咽頭を発達させたのが脊索動物である、と考えた。彼は、デキシオテチズムによって生まれた動物であるとして、棘皮動物と脊索動物を、デキシオテチカ(Dexiothetica)という単系統のグループとして認識した。

ジェフェリーズ博士によると、この仮説を説明できる体制として、棘皮動物ウミユリ類Antedonの初期幼生を使用する。右側の後脳腔は左側の後脳腔の下に位置し、鰓裂も左側でのみ形成されるのだという。これ以外には、一般的に知られている例としては、脊索動物ナメクジウオの胚発生では左側が鰓形成などで右側より早く発生が進むことが知られている他、棘皮動物の遊泳幼生(例:ウニのプルテウス幼生)では、成体の原基は必ず右側のみに形成されることが知られている。彼は、カルポイド棘皮動物という石灰質の骨格を持つ左右非対称な動物の化石を研究し、前述の仮説に到達した。このカルポイドは大きく4種類にわけられる。ソルータ、シンクタ、コルヌータ、ミトラータである。

ソルータのDendrocystoides scoticusは、4億4千万年前のオルドビス紀後期に生息したとされ、矢じりのような体形に、片側のみ牛の角のような水管を伸ばし、後ろには細長い尾を持っていた。

シンクタのTrochocysties bohemicusは、5億3千万年前のカンブリア紀中期に生息したとされ、テニスラケットのような体形をしており、尾を持っていた。左右対称な外観に見えるが、口など幾つかの器官の位置は片側に偏っていた。鰓裂など棘皮動物の特徴を持つと考えられ、棘皮動物の祖先に近いと考えられた。

コルヌータのCothurnocystis elizaeはソルータのDendrocystoides scoticusと同じ地域で発掘され、4億4千万年前のオルドビス紀後期に生息したとされた。著しく左右非対称で、長靴のような形をしており、長靴の底に相当する位置から尾が伸びていた。また、長靴の足の入り口およびつま先に相当する部位より肢と思われる器官が伸びていた。

ミトラータのMitrocystella incipiensは、4億6千万年前のオルドビス紀中期に生息したとされた。シンクタと同様にテニスラケットのような形をしているが、口が左右の中間に位置し、尾の根元が太く頑丈そうな外観をしていた。


ソルータ・シンクタ・コルヌータの各器官は、半索動物Cephalodiscusの各器官と相同性があることが、ジェフェリーズ博士らの数々の研究により確認された。これらの成果は、仮説①の非対称な体制の確立の根拠となった。更に、仮説②については、コルヌータとミトラータの外部および内部構造で比較がなされた。外部構造においては、コルヌータの古い付属器官の末端部分が自切され新しいミトラータの付属器官が進化したことが示唆された。内部構造においてはは、コルヌータでは咽頭が左側のみだがミトラータでは左右にあることから左側咽頭の右側への膨出で左右両方の器官形成が起ったことが示唆された。いずれにおいても、ミトラータにて仮説②が起こり、新たな左右対称性の外観獲得につながる根拠とされた。

カルポイドから脊索動物への進化の道筋については、以下の図のように表現された。ちなみに、無頭動物は脊索動物(ナメクジウオ)、被嚢類はホヤ、有頭動物は脊椎動物と無顎類(ヤツメウナギ・ヌタウナギ)になる。



しかし、カルポイドから脊索動物への進化にも、説明できなければならない問題があった。石灰質の骨格の喪失・頭-尾の間の成長のメカニズムを説明する必要があった。また、無頭動物・被嚢類・有頭動物に進化するにあたり、石灰質の骨格の喪失は各々独立に起ったことを説明できなければならなかった。更に、各カルポイドの化石の年代は脊索動物よりも古くはないという難点があり、この矛盾を乗り越えなければならなかった。ヘンリー・ジー氏が表した「脊椎動物の起源(原題:BEFORE THE BACKBONE)」には、カルポイドと棘皮動物・脊索動物の起源を巡る論争が詳細に記述されている。非常に緻密な分析がされており、難解であるため具体的な内容は省略するが、ここで記載できるのは、20世紀に激しい論争が何度も行われたが、デキシオテチズムについてはついに学界で完全に受け入れられるには至らず、今世紀に入り、これについて議論された論文は見かけることはなくなった、ということである。


私自身は、ジェフェリーズ博士の1996年の総説と前述の日本語版に出会う前は、当時東京大学大学院の研究者だった雨宮昭南博士が岩波書店の「科学」や当時裳華房から刊行された「生物の科学 遺伝」でコルヌータのCothurnocystis elizaeを拝見しており、グールドの「ワンダフルライフ」でもお目にかかれなかった異形の化石に驚いたものだった。検索により各カルポイドの形態を閲覧することは難しくないが、文章だけで表現するのはやさしくはないと思っている。ゆえに、興味のある方には学名を打ち込み検索されることを是非お勧めしたい。

また、仮に石灰質の骨格喪失という出来事が系統の離れた動物門で起ったとして、カルポノイド自体は海底に生息していたとはいえ、ドナルド・ウィリアムソン博士の理論で語られるような、類い希なる雑種形成が起ったか、そこまで到達しないまでも、この石灰質の骨格喪失に繋がるような遺伝子の移動(ただし絶滅した動物群のため再現不可能)が行われ、3カ所で独立に起ったのではないか、と夢想するのも面白いかもしれない。ただし、デオキシテチズムを引き起こす最初の事件は何だったのか?最後に挙げる使用文献を読み直したが、心の底から納得できる記述を見出すことは叶わなかったのである。



使用文献

The types of bilateral symmetry in the Metazoa : chordate and bilaterian R.P.S. Jefferies著 Novartis Foundation Symposium 1991

脊椎動物の起源 H.ジー著 藤沢弘介訳 培風館 2001年

棘皮動物は、いかにつくられたか 雨宮昭南著 岩波 科学 Vol.66 No.4 1996年4月号

系統発生の中に左右性をみる 相原瑞樹ら著 生物の科学 遺伝1999年12月号(53巻12号)

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