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089 空の上、空の下の人たちにごあいさつ

ずっと大切にしている手紙たちのなかには、もちろん年賀状もあります。
はじめて年賀状をもらったのは七歳。小学校一年生のときです。その頃から毎年こつこつと、だれかに年賀状を書いてきました。

プリンターを使ったり、スタンプやシールを使ったり、自分で絵を描いたり。
はがきという小さなスペースを工夫するのがおもしろくて、年賀状の準備は、ちょっとした楽しみでした。

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年賀状を書くときに欠かせないのが住所録。
高校生の時に作ったものを今でも使っています。キャラクターの絵が描いてある、ごく普通のリングノートです。

これを見ながら、今年はだれに年賀状を出すか決めて、年賀状の必要枚数を算出します。名前や住所を見ると、大切な知り合いたちの顔が浮かびます。

Aちゃんは大学の友人。すでに三人のお子さんのお母さんです。今年もお子さんの成長を年賀状で見られるのかな、とか。

Bさんは図書館にお勤めしていたころの仲間。相変わらず素晴らしい技術で本の修復をされているのかな、とか。

名前から、その人の持つ空気や書き文字、話し方など記憶の粒たちが浮かんできます。

中には、もう年賀状のやり取りをやめてしまった人もいます。
「今後は年賀状でのご挨拶は失礼いたします」というお知らせをくださった方や、住所が変わってそのまま新しい住所がわからなくなってしまった方。それから、亡くなった方。
家族・親族以外の身近な方で鬼籍に入ったのは四人です。二人が学校の先生で、二人が友人です。その人たちの名前を目にしたときも、やはり記憶が喚起されます。
それぞれの時間、思い出。

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冬休みに入る前の日、C先生と学校の廊下でばったり会いました。放課後で、私以外の生徒はいませんでした。先生は入院中のはずなのに、どうしてここにいるんだろう?そう思っていたら、先生は
「髪を切ったのね。似合うわ」
と言ってくださいました。そのあまりの自然さに、私は先生が入院されていたことを忘れてしまいました。少しお話をしたあと、先生は
「また、三学期にね」
と言って手を振っていました。それが、私の見た先生の最後の姿でした。

あるいは、Dちゃんの絵。女の子がジュースを持って、ウインクしている絵。Dちゃんとは、イラストや手紙を毎日のように交換していました。
「横顔を描くのって、むずかしいね」
Dちゃんは、そう言っていました。川沿いの道にあるベンチに腰かけて、ああでもないこうでもないと、絵のことや漫画のことを話していました。

四人とも、予期せぬお別れでした。お別れは大体冬でした。
頭に浮かぶ、四人の姿は、毎年少しずつ淡くなっていきます。細部がぼやけて、曖昧になっていきます。くい止めようと思っても、ぐんぐん色褪せていきます。

でも。
古くなった住所録を手に、今年も彼・彼女たちのことをふわふわと思い出していると、あることに気づきました。

それは、確実に記憶はうすれつつあるけれど、その分一つ一つの記憶の断片が輝いていること。まぶしくて華やかな光ではありません。ふんわりと灯るやさしい光です。

身近なひとが亡くなった知らせを受けたとき、私は呆然としました。呆然としているあいだにかなしみがにじんできました。それは、じわじわと心を重たくしました。その息苦しさをなんとかしたくて、さみしがったり、くやしがったり、後悔したりしました。

どうして、という思いが頭から離れず、学校の帰り道にある公園やお風呂場でこらえきれず涙を流したこともありました。なにも考えられず、椅子に座ったまま何時間も過ごしたこともありました。ひとが突然いなくなったという事実は、私に一種の狂気をもたらしました。

それから何年も過ぎて、時は穏やかに心を癒してくれました。今、四人のことを思い出すと、胸の奥からあたたかくなります。私は、いつの間にか四人ときちんとお別れができていたようです。

そして毎年、この時期に四人と顔を合わせます。
住所録のページをめくりながら、順番に。ふんわりとした光をはなつ記憶の中で。
年賀状はもう出せないけれど、こんな風に会えるならいいよね。


この時期は、今同じ空の下にいる人たちへのご挨拶の準備と、空の上にいる人たちへ挨拶をする、うれしくて大切な時間を過ごします。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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