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衝撃!!自分の死体と対面した男

世にも奇妙な、江戸シュールコメディでございます。

【登場人物】

八、熊、中年男、野次馬①②③

     浅草雷門前

 「なんです?大勢立って……なんかあるんですか、こん中」

野次馬① 「行きだおれだそうですよ」

 「行きだおれ?そりぁ見みてえもんですな」

野次馬① 「あたしも見たいと思って……」

 「前のほうへ出られませんか?」

野次馬① 「これだけの人だから、股ぐらでもくぐらなきゃ、ちょいと出られやしませんね。」

 「股ぐらぁ? ああそうですか……(目の前の野次馬②に)もし、ちょいと」

野次馬② 「なんでぇ」

 「あっしぁ、前のほうへ出たいっていう心持ですけども……」

野次馬② 「何言ってやんでぇ。心持ちだからって、そうはいくけぇ」

 「どかなきゃどかねえたってかまいやしねや。こっちぁ股ぐらてぇ手があんだから。(野次馬②の股ぐらをくぐる)」

野次馬② 「おうおうおう、なんだなんだ、こん畜生!」

 「へっへっへっ、こんくらいの元気がなくちゃ前へは出られねえや……ほうら出た。なんだいこらぁ、人間の面ばっかりじゃねえか」

中年男 「だめだよ、お前さん。おかしなところから出てきて……まあ、せっかくここまで来たんだ。なるべく多くの人に見てもらいたいから、こっちぃいらっしゃい。

 「どうも、ありがとうござんす」

中年男 「礼なんぞいいよ」

 「なんですか? なんか始まるんですか?」

中年男 「別に始まりぁしないよ。行きだおれだよ」

 「へえ~、行きだおれをこれからやるんですかぁ」

中年男 「なんだい、わかんない人が出て来たな……いやね、この菰(こも)だよ、こっちぃ来てごらんよ」

 「へえ(まじまじと菰を見つめる)……アハハ、なんだ、こんなとに頭出してやがら……おうい、何してんだぁ~みんな見てるじゃねぇか、おう、起きたらどうでぇ」

中年男 「起きやしないよ、これぁ寝てるんじゃないんだから。死んでるんだから」

 「これ死んでんのかい? じゃ死にだおれじゃねえか。お前さんが生きだおれだってぇからさぁ……」

中年男 「あのね、本当は行(ゆ)きだおれ、それを行(い)きだおれって普段使いしてんのさ。ま、そんなことどうだっていいよ。菰をまくってごらんよ。

 「へぇ、そいじゃまぁ……(菰をめくる)へっへっへっ、おっ、この野郎、きまりが悪いんだな、むこう側向いて死んでるじゃねえか」

中年男 「いや、そういうわけじゃないよ。ともかく、知った人だか、ごらんよ」

 「そんな知ったやつなんざぁ……(顔を寄せて見る)ああっ」

中年男 「おい、どうしたい」

 「こりぁ熊の野郎だ」

中年男 「熊の野郎だなんてぇとこを見ると、知ってるんだね」

 「知ってるもいいとこだよう、こいつぁ俺の家の隣にいるんだよ。こいつたぁ兄弟同様に付きあってんだからねぇ、生まれる時は別々だが、死ぬときも別々だって仲だ」

中年男 「当たり前じゃねえか」

 「そうでぇ、当たり前の仲だい。……しかし弱ったな……おうっ、しっかりしろ!」

中年男 「おいおい、触ってもらっちゃ困るよ。それにしっかりしろったって、もう死んじゃってんだよ」

 「誰がこんなことをしたんだ。おめえか?」

中年男 「いやいやあたしじゃないよ。あたしはなにしろ心配して、みんなに見てもらってるんだよ。なにしろ身元がわからない。書付一本持ってないんだもの。だからこうして大勢の人に見てもらえば、知った人も出るだろうと思ってね。でもまあよかったよ」

 「よかったぁ?よかったなんて喜ぶとこを見ると、おめえが絞め殺したな(襟首をつかむ)」

中年男 「こらこら、馬鹿なことを言っちゃいけないよ(手を振りほどく)……引き取り手がわかってよかったてんだよ。……やれやれ、で、どうしよう、あたしのほうから知らせに行こうか? それともお前さん先ぃ帰って、この人のかみさんにでも知らしといてくれるかい?」

 「いやぁ、かかあねえんだ。これ、独り者だから」

中年男 「それじゃ家の方も、ご親族の方も……」

 「なんにもねえんだ、こいつは身寄り頼りのねえ独りぼっちで、かわいそうな野郎なんです(泣く)」

中年男 「そうかい、そうかい。引き取り手がないのかい。困ったなぁ……あっ、じゃお前さんが兄弟同様に付きあってるんだから、ひとまず引き取ってもらえるかい?

 「えっ、俺がですかい?……う~ん『あの野郎うめえこと言って持っていっちゃったなんて、痛くもねぇ腹ぁさぐられんのぁ嫌だな……」

中年男 「お前さん、おかしなこと言う人だねぇ」

 「あっ、じゃこうしましょ。ともかくここへ当人つれてきましょう」

中年男 「なんだい? その当人てのぁ」

 「ですからこの、行きだおれの当人を」

中年男 「おい、しっかりしなさいよ。この方は身寄り頼りのない独り者だろ」

 「そうなんです。かわいそうな野郎なんですよ(泣く)今朝もちょいと寄ってやったら、ぼんやりしてましてねぇ、『どうだ、浅草へお参りに行かねえか』ったら、『気分が悪いから止そう』なんつってましたがね……(泣く)」

中年男 「けさぁ?……会ってんのかい?ああ、じゃ違うんだよ……人違いだよ。この人はね、ゆんべからここへ倒れてんだから」

 「でしょうね。だから当人が来なきゃ、わからねえってんですよ。てめえで、てめえのことのはっきりしねえ野郎ですからねぇ、もうここでこんなんなっちゃってるとは、きっと今朝まで気がつかねえんですよう」

中年男 「あなたねぇ、よく気を静めてから話をしなさい」

 「いえ、すぐつれてきますからね、並べて見て、あ、これなら間違えがねえなと思えば、そっちも安心して渡せるでしょう」

中年男 「いえいえ、あなた。気が動転してるようだから、落ち着いて」

 「いえ、すぐつれてきますから、もう少しこれ、見ててくんねぇ、お願いします」

     八、去ってゆく。

中年男 「おいおい、お待ち。なんだいあいつぁ……当人当人って、当人はそこに死んでるじゃないか。頭おかしいんじゃないかい」

     熊の長屋

 「熊公!閉まってやがる、寝てんのか。おう、起きねえかぁ、熊公、熊公っ!」

 「馬鹿だね、あいつぁ。夢中に戸袋を叩いて、熊公、熊公って、一体だれぇ呼んで……あっ熊は俺だ。(八へ向かって)おいおい、寝てやしないよ。戸はその隣だよ」

 「(戸を開けて)畜生! ハナからそう言えってんだい。てめえ、そんなとこぃ座って煙草なんぞふかしていられる身じゃねえぞ!」

 「なんかあったかい?」

 「あったもいいところだ。情けねぇ野郎だな、こいつぁ」

 「もしや俺、なんかしくじって……」

 「大しくじりだよ。びっくりして驚くなよ。今朝俺ぁ、なにぃ行ったろう、ほらあの、どさくさの……じゃなくて、浅草の……なにぃしに……ほらあの、ずっと突き当りんとこあるじゃねえか……、ほら、拝む所よ。浅草名代の水天宮様……じゃなくて、不動様……でもない、ほら……ほらほらほら、浅草の……」

 「金毘羅様」

 「そう、金毘羅様……なんてあるかい! まったく……あっ、観音様!」

 「で、どうしたい」

 「俺ぁお参りをして雷門を出るてぇとな、いっぺぇの人だかりよ。なんだと思ってかき分けて前のほうへ出てみると、これがお前、驚くない……行きだおれだ」

 「ほほう……たしかにそりぁ見ものだな」

 「しかも、そいつは着物の柄からなにからお前そっくり。こうなっちゃもう、お前だってしかねえだろう。因縁だと思ってあきらめろ」

 「なんだか話がちっともわからねぇ」

 「この野郎、まだ気が付かねえのか……おう、お前はなぁ、夕べ浅草で、死んでるんだよう」

 「俺が?……よ、よせやい、気味の悪いこと言うない。だって兄貴、おれぁ死んだような心持ちはしてねえぞ」

 「それがおめえはずうずうしいてんだよ。心持なんてそうすぐわかるもんかい。いまおれ、確かに見て来たんだから、安心しろ。迷うんじゃねえぞ、お前」

 「だって考えてみつくれやい。今朝兄貴と俺とでここで会って、ちゃんと話をしてるじゃねえか」

 「だからおめえは死んだのに気づいてねえんだ……ゆんべどこぃ行った」

 「吉原ぁヒヤカシて、帰りに馬道んとこで夜明かしが出てやがってね、そこで、五合も飲んだかなぁ、いい心持ちでブラブラ歩きながら帰ってきた」

 「どこを歩いてきた」

 「観音様の脇を抜けたまでは覚えてんだ。それから先、どうやって家まで帰ってきたもんかなぁ」

 「そうれ、見やぁがれ、それがなによりの証拠じゃねえか……おめえ悪い酒ぇ飲んで、当たっちゃったんだよ。そんで観音様の脇まで来て、もうたまらなくなって引っくり返って冷たくなっちゃって、死んだのも気が付かずに帰ってきちゃったろう」

 「そうか」

 「そうだよ」

 「そう言われてみると、どうも今朝、心持ちがよくねぇ……」

 「そうれ見やがれ。だから早く行けよう」

 「どこへ」

 「死骸をおめえ、引き取りに行くんだい」

 「だれの?」

 「おめえのよう」

 「ああ、おれの……だって兄貴、これがあたしの死骸ですなんて、いまさら決まりが悪くて」

 「なにを言ってやんでぇ。当人が当人のものをもらってくのに、決まりが悪いなんてことあるもんか。おれが行って口をきいてやるよ。当人はこの野郎ですと、ようく見比べた上で、よろしかったらお渡しを願います。向こうだって当人に出てこられたんじゃどうにもしょうがねえだろう。ええ?おめえも黙ってることぁねえ。いろいろお世話になりましたぐれえのことぁ行っとけ」

 「驚いた」

 「驚くことぁねえ。早くしろい。てめえぐらい手数のかかるやつはねえぞ。まごまごしてるとほかのやつに持ってかれちまうじゃねぇかよう。ええ? ほらいくぞ」

      再び、浅草雷門前

 「ああ見ろ見ろ、あすこだよ。ほら大勢立って……お前が見られてんだ。中へ入るぞ。……おうごめんよ、といつくれ、といつくれ」

野次馬③ 「痛ぇ、あぶねえなぁ」

 「あぶねえも、蜂ねえもあるかい。当人が来たからどけってんだ、この野郎。おい熊公、こちぃ入ってこい。手前のものを取りに来たんだ。遠慮することぁねぇ。ずっとこっちだ。」

中年男 「お前さん、また来たのかい?」

 「あ、どうも、さきほどは……」

中年男 「困ったね。どうだい、おまえさん、やっぱり違っただろう」

 「いえね、帰ってね、すぐ当人に話をしますとね、野郎、そそっかしいぐれいのやつえすから、『おれはどうも死んだような心持ちがしねえ』なんてね、わかりきったことを強情張ってやがんですよ」

中年男 「いえ、お前さんねぇ、ようく気を静めて話をしなきゃだめだよ」

 「いえ、だんだんに話をして聞かせますとね、『そう言われてみると、今朝心持ちがよくねえからそうかもしれねぇ』って、この野郎のことでござんすから、どうぞひとつよろしく。(八に向かって)おう、こちぃ出てこい。あのおじさんにいろいろお世話になったんだ。よくお礼申し上げろ」

 「どうもすいませんです。ちっとも知らなかったんで。兄貴に聞いて気が付いたんですけど、あの、ゆんべここんとこぃ倒れちゃったそうで……」

中年男 「同じような人がもう一人増えちゃったよ。お前さんが行きだおれの当人だなんて、そんな馬鹿な話ありぁしないよ、困ったね。あのね、この菰、こちぃ出てきてごらんなさいよ」

 「いいです。もう見なくても……」

中年男 「いや、見ないてぇのも困るんだから、ごらんよ」

 「いえ、もうなまじ死に目にあわないほうが……」

中年男 「また、おかしなことを……」

 「おい、熊よ、気が重ぇかもしれねえが、見ろよ。二人並べなきゃ向こう様が安心できねえだろ」

 「そうか。なんだか嫌な心持ちになっちゃったなぁ、(菰をめくる)ええ? これかぁ……」

 「そうよ」

 「なんだい、ずいぶんきたねぇ面ぁしてるじゃねえか」

 「死に顔なんてぇのぁ変わるもんだ」

 「なんだか顔が長えようだなぁ」

 「一晩夜霧に当たったから、伸びちゃったんだろう」

 「はあ……(まじまじとみつめる)あっ、これはおれだっ」

 「そうだろう」

 「やい、この俺め、なんてまあ、あさましい姿んなって……こんなことと知ったらもっとなんか食っときゃよかった(泣く)」

 「泣いたってしょうがねえやな」

 「どうしよう」

 「うん、頭のほうを抱け。足の方を俺ぁ手伝うから……」

 「そうか、じゃ頼むよ……人間はどこでどうなるかわからねえ。こんなとこで恥をさらして……」

     八と熊、死骸を持ちあげる。

中年男 「おいおい、触るのは困るよ。抱いてみなくったってわかるだろ。よくごらんよ、お前さんじゃないよ。

 「うるせえ!余計なこと言うねぇ。当人が見て俺だつっってんだから間違えねえじゃねえか! (熊に向かって)いいから抱け抱け。自分のものを抱いてお前、いけねえことがあるもんかい」

 「でも兄貴。なんだかわかんなくなっちゃったな。抱かれてんのは、たしかに俺なんだが、抱いてる俺はいってぇどこの誰だろう」

 「そんなこたぁ俺もわからねえ。それより落とすんじゃねえぞ、傷でもついたら大ごとだ」

 「傷って……死んでんだよな、これ。」

 「うるせぇ! つべこべ言わずに足動かせ、おう、どいたどいた!」

     八と熊、死骸を持って去ってゆく。

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