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四者四様、万歳!女性監督

 11月のある土曜日、イタリア北東部ヴェネト州で、パドヴァ大学に通う学生の元カップルが行方不明になった。ご家族や周囲の期待をよそに、女性は数日後に遺体で発見され、重要参考人として行方を追われていた男性はドイツ国内で逮捕された。
 残念な、というよりは大変恐ろしいことに、イタリアは元夫婦、元恋人の男性側による女性の殺人事件が非常に多い。今年2023年だけで、すでに105人めとのことで、3日に1人、女性が殺されていることになる。その都度、大きく問題視されるのだが、今回は、大学卒業を目前にした23歳の被害者と同級生の加害者ということもあってか、地元のみならずミラノなどでも女性たちのデモ活動が起き、政府も早急な対策を求められる事態となっている。
 イタリアは現在、初めて女性が首相を務め、第一野党でも女性が党首に選ばれている。また、各分野における女性のトップも少なくはないものの、まだまだ家族経営の企業や、美術館館長など限られ、欧州の中でも女性の進出度は低い方だろう。
 痛ましい、上述の事件においても、卒業目前の女性に対し、男性の側が先を超されるのをよしとせず、卒業を待つように願ったとの発言などが問題視されていた。

 1946年、街角には米国の占領軍が立つローマで、貧しいながらも賑やかな生活を送る家族。モノクロの映像は、かつてのソフィア・ローレンの「今日・昨日・明日」などを思わせる。往年の名作との違いは、元気で働き者の女性と、そんな奥さんに支えられている男性・・・による日常的な暴力が明確化されているところ。朝食の支度をして、お弁当(簡単なサンドイッチとはいえ)を用意し、子供たちを学校に送り出し、寝たきりのお舅の世話をし、掃除、洗濯、内職に、外でのアルバイトの掛け持ち・・・と働き詰めの妻を、夫は気に入らないことがあると、簡単に殴る。妻と娘が稼いだ僅かの小銭を当然のように全て取り上げ、自分は夕食後、仲間たちとのカードゲームに出かける。妻が何か一言、口にしようものなら、お前はおしゃべりがすぎる、と怒る。
 女優として長く活躍するパオラ・コルテッレージが、自身の主演による初監督作品「C’è ancora domani(仮訳、まだ明日もある)」は、11月22日に公開以来好調で、現在、イタリア国内の興行成績で今のところ1位、2位にいる「Barbie」と「Oppenheimer」に次いで3位につけている。
 家庭内の家庭内の暴力に関して、これまでのイタリア映画でも一切触れてこなかったわけではない。中でも、エレナ・フェッランテ原作の「リラの物語」はテレビ・ドラマ・シリーズだが、原作からして、男性たちによる女性や子供達に対する暴力や暴言の数々には、しばしば読んで(観て)いて気分が悪くなるほどで、その環境から立ち上がる女性たちの姿を描いている。 
 (以下ネタバレ注意)この物語はそして、イタリアで初めて女性が参政権を得た、1946年6月の国民投票で終わる。敗戦国イタリアが、それまでの君主制を続けるか、共和国となるか、全国民のほぼ9割が投票所に足を運んだ。自分の意思で、自分の人生を変えようとした女性が、新たな国の誕生に一票を投じる。タイトルの、2重の意味が明かされる。実は、コメディタッチなのが、何より心地よい。

C’è ancora domani監督 Paola Cortellesi出演 Paola Cortellesi、Valerio Mastandrea、Romana Maggiora Vergano、Emanuelaイタリア、2023年、118 min

 これぞハリウッドな、さすがなビジュアルでこの夏、イタリアも席巻した「Barbie」も、ピンク色のバービーランドを見せつつ、男女の不条理な格差をテーマとしていた。この2本が、イタリアの2023年興行成績の首位を争うことになるとしたら、皮肉だけどおもしろい。

Barbie監督 Greta Gerwig出演 Margot Robbie、Ryan Gosling、America Ferrera、Kate McKinnon米、2023年、114分

 一方、私の中で、今のところの今年一番は、ポーランド出身のアグニエシュカ・ホランド(Agnieszka Holland)監督の「The Green Border」。
 今年のヴェネツィア映画祭で、審査員特別賞。イタリアのガッローニ監督の「Io Capitano」とともに、移民問題を取り上げた作品が2本、受賞したことでも話題になっていたが、正直のところ、前者以上の衝撃を受けた。
 イタリアにいると、毎日のようにアフリカから地中海を渡って、移民たちがシチリアや南イタリアに上陸するニュースを目にする。そして不幸にも、目的を目前に命を落とす人々も多くいることも。同じように、アフリカやアフガニスタン、シリアなどから祖国を逃れて、ヨーロッパを目指すのに、ベラルーシから陸の国境を超えてポーランドに入る人々がいるということを、不覚にもこの映画で初めて知った。表向きは、ごくごく普通の旅行者のように、スマホ片手に、スーツケースを転がして飛行機でベラルーシに入国、空港から、明らかに怪しげな車に乗り込み、国境を目指す。そしてそれは、合法ではない。「全て手配済み」だったはずにもかかわらず、車から途中で放り出される。ベラルーシ側から、現金と引き換えに、こっそり鉄条網を通過させられた先では、ポーランドの国境警備隊による、武器の使用も厭わぬ追及。双方の暴力の応酬の間で、子供も老人も妊婦も、まるでモノ以下の扱いでその運命を弄ばられる。
 必死の思い出彼らの目を逃れた人々を阻むのは、暗く果てしない森。陸続きの国と国との間に広く横たわる森には静かに、だが簡単に人をも飲み込む沼地もあるのだった。
 冷静なドキュメンタリー・タッチながらも、移民、警備隊員、人道活動家、異なる視点から描いた映画は、黒澤明監督の「羅生門」をも思わせる。悲しく、恐ろしく、美しい作品。

The Green Border監督 Agnieszka Holland出演 Behi Djanati Atai、Agata Kulesza、Maja Ostaszewska、Tomasz Wlosok、Piotr Stramowskiポーランド、独、仏、ベルギー、2023年、147分

 もう1本、カンヌ映画祭コンペ上映の「La Chimera(キメラ)」、アリーチェ・ロルヴァケル監督の同作品はズバリ、墓荒らしの話。ローマのあるラツィオ州とその北側、トスカーナ州にまたがるトゥーシャ(Tusica)と呼ばれる地方は、ローマ人より前に、エトルリア人という民族が暮らしていた地域だった。知られざるエトルリア人の墓地を探し当てては、その埋葬品をくすねて「商売」をする。石油や金はもちろん、地面の中から出てきたものは、たとえ私有地であっても国有財産であるイタリアでは、それはもう立派な犯罪。映画の中ならではのお話、だが、偶然にもローマ時代の墓地を続けて2カ所、見学に行ったばかりの絶妙なタイミングで、一段と楽しめた。考古学好きには必須。

La Chimera監督 Alice Rohrwacher出演 Con Josh O'Connor、Carol Duarte、Vincenzo Nemolato、Alba Rohrwacher.イタリア、2023年、134分

たまたま、続けて見た女性監督の作品たち。いずれも力強く、何より映画としておもしろかった。

28 novembre 2023

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