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知られざる戦国時代、『パシオン』(川越宗一・著)を一気読み

 戦、戦に明け暮れた時代。味方を欺き、隙あらば攻め、裏をかき、裏切り、追従し、上を目指す。殺らねば殺られる、そう思い込まされていた時代。
 どこかの書評か何かで見かけて気になった本、日本からの機内で一気に読んだ。

 物心つく前に、母親諸共にその婚家を追われ、隠れるように幼年時代を過ごし、やがてその母も失くし、養父母に育てられた小西彦七。キリシタン大名であった祖父、小西行長は関ヶ原の戦いで豊臣側につき敗北していた。やはりキリシタンであった母の教えを受け、セミナリオで学んでいた彦七はまた、戦火につぐ戦火で人々が殺し合い、傷づけ合う世界に疑問を抱く。お家の復興を願い、旗揚げを担ぎ上げる家臣らの期待に反し、信仰の道を選ぶことを宣言する。それは同じくキリシタンであった家臣らを前に、「武士の定め」から堂々と脱却する、唯一の手段でもあっただろう。司祭として帰国し、苦しむ信徒らを救う。それが彼の目標となった。
 洗礼名で小西マンショ。やがてキリシタン追放令により、仲間とともにマカオへ逃れ、ゴアからポルトガルへ。コインブラ大学で学んだ後、さらにローマのグレゴリアン大学のセミナリオ、聖アンドレア修練院、さらにグレゴリアン大学で神学を学び、司祭に叙階された。

ローマ市内にあるグレゴリアン大学

 秀吉や家康、時の大名らの名が背景に登場するのはもちろんだが、天正少年遣欧使節団の一人、原マルティノや、日本人で初めてエルサレムを訪ね、ローマ入りしたペトロ岐部、そして天草一揆の立役者、天草四郎など、他のさまざまな物語であれば主役を張ってきた人物らが脇を固めていて、それがおもしろい。特に後者2人などは、どちらかというとクセの強い、いわばキャラ立ちした彼らは、いかにも強烈に人を惹きつける。対して、特別な才やカリスマがあるわけでもないが、常に真摯に他人に向き合い、戦乱の世を憂い、悩み、考え成長していく普通の青年である小西マンショの姿は、より共感を呼ぶ。帰国したのちの苦しみは、言うまでもなく深い。
 一方、伏線として登場し、やがて対峙することになる江戸幕府のキリシタン対策を担う井上政重は、元来の生真面目さ故に、心に痛みを封印しのし上がっていくことになるが、その痛みはいえるどころか、年を追うごとにますます深まるように見え、悲しい。
 誰もが、時代に翻弄され、抗い、時に流されながらも、その時その時を懸命に生きた。でももう、こんな殺し合いの世は、歴史と小説の中だけで十分だ。宗教が理由であれ、そうでなかれ、人を傷つけ合う行為は今すぐやめなければ。

『パシオン』、川越宗一・著
PHP研究所、2023年7月

15 ago 2023


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