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東京国立近代美術館「民藝の100年」展~大手町「将門塚」へ

soufu(そうふ)

「民藝」が好きである。
自分でも民藝の器を求めて普段から使うようになったのは、20代後半くらいだったろうか。

「民藝」と親しむきっかけとなったのが、
先日の、柚木沙弥郎展の記事でも少し触れたけれど、
子どもの頃から母に連れられて訪れていた、思い入れのある岩手・盛岡にある「光原社」。

光原社は元は、宮沢賢治の童話を出版するために創られ、
現在は日本全国の民藝の器を中心に販売をしている。

落ち着いた素敵な喫茶店も敷地内に併設され、
敷地内の庭を散策するだけでも心が整うような、大好きな場所。
現在、わが家の器は、光原社を訪れる回数が増えるに連れて、年々民藝率が高まっていて、現在6割くらいだろうか。

民藝に興味が高まった20代後半の頃に、駒場の「日本民藝館」も訪れたことがある。

建物の細部までのデザインに対するこだわりが感じられて、堪能したことを覚えている。

東京国立近代美術館で民藝展を行うと知ったとき、正直、違和感を感じずにはいられなかった。
民藝展のカタログにもあるように、「東京国立近代美術館」と柳宗悦を中心とした「民藝運動」とでは、ベクトルが違う。

「東京⇔地方」
「官⇔民」
「近代⇔前近代」
「美術⇔工芸」

「東京国立近代美術館」が「民藝運動」をどのように編集するのだろう、
そのような興味を持って、観に行ってみた。

個人的な感想を率直に言うならば、
「体験」としてワクワクする要素は、多くはなかった。
そのような体験を求めるならば、建築を楽しむという要素も含めて、柳が創設した駒場の「日本民藝館」へ行くことをおすすめする。

だからといって、東京国立近代美術館が民藝展を行うことに意味がない、というつもりはない。
これまで相容れなかったものが、まずはお互いを知ることから始める、
そのような動きによって、
東京国立近代美術館にはよく行くが、民藝に関心のなかった人々が、民藝に目を向けるきっかけになり、
その逆もまた、あるかもしれない。
対立ではなく、共に在ることへの、
意味ある一歩となる今回の企画展だったのではないか、
とそんなふうに、考えてみたりする。

鑑賞は1時間程度と見積もっていたのだけれど、
展示のボリュームと、「読む」要素がなかなか多かったこともあり、
気付いたら2時間が経過していた。
最後のショップもじっくり観たかったのだけれど、時間切れで通り抜けることに・・・(涙)

企画展を観た後は、皇居の東御苑を小一時間散策してから帰ろう、と計画していたのだけれど、時間切れでこちらも諦めることに。。。

スマホで帰り道を検索してみると、以前から一度訪れてみたかった平将門公の首塚とされる「将門塚」が帰り道にあることに、気付く。
(桜井識子さんの著作で、将門公との「やりとり」を拝読してから、将門公が好きになり、神田明神にも参拝へ)
立ち寄ってみることに。

石庭のようなすっきりと、スタイリッシュな空間となっていた


将門塚から空を見上げてみた なんだか気持ちがよい
「動かしてはいけない、大地にとって大事な場所」なのだそう


会社員時代は、大手町にも度々、いたのだけれど(会社の事務所もあったので)、
以前はどちらかというと、「近寄らないほうがいい場所」というイメージがあり、訪れたことはなく。

識子さんの本のおかげで、怖がる場所ではなく、むしろ神聖な、大事な場所と知り。

私が訪れた平日の昼下がりは、貸し切りでお参りさせていただきました。

民藝展の鑑賞が1時間程度で終わっていたら、こちらには寄れなかったと思うので、
将門さんが導いてお参りさせてくださったように感じたのでした。感謝申し上げます✨

#1日6000歩  1/26-2/1 計88,086歩 12,583歩/日✨


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soufu(そうふ)

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