SNSでトラブったとき、助けてくれたのはSNSで出会った友人だった話
普段の生活で、なくてはならない存在になったSNS。
誰とでも簡単につながれるようになり、誰でも簡単に自分という存在を発信できるようになった。
そんな自分も、SNSに出会って間もなく10年ほどになる。
はじまりはmixiであった。オンラインでの知り合いに実際に会って交流をする「オフ会」というものに参加をして、マイミクという知り合いがどんどん増えていく感覚に快感を感じていた。
気づいた頃には、200人近くの友人とつながりを持っており、一度しか会ったことがない人にも、つぶやきという機能で発信をすれば自分の今の状況を気軽に限定公開できる。
「一度会ったことがある人だから、どんな発信をしても大丈夫だろう。」
過信した自分がいた。
当時、地元の行きつけのカフェがあり、親子連れで来ていたお客さんがいた。まったく人見知りをしない男の子で自分もまた可愛さのあまり携帯でその子の写真を撮っていた。母親に確認することなく、発信をしてしまったのである。
後日、マイミクでもなんでもない人からメッセージが届いていた。
「何、許可を得ずに息子の写真を撮ってSNS上に載せているんだ!」
という内容があった。思い当たる節はあった。
「まずいことをしてしまった!」
すぐに、行きつけのカフェのマスターにこういった事情があったことを連絡した。
どうやら、マイミクの誰かが情報を共有していたということで、
その日に謝りに行ったのである。
「犯罪に巻き込まれたらどうなっていたのか、考えなかったのか!」
ものすごい怒号が店内に響き渡ったのであった。謝るだけでは誠意がみえないということで、
再び約束した日に謝りに行くことになった。
「とんでもないことになってしまった!」
SNSでトラブル起こしたことのない自分にとって、抱えきれないほどのものが一気に押し寄せてきた。
すると、タイミングがよくオフ会で出会った弁護士を目指している大学生から連絡があった。
「声に元気がないけど、何かあったのか。」
どうやら元気がないことに気がついたようで、抱えている問題を正直に話すことにした。
「民法上、その要求に応じることはない。むしろ、無視してもいい事案だ」ということであった。
しかし、会う約束をしていたため、誠意を見せなければならないということも伝えた。
「わかった、俺も一緒に行く、君が一人では相手の思うツボになる。」
急遽、一緒についてきてくれることになった。
スーツを着て、身なりを整え、お詫びの品物も用意する。
自分がSNSでトラブルを起こすことになるとは夢にも思わなかったのである。
現場に着き、母親の挨拶がわりのひとこと
「一人で来ることができなかったのか。それとも臆病なだけか。」
散々な言われようであった。もちろん、母親として子どもの写真が、勝手にSNS上にアップされたことによって犯罪に巻き込まれたりしたら、疑われるのは間違いなく自分であるということだ。
「誠意が足りない、考え方が浅はかなんだよ!」
何度もお詫びをしたのが、どんなに頭を下げても許してもらえる気配はなかったのである。
そこで、友人がすかさず、
「これ以上、彼を悪くいうのであれば脅迫罪に当たりますよ。」
母親はひるみ、今まで言ったことに対して申し訳なかったこと、言い過ぎていたところもあったことに反省をしていた。
幸いにも対処が迅速であったため、その場で解決をしたのだが、改めてSNSでトラブルが起きることを実際に経験したのである。
オンラインで知り合っても実際にオフラインで会うことが、人間社会において大変重要であり、人と人との繋がりが気軽にできるからこそ、このような問題も見えないところで起こっているのだと感じた。
相手を信頼する。
言葉にするととても簡単にみえるのだろうけど、今まで積み重ねたものから生まれたものであって、いつでも使えるようなものでない。
本当に自分が大変なときに「助けて!」といえる環境がそこにあるのか。
信頼関係を構築できているのか。普段の身の振り方によるものである。
「会う時間の長さ」ではなく「会う時間の深さ」である。
大人になってからの信頼関係の築き方は、その場その場で生まれ、体温のある交流ができるかによってつくっていくものであると思う。
どんなにインターネットが発達しても実際に会うオフラインの強さは、オンラインに勝るものだから。
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