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【小説】私は空き家(西宮市築39年)3

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お盆も間近の暑さが厳しいある日曜日、三女のきよみさんがやって来た。きよみさんの帰省は、実に3年ぶりだ。
程なくして、次女のえみ子さんとその旦那さんもやって来た。

「きよみさん、久しぶり」

と、えみ子さんの旦那さんの“こういちさん”が挨拶する。こういちさんもえみ子さんと同様、近くの市の役所に勤めている。
えみ子さんときよみさんは日頃から連絡を取り合っており、こういちさんときよみさんも親しい間柄だ。

今日は、私――この家の将来について、一度相談しようということで、三人で集まったらしい。


「いつまでも今の状態は良くないわよね」
換気と簡単な掃除を済ませた後、三人は居間で話を始めた。

「それはみんな思ってるわよ。きよみがこの家を売ることを承諾したら、すぐ解決するんじゃない?」
「そんな言い方しなくても」
言い合いを始めた姉妹に、「まあまあ」とこういちさんが仲裁に入る。

「売却したいと言っている君とお義姉さんだって、意見が全く同じわけじゃないじゃないか。むしろ、お義姉さんの考え方に納得できない部分も多いんだろう?」
「それはそうだけど……」
こういちさんに穏やかに諭され、えみ子さんはがばつが悪そうだ。

「姉弟とはいっても、世帯が違えば、それぞれ家の事情も違うからね。特に財産、お金の問題になると、なかなか話がまとまらないものだよ。
とはいえ、対象の財産が『家』となると、話し合いに時間がかかり過ぎるのも良くないね。管理に手間とコストが掛かるし、防犯面でも心配だ」

なぜ話し合いが進まないのかという原因、それでも空き家のままにしておくのは良くないと語るこういちさんに、えみ子さんもきよみさんも頷く。

「防犯もだけど、災害や家の劣化も怖いわ。ご近所に迷惑が掛からないか、心配よ」
「人が住まなくなった家って、劣化が早いって言うものね。早く何とかしないと。この家が『人の住めない家』になるなんて嫌だわ」

「ご近所に迷惑を掛けたくない」というえみ子さんと、「大切な実家を劣化させたくない」というきよみさん。実家に対する想いや捉え方は違えど、「早く対策しなければならない」という点では、二人は同じ考えのようだ。

「えみ子姉さんとだけなら、落ち着いて話し合えば解決しそう。四人で話すと、どうしてあんなに揉めるんだろう」
そう愚痴をこぼすきよみさんに、こういちさんが言う。

「誰かが、皆の意見や希望をまとめる必要があるんじゃないかな」
「私が?! それはちょっと……」
戸惑うきよみさんに、「違う違う」とこういちさんが笑って続ける。

「こういう話は、第三者に間に入ってもらうのが、スムーズに行くものだよ」
「第三者って誰? こういち義兄さん?」
「僕も一応、親族だからね。第三者とは言えないよ。
こういう揉め事の相談先は弁護士さんだろうけど、少し大げさな気もするね。費用も掛かるし、何より、お義父さんがご健在だし」
「そうよね。親の生きているうちから相続で揉めているみたいで……不謹慎だわ」
こういちさんの言葉に、えみ子さんがしかめっ面で同意する。

「まあ、第三者が誰か、というのは後にして。まずは、皆の意見を整理してみようか」
そう言って、こういちさんが鞄からノートとペンを取り出す。

「まずはお義父さんの意見から」
こういちさんがノートに「父」と書くのを見て、きよみさんがえみ子さんに話し掛ける。

「お父さんの様子はどう?」
「先週、面会に行ってきたわ。窓越しに電話を使っての面会だったけれど、表情も声も元気そうだったわよ。『きよみが来週帰ってくるよ』って伝えたら、喜んでた」
「良かった」
「今週も面会の予約を入れているから、一緒に行きましょう」
「うん。ありがとう、えみ子姉さん。
あっ――ごめんなさい、こういち義兄さん。話しが脱線しちゃった」

申し訳なさそうに眉を下げるきよみさんに、「気にしないで」と、こういちさんは笑顔で首を横に振る。

「この家をどうするか、お義父さんに聞いたんだろう?」
こういちさんに尋ねられ、えみ子さんが頷く。

「『姉弟で相談して決めたらいい』って」
「そうなんだ……」
えみ子さんからご主人様の言葉を聞き、きよみさんは悲しそうに目を伏せる。

『父(所有者):子供達が相談して決めることを希望』

ノートにそう書いて、こういちさんがえみ子さんときよみさんを見る。
「こんなふうに、一人ずつの意見を書き出してみようか」

  • 父(所有者):子供達が相談して決めることを希望

  • ふさ子(長女/4分の1の法定相続人):売却・換金・生前贈与

  • えみ子(次女/4分の1の法定相続人):売却または安全な形での所有

  • けんいち(長男/4分の1の法定相続人):特に意見・希望なし

  • きよみ(三女/4分の1の法定相続人):売却はしたくない


「大まかではあるけれど、大体こんな感じかな」

えみ子さんときよみさんの話をこういちさんがまとめる形で、所有者であるご主人様、法定相続人であるお子さんたちそれぞれの考えや希望が、ノートに記された。

「まとまる気がしないわ……」
ノートを見ながらげんなりと呟くきよみさんに、こういちさんが言う。

「ただ間違いなく言えることは、何もしないと、必ず余計な費用や労力が“誰か”にかかってくる、ということだね。
さっき君たちも言っていたように、家は使っていないと、色々な所に傷みが出てくる。庭木の手入れ一つとっても、誰かが行わないと、ご近所からのクレームにもなりかねない」

「けんいちがもっと積極的に動くべきなのよ! 私が言わないと、あの子、本当に何もしないのよ。長男のくせに、無責任すぎる!」

「まあまあ。今はもう、そういう考え方は『古い』と言われる時代だから」
ボヤくえみ子さんを、苦笑しながらこういちさんが宥める。

「たとえ姉弟であっても、一度家を出たら、それぞれの事情や環境があるもの。
でも、僕が話を聞く限りでは、この家を手放すことが本意の人は誰もいないと思う。
今は売却をする・しないの二択のようになっているけれど、売却以外でも、空き家にかかる費用や労力を減らす方法もあるんだよ」

「そうなの? それって、どんな方法?」
前々から「売却をしたくない」と主張してきたきよみさんが、前のめりに質問する。

「空き家を活用するんだ。僕がパッと思いつくのは、空き家を人に貸して、家賃収入を得る活用法だね」

「この家を人に貸す……誰にも使われずに傷んでいくより、断然いい!」
こういちさんの言葉に、きよみさんの表情がパッと明るくなる。

「活用方法は、他にもあるはずだよ。
空き家の活用を色々と手掛けている会社を知っているから、良かったら、一度相談してみるかい?」
「ああ、この間言っていた業者さんね」
こういちさんの提案に、えみ子さんは思い当たる節があるようだ。

「えみ子姉さんも知ってる会社なの?」
「私は、こういちさんから話を聞いただけ。こういちさんは、会ったことがあるのよね?」
「前に一度ね。知り合いから紹介されたんだ」

こういちさんは釣りが趣味でよく海釣りに出掛けているらしく、そこで出会った釣り仲間との雑談で「妻の実家が空き家になって困っている」と話したところ、その会社を紹介されたという。

「空き家の活用をメインに行っている会社で、リフォームや賃貸管理に売買、解体、一通り手掛けているそうだよ。
話しを聞いて印象的だったのは、空き家という“モノ”だけでなく、所有者の事情という“コト”まで含めて、問題解決のための相談に乗ってくれるということかな」

「知らない人に家の事情を話すのは、何だか気が引けるけど……」
戸惑うきよみさんに、こういちさんとえみ子さんは、

「意外と、赤の他人の意見やアドバイスのほうが、的を得ているものだよ。
向こうは、これまで色んな案件を手掛けてきたプロだしね」
「空き家の活用をしている会社に、空き家の相談をするんだもの。なにも恥ずかしい話じゃないわ」

と、あっけらかんとしている。

「それじゃあ一度、聞くだけ聞いてみようかな」
まだ少し戸惑っているものの、こういちさんやえみ子さんと一緒ならばと、きよみさんも相談の場に同席するようだ。

「それじゃあ、日程を調整してみるよ」
こういちさんが先方と面談の日にちを調整する、ということを決め、3人は帰っていった。


3人が帰り、またいつもの静けさが戻ってくる。
生活音の全くない、人が暮らす気配のない静けさだ。

『この家を手放すことが本意の人は誰もいないと思う』

こういちさんの言葉が思い出される。そして、

『誰にも使われずに傷んでいくより、断然いい!』

そう言って喜んでいた、きよみさんの姿も。

私は、少なくとも自分で思うよりは、家族の皆に大切に思われているのかもしれない。



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『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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