見出し画像

【小説】私は空き家(西宮市築39年)4

株式会社フル・プラス


4


残暑の日差しが厳しい日曜日。
今日は朝から えみ子さん、こういちさん、きよみさんが来て、来客の準備をしている。
間もなくして、インターホンが鳴る。スーツ姿の男性と女性がやって来た。
どうやら、彼らが空き家の活用を行っている会社のスタッフらしい。

「わざわざすみません。お上がりください」
出迎えたこういちさんが、2名を家の中へと通す。

「妻のえみ子と、その妹のきよみです」
こういちさんに紹介され、2人は「宜しくお願いします」と会釈してスタッフを迎え入れた。

「はじめまして。宜しくお願いいたします」
「本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
初対面となるえみ子さん・きよみさんに対し、スタッフ2名は爽やかな笑顔で礼儀正しく挨拶した。

スーツ姿の若い男性が話を切り出す。
「一通りお話は伺っております。
本日は込み入ったお話になるかと思いますが、個人情報の保護に関しては法令を遵守いたしますので、ご安心ください」
そう真摯に告げる男性スタッフに、見ず知らずの相手に家庭の事情を話す事に抵抗を感じていたきよみさんも、少しほっとした様子だ。

「今回のようなお悩みは、多くのご家庭でよく見られるケースです。
当社が加盟するNPO法人にも、同じような相談事が数多く寄せられているんですよ」
聞けば、自社で空き家の活用に関する取り組みを行う他に、全国で空家対策を行うNPO法人の加盟会社としても活動しているとのことだ。

そうした取り組みの中で対応してきた過去の事例を個人情報に抵触しない範囲で紹介しながら、空き家の対策や活用方法について、男性スタッフは熱心に話した。

男性が話の中で特に強調していたのが、「空き家の気持ち」だ。
「”空き家の気持ち=本望”とは、”所有者様と使用者様に喜んでもらう事”という考えから、空き家の活用に取り組んでいます」
そう熱く語っていた。

今の私はどうだろう。
誰にも使われていない状態で、ご主人様とお子さんたちは私の事で意見が分かれ、悩んでいる。
私の存在そのものが、決して役には立っていない状態だ。

「建物自体は古く、まだ隅々まで拝見していないので何とも言えませんが。
立地は住宅地として人気のある場所。
補修・改修した上で賃貸住宅として運用する、『空き家運用』という活用方法はいかがでしょうか?」
そう提案した男性スタッフは、更に続ける。

「名義人であるお父様が施設に入所されているとのことですから、ご姉弟のどなたかが代理人となって運用をされるのがよろしいかと。
『家族信託』という方法を用いると、代理人様の判断で財産の管理が行えますので、運用がスムーズかと思います」

「家族信託って、認知症になった後でも出来るんですか?
認知症になる前でないと出来ないという認識だったのですが」
以前に家族信託について調べてみたことがあるというえみ子さんが質問する。

「おっしゃる通り、原則として、家族信託は認知症になる前でないと出来ません。
ですが、認知症を発症した後でも判断能力があり、『信託契約の内容をしっかり理解出来ている』と公証人が判断した場合には、家族信託の契約締結が可能です。
お話を伺う限り、お父様には判断能力があるように思われます。家族信託が出来る可能性はあるかと。」

「そうなんですね。それは知りませんでした。」
男性スタッフの説明を聞き、質問したえみ子さんだけでなく、こういちさんときよみさんも感心したように頷いている。

「そうして運用を行い、後々相続が発生した時には、ご姉弟間で持ち分を売買するといった方法もございます」

「姉弟間で売買? どういうことですか?」
そう質問したきよみさんに、男性スタッフが答える。

「ご姉弟の内のどなたかお一方が、他のご姉弟の法定相続分を買い取るということです。
相続後も運用を行う場合、共有者が多いと書類などのやり取りに時間が掛かりますし、意見が合わずに揉め事になる恐れがあります」

「なるほど。それは確かに揉めそうですね」
今でさえ揉めているのに、と苦笑するきよみさん。

その後も男性スタッフの説明は続き、改装に掛かる大まかな費用、見込める賃料収入、将来の展望などが話され、3人は質問を交えながら聞き入っていた。

一通り話しを聞き終えた後、
「この家を人に貸す、使ってくれる人がいるというのは、空き家にしておくよりもよっぽど安心できます。
すぐの売却には気乗りがしなかったので、検討してみたいと思います」
そう感想を口にするえみ子さんに、きよみさんも続く。

「この家を手放すことなく資産として運用していくというのは、私としては理想にピッタリ合った活用方法です。
でも、ふさ子姉さんやけんいち兄さんが何というか……」

「宜しければ、ご提案書を作成いたします。
それを見て、皆さんでご判断されてはいかがでしょうか?」
男性スタッフの申し出に、えみ子さんときよみさんは「お願いします」と揃って頭を下げる。

「かしこまりました。
判断基準と言ってはなんですが。
資産・財産と向き合う際に欠かせないのが『経済合理性』だと、当社は考えています。
つまり、”損か得か” ”負担が有るのか無いのか”という事です」
「なるほど」と頷く3人を見ながら、男性スタッフは笑顔で言う。

「先程申しましたとおり、空き家の本望は”所有者様に喜んでもらう事”ですから。
所有者様に負担があっては、空き家が泣きます」

「空き家の本望」という男性スタッフの言葉が、心に響く。
私の気持ちは「皆を困らせたくない、笑顔でいて欲しい」
これが私の心からの願いだ。
「空き家の気持ち」を考え、活用方法を提案しているという会社。
どのような提案となるのか分からないが、楽しみな話だ。

「提案書はご家族様全員分を用意させていただきます。
もし差し支えなければ、皆様に直接ご説明もいたします」
男性スタッフの言葉に、「宜しくお願いいたします」と3人は頭を下げる。

「ありがとうございます。
では少し、家全体を見せていただけますか?」
そうして、スタッフ2名は各部屋の状況確認と採寸に取り掛かった。


「空き家の気持ち、損か得か、経済合理性か」
スタッフたちが作業する様子を見ながら、こういちさんがつぶやいた。

「今まで、皆の立場や想いばかりに気を取られていたけれど。
皆が負担にならない方法を考えれば、案外すんなりと解決するのかもしれないな」

「そんな簡単にいくかしら?」
訝しげに尋ねるえみ子さんに、こういちさんは笑顔で返す。

「経済的に得をするのか損をするのか。得をするような方法であれば、それを選択すればいい。
すぐに得をするという事ではないかもしれないけれど、将来的に得をするなら、検討してみる価値はあるだろう?
今のままでは維持費は掛かっても、収入を得る事は出来ないんだから。
そうして君たちが負担から解放されるなら、家は喜ぶって事だよ」


しばらくして、男性スタッフが作業の終了を告げた。
「ほぼ内覧は済みました。
一週間ほどお時間を頂きます。良いご提案が出来るよう頑張ります」

「この家が喜ぶような提案をお願いします」
とこういちさんが話すと、女性スタッフが、

「空き家の喜びは、所有者様の喜び。
『所有様に安心と未来設計をお届けする』が当社の社是です。
そういったご提案ができるよう、頑張ります!」
と笑顔で応えた。

作業を終えたスタッフたちは、うっすらと額に汗を浮かべていた。
3人から丁重にお礼を述べられ、恐縮しながらスーツ姿の2名は帰っていった。



← 3
→ エピローグ


『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

この記事が参加している募集

眠れない夜に